第7話 俺は口実を求めてる

 俺は、誰も信じない。

 信じてた人に裏切られるのは辛いから。


『ごめんね、隼太はやた君』


 そう、俺が誰も信じられなくなったのは、あの出来事があったから。

 俺は誰も信じない。

 だから時には、他人に冷たい態度を取ることもある。

 そのせいで相手に嫌われたって、別に構わなかった。

 だけど最近、俺がどれだけ突き放しても、めげずに俺と仲良くしてこようとする奴がいる。

 そいつの名前は、太陽たいよう愛美あいみ

 どうして彼女は、俺に執拗に絡んでくるのか。

 最近は、そんなことばかりを考えている。

 高校生になってから、こんなにも誰かについて考えることはなかった。

 彼女がどれだけ俺に近づいてきても、彼女の事を信じてはダメだ。

 どうせ彼女も、いつか裏切る。

 だから――。


影谷かげたに君! お昼、食べよ!」


 昼休み。彼女が声をかけてきたことで、俺の思考は途切れた。

 もはや当然のことのように、太陽愛美は俺に話しかけてくる。


「俺、弁当ないんだが」


 昨日、彼女は俺に「明日はお弁当は持ってこないでね」という要求をしてきた。

 一応約束通り弁当は持ってこなかったが、果たして、彼女は一体何を企んでいるのか。


「おっ。ちゃんと約束守ってくれたんだ。なんかもう、それだけで嬉しい……」


 彼女は本当に心の底から嬉しそうにそう言った。

 俺が約束を破るとでも思っていたんだろうか。

 確かにその線は一度考えたが、それは他人を信じるか否かとは別問題な気がしたので、約束は守ることにした。


「ふっふー。お弁当がなくても安心してください! 実は私、今日、影谷君のお弁当を作ってきたのです!」


 太陽はそう言って、後ろ手に隠していた弁当箱を「じゃじゃーん!」と言いながら俺に見せつけてきた。


「食べてくれる……よね?」


 小動物のように目をうるうるとさせながら、彼女は俺にく。


「………………」


 俺は少し考える。

 その間、彼女はどこか不安そうな顔をしていた。

 そして俺は、無言で彼女のその弁当を受け取り、


「食べ物を粗末にするのは俺の主義じゃないからな。仕方ねえから、食べてやるよ」


 そう伝えた。

 すると、弁当を受け取ってもらえた彼女はとびきりの笑顔を浮かべ、


「やったぁ! ありがとう、影谷君!」


 そう言って、にへらと笑った。


「それじゃあ、一緒に食べようか」


 太陽は昨日と同様、俺と机を合わせようとしてくる。


「は? なんでだよ?」

「え?」


 彼女はきょとんとした顔をする。


「それとこれとは別だろ。一緒に食べる必要性はないだろ」

「え、えー……。な、なんで?」

「別に一人でも、飯は食える」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「元々俺は、お前と飯を食うことを了承なんてしていない。昨日はお前が無理やり机を合わせて、一緒に食べることになっただけだ」


