第10話 それでも俺は、信念を貫く
『ハブく……』
昨日の放課後に聞いた彼女たちの言葉が、ずっと俺の頭から離れずにいた。
今日は金曜日。明日は土曜日で、学校は休みだ。
普段なら、休日は何をしようかなんて考えながら、少しだけ浮ついた気分で授業を受ける。
だけど、今日に限っては、そんなことはなかった。
昼休み。
俺はそれを断り切れず、結局昨日のように太陽と一緒に昼食を摂ることになってしまった。
この状況は、非常にまずい気がした。
もしもこのまま俺が彼女と一緒にいる時間が増えていけば、また、彼女は昔のように一人になってしまうかもしれない。
俺という、一人の男が原因で。
だからこそ、今日の俺は、絶対に。
彼女を突き放すと決めた。彼女に、俺にこれ以上近づかないようにはっきり言うと決めた。
昼休みはそれに失敗してしまったが、まだチャンスはある。
チャンスは放課後。きっと彼女は今日も、俺と一緒に帰ろうとするに違いない。
そしてその時、俺は彼女を突き放す。
それが何よりも、彼女のためになるはずだからだ。
太陽だって、中学の頃のようにハブかれたくなんてないはずだ。
彼女がまた、ひとりぼっちになってしまわないように、俺は、彼女との関係を終わらせる。
そして、運命の放課後。
案の定というべきか、やはりというべきか。
「
太陽愛美は、俺に声をかけてきた。俺は、
「少し話がある。あの場所に来てくれ」
それだけ言って、足早に教室を去る。
きっと、太陽にはこれだけで伝わるはずだ。
俺たちが教室以外で会う場所なんて、あそこしかないからだ。
俺は一足先に、その場所へと着いた。
昨日も、太陽とここで昼休みを共にした。
俺は目の前にある屋上へと繋がる扉を眺める。そして試しに、ドアノブに触れ、力を込めて前に押し出す。
やはり扉は動かない。
当然だろう。アニメやラノベとは違って、現実の学校は、屋上へそう簡単に行くことはできない。
しばらくして、下の方から足音がコツコツと響いているのが聞こえてくる。
来たか。
俺は振り向いて、下から階段を上ってくる女生徒を見つめる。
――太陽愛美。
この一週間で、一体どれほど彼女のことを考えていただろう。
わからない。だけど、俺のつまらない高校生活に、少なからず色を与えてくれた。
でもそれも、今日で終わりにしよう。
俺がラブコメの主人公で、彼女がメインヒロインだったなら、あるいは。
これから、俺と彼女の甘酸っぱい恋愛模様なんかが描写されたりしたのかもしれない。
だけど俺は、誰も信じることができなくて。
「あっ。影谷君! それで、話ってなにかな?」
君は、俺のせいで、また傷つくことになるかもしれない。
そうさせないために、俺は。
彼女にもう一度、伝える。
「太陽愛美……」
俺は彼女の名前を声に出した。
そして、彼女の目を見据える。
「単刀直入に言おう。お前はもう、俺に金輪際近づくな」
彼女の胸にちゃんと届く声で、そう言った。
「え? なんで、かな?」
勘違いかもしれない。いや、勘違いであってほしい。
動揺したように震えた声を出した彼女の目には、わずかに涙が溜まっているように見えた。
「いいか? これは、お前のためなんだ」
俺はそれだけ言って、その場から歩き出す。
一歩ずつ、静かに階段を降りる。
「ちょっと、待ってよ……!」
俺は太陽に腕を掴まれ、足を止める。そして、彼女の方を見ると、目が合った。
「どういうこと? さすがに説明不足過ぎじゃない? 影谷君と距離を置くことが、私のためになるとは到底思えないんだけど?」
少し怒ったように太陽は言った。だけどその声は震えていて、かなり弱々しい。
「これはお前のためなんだ。これから俺には近づくな」
「なんで? なんで? なんで? 意味わかんない。ちゃんと説明して」
俺に近づかないほうがいい理由を、できれば彼女には説明したくなかった。
お前の友達が、お前の陰口を言っていたなんて、伝えても彼女を余計傷つけることになるだけだ。
