第9話 俺は誰も信じない

 やべぇ、学校に教科書忘れた……。

 太陽たいよう愛美あいみと嫌々ながらも帰宅したその後。

 俺は家に着くと、明日提出の宿題をやろうと、勉強道具を取り出した。しかし、俺の鞄には、教科書が入っていなかった。

 急いで教室から出てきたせいで、引き出しの中に教科書を置きっぱなしにしてしまった。

 我ながら、かなり情けない。

 一昨日おとといも鞄を忘れて、太陽に届けてもらったというのに。

 俺はまた、学校に忘れ物をしてしまった。

 仕方ない。今からでも取りに行くしかないな。

 時計を見れば、時刻は五時前。今からすぐに向かえば、暗くなる前には帰ってこれるはずだ。

 俺はスマホと財布だけを手に持って、学校の方へ急いだ。


 学校に着き、俺は教室へと向かう。

 コツコツと足音が鳴り響く。

 教室前に来ると、中から誰かの声が聞こえた。


「それにしても、意外だったよね~」

「ね~」


 聞いたことのある声だ。おそらくクラスメートの女子だ。

 俺は教室内をこっそりと覗き見る。

 すると、そこにいたのは、いつも太陽愛美とつるんでいる四人の女子たちだった。

 学校に残って、何やら駄弁っているらしい。

 俺もかつては、そういう青春に憧れがあった。

 放課後。俺と友達以外に誰もいない教室で、仲良く駄弁る。そんな些細な出来事が、俺にはとても輝いて見えたし、いつかしてみたいと憧れていた。

 彼女たちが楽しくおしゃべりしているところに急に俺が入ってきたら、きっと興ざめだろう。

 彼女たちの会話が終わるのを待ってみるか。


「もうあの感じ、絶対影谷かげたに君のこと好きだよね?」


 俺の名前? 俺のことを……好き? 一体誰が?

 自分のことが話題に上がったことで、俺は彼女たちの会話に俄然がぜん興味が湧いてくる。同時に、これは俺が聞いてしまってもいい会話なのだろうかと、少し疑問に思う。

 しかし、自分がクラスメートにどう思われているかというのはかなり重要だ。今後の俺の行動の基盤にもなってくる。もう少しだけ、耳を傾けておこう。


「わかる~。もうあれは絶対好きだよ。好意が露骨だし、超わかりやすいよね。影谷君も気づいてるんじゃないの?」

「あ~、気づいてそう。でもだとしたらさ、愛美は影谷君のどこに惚れたんだろうね?」


 ……愛美? 愛美って、太陽愛美のことを言っているのか? おそらくそうなのだろう。彼女たちはいつも太陽とつるんでいる。彼女の話題が上がっても何も不思議なことはない。

 それってつまり、太陽は俺のことを好きってことか? いやいや待て! 早まるな! これはあくまで彼女たちの憶測だ。まだ確定しているわけではない。

 でも、あいつ……太陽って、妙に俺に絡んでくるよな……。太陽は過去の自分と俺が重なったからなんて言っていたけど、本当にそれだけで俺に執拗に絡んでくるものなのだろうか。

 いや、これ以上は考えるな……! これ以上は……。


『ごめんね、隼太はやた君』


 そしてまた、あの言葉がリフレインする。

 やめろ。これ以上は考えちゃだめだ。またあの時の二の舞になる。

 俺はもう、誰も信じない。そう決めただろ?

 俺が自問自答している間にも、女子四人の会話は進んでいく。


「確かに。こう言っちゃ悪いけど、影谷君っていつも一人だし、暗いし、惚れる要素ないよね?」

「だよね。まあ、顔はそれなりだけど……。それだけじゃ惚れる理由にはならないもんね?」

「うんうん。もしかすると、私たちの知らないとこで、影谷君と何かあったとか? 例えば、交通事故に遭いそうだったところを助けられたとか」

「う~ん。ありえなくはないけど……。多分、ないでしょ」


 俺は彼女たちの会話に耳を傾ける。

 そうだ。俺は誰かに惚れられるほどの魅力なんてない。

 だからきっと、太陽愛美は俺のことなんて好きじゃない。


「まあ、愛美が影谷君に惚れてる理由はなんでもいいけどさ。……もしも仮に、愛美が影谷君と付き合うことになったら、どうする?」


 一人の女子が、他の女子に向けてそう問いかける。彼女は確か、太陽があおとか呼んでいた女子だ。


「……どうするってそりゃあ、ねえ?」


 一人の女子が、みんなに確認するように目配せをする。


「ああ……、やっぱ……。……だよね?」

「うん、そうだよね?」


 女子四人はみんなで頷き合い、声を合わせて、


「「「「ハブく……」」」」


 その言葉を聞いた時、俺の脳裏に、今日の昼休みの光景がフラッシュバックする。

 太陽は言っていた。中学の頃、とある男子に惚れられたせいで、友達にハブかれた、と。

 これって、まさか……。

 その時とほぼ同じことが、高校でも起きようとしている?

 この際、太陽が俺に惚れているかどうかなんてどうでもいい。

 問題は、彼女が俺に絡むことで、彼女がまた辛い思いをしてしまうかもしれないということ。

 俺は学校に来た本来の理由を忘れて、その場から立ち去っていた。

 もうこれ以上、この会話を聞いていたくなかった。

 やっぱり他人なんて、信用できないじゃないか。

 信じて友達になっても、どうせすぐに裏切られるんだろ?

 それなら、友達なんて作らないほうがいいだろ。

 ――太陽愛美。君はそうは思わないのか?

 俺は家に帰ると、今日の出来事を全て忘れたい一心で、眠りについた。


 ◇◇◇


「……どうするってそりゃあ、ねえ?」


 一人の女生徒が、みんなに目配せをする。


「ああ……、やっぱ……。……だよね?」

「うん、そうだよね?」


 そして、教室にいた四人の女生徒は互いに頷き合い、同時に声を出す。


「「「「ハブく……」」」」


 と、ぼそぼそとした声で言った。そして四人は互いにしばらく見つめ合い、その後。


「ふふ……」


 一人の女子が、これ以上は耐えきれないとでもいう風に、くすくすと笑いだした。

 その反応に釣られて、他の三人も笑い出す。


「って、そんなわけないじゃんね! 私ら、最低かよ!」


 一人の女子が、一際大きな声でそう言った。


「ははっ、おかしい! なんでみんなしてハモってんの? 一瞬ガチでハブく気なのかと思ったじゃん!」

「ないない! それはない! 愛美が影谷君と上手くいったらみんなで盛大に祝う! みんなもそれでいいよね?」


 四人は楽しそうに笑い合う。


「もっちろん! 私たち、ズッ友だからね! 友達に彼氏ができたら祝うのは当然でしょ!」

「ははは。ズッ友とか久々に聞いた。死語じゃなかったんだ?」


 愛美の友達は、愛美をハブくつもりなんて最初からなかった。しかし、隼太はやたは勘違いをしたまま家に帰ってしまった。

 隼太がこの勘違いに気づくのは、もう少し先のことである。

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