第8話 俺の意思は揺らぎ始める
「――これが、私が君に構う理由」
「そう……か」
俺は彼女にどう対応すればいいのかわからなかった。
容姿端麗コミュ力抜群、明らかに人生がイージーモードに見える彼女にも、壮絶な過去があった。
どうして彼女が、俺にそれを話してくれたのか。
やはり、俺も同類だと認識したからなんだろうか。
もしもそうなんだとしたら、俺は彼女に申し訳なくなってしまう。何故なら俺には、ぼっちの経験こそあれど、彼女のようにいじめられた過去なんてものは存在しないからだ。
彼女のようにモテモテでなかった俺には、出る杭は打たれるという言葉を体現しているかのような彼女の人生に、イマイチ共感できなかった。
だけど、きっと彼女はたくさん辛い思いをして、多くの努力を重ねてきたのだろう。それくらいは、さすがの俺にも理解できた。
「お前……太陽にも、長い間ひとりぼっちだった経験があるんだな」
ただ、そこには一つ、相違点がある。
俺は多分、友達を作ろうと思えば今すぐにでも友達を作ることができる。別に、コミュニケーション障害ってわけじゃないのだから。
俺は、友達を作れないのではなく、友達を作るのが恐いのだ。
『ごめんね、
かつての記憶がリフレインする。
またあの時みたいに裏切られるんじゃないかって、どうしても考えてしまう。
だから俺は、誰も信じることをしないのだ。
「ねえ、
彼女は俺の目を見据え、真剣な声色で俺の名を呼ぶ。
「なんだ?」
だから俺も、彼女を見つめ返した。
きっと、俺にはもう、彼女を無意味に突き放すことはできない。
「さっき話した通り、私は、君がいつも一人でいることが気になるの」
「昔の自分と重なるからか」
「うん。……だから、っていうのもおかしな話かもしれないけど」
そして彼女は、俺に右手を差し出してくる。
「私と、友達になってくれないかな?」
きっと、彼女が差し出している右手を取れば、俺と太陽は晴れて友達同士になるのだろう。
俺はもう、誰も信じない。
だからこそ、彼女を今まで突き放してきた。
太陽愛美と友達になれば、それは、彼女を信用に値する人間として認めるということになる。
俺は――。
「……少し、考えさせてくれ」
すぐには答えを、出せなかった。
それは、俺の意思が揺らぎ始めているという証明でもあった。
彼女に執拗に絡まれて、俺も考えを改め始めているとでもいうのか?
そんなことはない。俺は今でも、誰も信用なんてしていない。そう、信じたい。
俺が自分自身と真剣に向き合っていると、太陽は突然「ふふっ」と吹き出した。
「どうした?」
「ごめんごめん。私、友達申請をこんなにも真剣な表情で断られたの、初めてだよ。なんか、告白して振られたみたいじゃん」
「いや、その……すまん」
彼女は目に溜まった涙を拭う。
涙が出るほど面白かったらしい。
「いいよいいよ! ゆっくり考えてよ。その代わり、私はこれからもグイグイ行くけどね」
「お手柔らかに……」
その後も俺たちは適当な雑談を交わしながら、昼休みを過ごした。
◇◇◇
放課後。俺は走っていた。
しかしそれは、太陽によってすぐに中断されることとなる。
「今日は逃がさないからっ! 私と一緒に帰りなさい!」
「はあ。やっぱり、追いかけてくるんだな」
「もちろん。だって、影谷君と一緒に帰りたいんだもん」
「なんかそれ、友達がどうこうっていう領域じゃない気がするんだが?」
「いやいや! 友達と一緒に帰りたいと思うのは至って普通のことだよ!」
今日の授業が終わってすぐに、俺は教室を出て帰路についた。
それはもちろん、俺が一人で帰るためだ。
今日は、下校しながら昼休みのことについて色々と考えたかったのだ。だからこそ、俺は一人で帰りたかったのだが。
恐らく、俺がすぐに帰宅することをわかっていたのだろう。太陽はすぐに俺を追いかけてきた。
すぐさま俺は彼女に追いつかれた。
彼女の過去を聞いてしまった手前、俺は彼女を無下に追い払うこともかなわず、現在の状況に至る。
彼女の過去なんて聞かなければよかった。今さら後悔しても遅いことは、わかっているけれど。
「なんか、ちゃんと一緒に帰るのは初めてだね」
「
「でもその時は、終始無言だったじゃん! 君が無視するから!」
「………………」
「え、ちょっと!? また無視する気!?」
「………………」
「ちょっと! おーい! 聞こえてるー?」
「……聞こえてるよ」
無視できなかった。一昨日はこれくらいなんともなかったのに。今日は、彼女のことを無視できなかった。
かつていじめられていたという彼女に、同情でもしているのだろうか?
そんなものは捨ててしまえ。同情からくる優しさなんて、俺が一番嫌いとするものだっただろ。
「やった! 今日はちゃんと会話してくれるんだね?」
「……まあ、それなりに」
彼女の嬉しそうな笑顔を見て、俺も嬉しくなってしまう。
いじめを受けて、心に深い傷を負った少女が、今ではこんなにも可愛らしい笑顔を見せる。
……そんな笑顔を見せられたら、もう無視なんてできないじゃないか。
これも、彼女の作戦だったりするのだろうか?
「今日の私のお弁当、おいしかったって言ったよね?」
「どうだったかな」
確かにおいしかった。だが、彼女にはっきりとおいしかったとは伝えていないはずだ。
「やっぱり、毎日作ってあげようか?」
「昼にも断っただろ」
「私が大変そうだからとか、そういうことは考えなくてもいいよ? 影谷君が私のお弁当を食べたいかどうかだよ」
「だとしても、いらない」
「ええ? そんなに嫌なの? 実はおいしくなかった?」
「いや、そういうわけじゃない。おいしかったけど……」
俺がそう言った瞬間、彼女はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、
「
「は?」
「今、はっきりとおいしかったって言ったよね?」
「……そうだな」
なんか、悔しい。
別に、おいしかったと彼女に伝えてしまったことが悔しいのではない。彼女にしてやられた感じがするのが、悔しい。
「やっぱりおいしいって思ってたんだ? もう、素直にそう言ってよぉ~。もしかして、恥ずかしかったの? やーん、影谷君ってば可愛い~♡」
「……うっざ」
「え? 君のほうが可愛いよって? ちょっと、そんなこと急に言われたら照れるんじゃん!」
「今どき難聴系主人公でもそんな聞き間違いしねえよ」
「聞き間違いじゃないよ? 君が声に出した『うっざ』の中に秘められた真意を読み取ったまでです。現代文の問題なら百点満点の読解力だよ♪」
「どう考えても的外れな解答だろ。うざいって言葉にそんな真意が隠されていてたまるか」
俺と彼女はこんな感じで、特に面白みもないバカな会話を、一瞬も途切れさせずに下校したのだった。
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