「それは……言えない」
だから俺は、言うことを拒んだ。
「そんなの、納得できない! ずるい! そんなの、ずるい! 自分だけ私のことを分かった気になって、気を遣ってるつもりになって、勝手に距離を置くの? なんの説明もなしに? 君は私に何も教えてくれないのに?」
「そう思われても仕方がないとは思う。でもこれは、本当にお前のためなんだ」
「私のためってなに!? 私が何を望んでいるのか、君にはわかるの?」
わからない。わかるわけがない。だけど、想像するくらいなら、できる。
太陽愛美は過去にいじめに遭って、ひとりぼっちで中学時代を送った。
そしてそれがトラウマになって、人とのコミュニケーションが苦手になった。
だけど、高校で少しずつリハビリをして、今では仲の良い友達ができた。
少なくとも彼女は、今の人間関係を壊したくないと思っているはずだ。
俺が彼女の近くにいると、彼女の人間関係を壊してしまうかもしれない。
それだけは阻止したかった。だからそのために、俺と彼女は距離を置く必要がある。
まだ俺たちの関係は一週間程度しか積んでいない。俺たちの関係が早々に壊れても、何も問題はないはずだ。
これが、最善の選択だ。
そもそも俺は、ひとりで過ごしたいんだ。
だからこれは、俺のためでもある。
「お前が何を望んでいるのかは、俺にはわからない。だけど、お前には、壊したくないものがあるだろ?」
それは、友達との関係。
彼女がまた、かつてのようにひとりぼっちになることは、あってはならない。
「そうだね。あるよ。私には、壊したくないものが、あるよ」
「だよな? だから俺は、そのために、お前と――」
「それは違う!」
俺が言いかけていた言葉を遮って、彼女は叫んだ。
「私が壊したくないものは、
「………………」
「だから、君の要求は受け入れられない」
「……違う」
「何が違うの?」
「お前には、俺との関係以上に、壊したくないものがあるはずだ」
「ないよ」
彼女は即答した。そんなわけがない。これは、彼女の嘘だ。
「いや、あるだろ? わからないのか?」
「私がないって言ってるんだから、ないよ。君こそ、私の何を知ってるって言うの?」
「だってお前は……!」
俺も思わず、声を張り上げてしまう。
「私が、なに?」
「お前は、昨日、言ってたじゃないか……」
「なにを?」
本当は、太陽にこの話はしたくなかった。でもこうなったら、話すしかない。
「中学の頃、ひとりだったって」
「それとこれの、なにか関係あるの?」
「中学の頃ひとりだったお前は、もう、一人にはなりたくないだろ?」
「そうだね。それで?」
「俺はなあ……! 昨日、聞いちまったんだよ!」
「……なにを?」
太陽は少しだけ、身構えるような仕草を見せた。
「お前の友達が……その……、なんつーか……」
俺はここにきて、言うのを
「いいから、はっきり言ってよ」
「俺とお前が付き合うことになったら、お前を、ハブくって……」
「え?」
彼女は明らかな動揺を示した。過去のトラウマが蘇ってしまったのかもしれない。
「だから、これ以上、俺には近づくな。例え付き合うまではいかなくても、あんまり仲良くしてると、お前がハブかれるかもしれないだろ」
「………………」
「これでわかったか? もう、俺には近づくな」
そして俺は、再び階段を降り始める。が、またも、彼女が俺の腕をつかんで、引き止める。
「じゃあ、君がずっとそばにいてよ!」
それは、太陽から放たれた一言だ。
俺は驚いて、目を見開いた。
「例え私がハブかれることになっても、君だけはそばにいてよ!」
「……ダメだ」
「……どうして?」
俺は彼女の顔を見ないで、答える。
「俺は絶対に、誰にも心を開かないと決めたからだ」
それだけ言って、俺はその場から去った。
太陽が俺を引き止めてくることは、もうなかった。
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