第7.5話 私が君に構う理由

 自分で言うのもなんだが私――太陽たいよう愛美あいみ――は、容姿端麗でコミュ力抜群な、多くの人に羨ましがられる女性であると思う。

 そして私自身、自分が多くの人にとっての憧れの存在であるという事実を、小学生の頃には既に自覚していた。


 私は幼いころからよくモテた。


 イケメンだと女子の間で話題になるクラスメートの男子は大抵私のことを好きだったし、告白された回数は数知れない。時には女の子にすら告白されるほどだった。

 私はモテるということを幼くして自覚し、だからこそ、女らしさにより一層磨きをかけた。

 みんなにとって理想の女の子であり続けるために、私はできる限りの努力をした。

 誰もに優しく振舞い、気を配り、歩き方や些細な仕草にまで美しさを忘れなかった。その上、近づきがたい高嶺の花になり過ぎないように、時折抜けているところなんかもアピールしつつ、それすらも可愛いと周りから賛美されるように行動した。

 小学生の頃は、それはもう面白いくらいに上手く事が運んだ。完全に私にとっての理想郷を体現できていた。私はクラスでは中心的な人物となり、先生からの評価も厚く、男子にも女子にも好かれていた。この世界のルールは私。そう言っても過言じゃないほど、私は圧倒的な存在感を放っていた。もちろん、嫌みにならない程度にだ。


 そんな完璧で、挫折の一つも存在しない私の人生が狂い始めたのは、中学生になってすぐの頃だった。


 入学してすぐに、私は小学生の頃のような圧倒的な存在感を周りに意識させることに成功した。

 美人でコミュ力抜群、中学生とは到底思えない雰囲気をまとった私に、きっと誰もが魅了されたことだろう。これは、私の自意識過剰なんかじゃない。目に見えて明らかな事実だ。

 私は当たり前のようにクラスで中心的なグループに属し、入学早々何人もの男子から好意を向けられた。


 ただ、それが裏目に出てしまった。


 私の所属するグループの女子の一人が、学年一イケメンと噂される、バスケ部で入部早々エースの座を獲得したとある男子に、恋をした。

 そしてその恋心を打ち明けられた時、私たちのグループ全員で彼女の恋を応援することになったのだ。


 しかし、悲劇はここから始まる。


 そう。なんとなくお察しのこととは思うが、私、太陽愛美は、そのバスケ部エースの男子に、惚れられてしまったのだ。

 そこからの展開は早かった。

 バスケ部の彼は事あるごとに私にアプローチを仕掛け、接触してきた。

 私は彼を傷つけるわけにもいかず、曖昧な対応しか取れずにいた。ここでもっと上手くやれていれば、私の未来は変わったのかもしれない。

 やがて、彼に惚れられた私はグループの女子たちみんなに裏切り者扱い。


 私はグループからハブられ、わかりやすいいじめが始まった。


 しかも、孤立した私を見て、バスケ部の彼がここぞとばかりにヒーロー気取りで私に歩み寄って来る。事情を知らない彼に悪気はないんだろうが、正直ありがた迷惑だった。

 私が彼に歩み寄られているのを見た女子たちからのいじめは、さらにエスカレート。


 私は心にも体にも傷を負い、学校には行けなくなった。


 親にお願いして、家からは少し遠い中学に転校することになった。

 転校先の中学では、見た目がなるべく地味になるように気を遣った。

 そうすると、今まであんなにモテていたのが嘘のようにモテなくなり、男子から好意を寄せられることはなくなった。

 普通の女子中学生の座を確立した私だったが、いじめの後遺症は思った以上に大きく、私は人との会話が苦手になってしまった。

 だから、せっかく転校した中学では、一人も友達ができず寂しい学校生活を送ることとなった。

 普通の中学生のような青春は送れなかったけれど、毎日ちゃんと学校に通い、無事卒業することができた。当時の私には、ただそれだけで満足だった。

 とはいえ。

 高校でもこの生活を続けるのはさすがに辛いと私は思っていた。

 元々一人はあまり好きじゃなく、本当は楽しく友達とお喋りしていたいのだ。


 ということで私は、高校デビューすることを決意した。


 高校は、転校する前の学校の人も、転校した後の学校の人も誰も受けないような高校を選んだ。

 高校生になってすぐは、目立ち過ぎないように、かつぼっちにはならないようにふるまった。地の底に落ちてしまったコミュニケーション能力も、少しずつだけどリハビリしていき、普通程度にはコミュニケーションが取れるようになった。

 見た目も、周りに合わせて少し派手にしてみたりなんかもして、徐々にいじめの傷は和らいでいった。


 それでも今後、完全にこの傷跡が消えることはないだろうけど。


 二年生に進学すると、少しだけクラスカーストが高い女子グループに入ることに成功した。中学の頃に比べれば、これは大きな進歩だった。

 そして、二年生に進学してすぐ、私はとある男子に興味を持つことになった。


 ――影谷かげたに隼太はやた。それが彼の名前だった。


 彼はいつも、一人で行動していた。何をするときも、いつも一人だ。

 それも、友達が作れないから一人でいる、というよりは、何か理由があって望んで一人でいる、という感じがしたのだ。

 要するに、訳ありオーラがプンプンだったのだ。

 これは私のただの直感でしかなかったが、私は訳ありそうな彼を見て、親近感を抱かずにはいられなくなった。

 だから私は、一週間ほど彼を観察した後、彼に話しかけた。


 それが、私が影谷君に必要以上に構う理由だ。


 私が彼に語ったのはここまで。彼に構う理由としては、これで十分だろう。

 だけど本当は、もう一つ。私には、彼に構うもう一つの理由があった。

 それは、一週間彼を観察していて、気づいたことだった。

 そう、彼は――。


 それに気づいた瞬間から、私の恋は始まった。


 だけどこれは、まだ秘密。

 今はまだ、誰にもこのことは明かさないでおこうと思う。

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