 俺は断固として、彼女を突っぱねる。

 これ以上、こいつと仲を深めるつもりはない。


「じゃ、じゃあ、今日も無理やり一緒に食べるもん!」


 彼女は意地になったようにそう宣言した。


「お前もしつこいな……」

「影谷君も、なんでそんなに面倒くさいの?」


 結局、彼女は俺と向かい合わせになるように机を動かして、そこに座った。


「お前さ、周りからの視線とか気にしないわけ?」

「太陽愛美!」

「は?」

「呼び方!」

「……あ、ああ。太陽は、周りからの視線が気にならないのか?」


 彼女は思い出したかのように俺へ名前の呼び方を注意する。


「周りの視線ってなに? どういうこと?」

「だから、クラスメートが俺らのことちらちら見てるだろうが! それを気にしないのかって言ってんの!」

「そんなの気にしてたら影谷君とは一生話せないよ。いつも一人の影谷君に話しかけてるやつがいるってだけで、多少の注目は集まるし」


 周りからの視線は最初から覚悟の上ってことか。

 こいつはどうやら、それなりに強いメンタルを持ち合わせているらしい。

 それを少し羨ましく思いつつも、俺は話を進める。


「そもそも、男女で一緒に食事を摂っているのなんて、少なくともこの教室には俺たち以外にいない」

「なによ。もしかして、影谷君が私とお昼食べるのを露骨に拒否してたのって、それが理由?」

「違う! でも、これじゃあ周りからの注目を集めてしまう」

「周りから注目されるのが嫌ってこと?」

「いや、そういうわけではなくて……」


 俺はチラリと、教室の隅にいる男子の方を見る。

 彼は昨日も一昨日も、俺たちが二人でいる姿を見て陰口をつぶやいていた。

 俺はそれが少し、気になっていた。


『うわ、影谷って最低じゃん』


 もう二度と、あの時のような状況にはなりたくないんだ。

 だから俺は、必要以上に彼の陰口を恐れていた。


「周りから注目されたくないなら、場所変えようか?」


 太陽は俺にそう提案してくる。


「……ああ、そうしてくれ」


 俺は彼女の提案に応じた。

 そして俺たちは、一昨日、彼女と一緒に昼休みを過ごした場所へと来た。

 彼女に目隠しをされた、屋上へ続く階段の最上階だ。

 ここなら滅多に人は来ない……はずだ。

 俺が階段に腰かけると、彼女も俺の隣に腰かけた。


「ふふっ。二人っきりになりたいなら素直にそう言いなよ。シャイボーイなんだね、影谷君は!」

「二人っきりになりたかったわけじゃねえ。そもそも俺は一人で飯を食いたいんだ」

「ふ~ん。でもその割には、昨日や一昨日ほどの拒絶感はなかった気がするけど?」

「そうだな。それに関しては、お前のしつこさに負けた、と認めてもいいかもしれない」


 どれだけ突き放しても俺と一緒に飯を食おうとするんじゃ、もう俺にはどうしようもない。

 俺が折れるしかなかった。


「さてさて、それじゃあ存分に食べてよね。私の手作り弁当!」

「ああ。いただきます」


 俺はそう言って、彼女から渡された弁当を開ける。

 中には、色とりどりの食材が詰め込まれており、健康には良さそうだった。

 俺はとりあえず、一口、卵焼きをパクリと食べる。


「ささ、ご感想は?」

「まあ、悪くないな……」

「でしょでしょ? 毎日作ってあげてもいいよ?」

「いや、それはお断りする。ってか、お前が大変だろうが、それ」

「ええ~? 私は、影谷君のためなら毎日だってお弁当作るよ」


 俺のためなら、か。

 そろそろ、訊いてみてもいいのかもしれない。

 自分で考えても答えがわからないなら、答えがわかる人に訊いてみればいい。


「なあ――」

「ん? なに?」


 隣で自分の分の弁当を広げる彼女を見ながら、俺は切り出す。


「どうしてお前は、俺に執拗に絡む?」


 沈黙。少しの間、時間が止まったみたいに俺たちの動きは停止していた。

 そして、


「えっと……。前にも言わなかったかな? 私が、影谷君のことを好きだから、だよ?」

「そんなわけないだろ。……いや、それもあったとしても、それだけじゃないだろ。真実を教えろよ」

「う~ん。そんな大した理由はないんだけどな~」


 彼女は困ったような笑みを浮かべる。


「なんでもいいから、話せよ」


 それでも俺は彼女を問い詰める。

 彼女のことを信じなくて済む口実が欲しかった。

 太陽が俺に絡んでくるのには理由があって、俺が太陽とつるんでいるのは、彼女に心を開いたからじゃないんだ。

 そう言える口実が欲しかった。


「本当に、大した話じゃないんだけど――」


 太陽愛美はそう前置きをしたうえで、語り始めた。

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