第6話 俺は一人で昼休みを過ごしたい

 翌日。水曜日の昼休み。

 俺がいつものように一人で飯を食べようとしていると、


影谷かげたに君! 一緒にお昼食べよ!」


 と、太陽たいよう愛美あいみが声をかけてくる。


「なんで?」


 俺は一緒に飯を食べる理由を尋ねる。


「なんでって……。一緒に食べたいから?」

「なんで疑問形なんだよ……」

「っていうか、一緒に食べたいから以外に理由いる?」

「あいつらと食えばいいじゃん」


 俺は彼女がいつも一緒に昼飯をっている女子たちに視線を向ける。


「もう! なんでそういうこと言うの? 今日は影谷君と一緒に食べたいの!」

「いやなんでだよ。もしかしてお前、今あの女子たちと喧嘩でもしてんの?」

「してないし! 超仲良しだし!」


 そこで、おそらく俺たちの行く末を見守っていたのであろう太陽と仲が良い女子の一人が、


「影谷君。嫌かもしれないけど、今日のところは愛美と食べてあげてよ。そっちのほうが私たちも面白いし」


 そう言った。彼女は確か、前に太陽があおとか呼んでいた女子だ。


「ほら、ね? 諦めて私とお昼を食べなさい!」

「………………」


 俺がどうしようかと考えていると、


「あれあれ? もしかして影谷君、私と一緒に昼休みを過ごすのが恥ずかしいのかな?」

「……うぜえ」


 彼女がからかうようなことを言ってきたので、俺は露骨に嫌悪感を示す。


「でもうざいとか言いつつも、昨日は私と一緒に放課後帰ってくれたじゃん!」

「終始無言だったけどな」

「それは、君が私を無視するからでしょ!?」

「無視されるってことは、嫌われてるっていい加減わかれよ」


 これ以上、俺に絡んでくるな。俺はもう、誰も信じないって決めたんだ。


きらっていてもいいから、私とお昼食べて!」

「しつけえな。諦めろよ」

「そっちこそ、いい加減諦めて私とお昼食べたらどうなの?」


 これじゃあ収拾がつかないな。しかし、俺もここで折れるのは癪だ。


「もう! そっちがその気なら、私にも考えがあるから!」


 太陽はそう言うと、一度俺から離れ、自席へと戻って行った。

 なんだ? あいつは今から何をする気なんだ?

 俺が彼女を観察していると、彼女は自分の鞄をごそごそと漁って、何かを取り出した。

 俺は窓際の後方の席で、彼女は廊下側の前方の席という位置関係上、俺の席からは彼女が何を取り出したかは見えない。

 彼女は取り出した何かを持ってまた俺の席に近づいて来る。

 そして、俺の前にある空いている机を、俺の机と向かい合わせになるようにくっつけて、その席に座った。


「は?」


 俺がいぶかしげに声を上げると、


「何言っても一緒に食べる気ないなら、無理やり一緒に食べるし!」


 彼女はそう言って、自分の弁当を机の上にどすりと置いた。

 先ほど取りに行っていたのはおそらく、この弁当だったのだろう。


「は? いや、え?」


 俺はイマイチ状況が理解できず、困惑の声を上げる。


「なによ? なんか文句あるの?」

「いやいや、なんで俺と一緒に食べるんだよ?」

「それさっきも言ったよね? 私が、影谷君と一緒にご飯を食べたいから!」

「俺は嫌だって言った」

「そうだね。それがどうかしたの?」


 彼女は自分の弁当箱の蓋を開けながら、そういてくる。


「俺が嫌だと言ったのに、なんでお前は俺の前で飯を食おうとしているんだ?」

「君が何を言っても一緒に食べようとしてくれないから、私が無理やり一緒に食べようとしてる。ただそれだけ」

「なんでだよ! 俺が嫌だと言ったんだから、諦めていつもの場所で食えよ!」

「いーやーでーすー。今日はなんとしてでも君と一緒に食べるって決めたから!」

「うざい。しつこい。どっか行け!」

「影谷君ってさ。悪口の言い方が小学生みたいだよね? もうちょっと別の言い方ないの?」

「知らん。っていうか、小学生みたいな俺となんで一緒に食うんだよ?」

「もう、何度も言わせないで。一緒に食べたいから。それだけ」

「それじゃ納得できねえって!」

「……影谷君って意外と面倒くさい性格してるね?」

「それはお互い様だろ」

「……私お腹空いたし、早く食べようよ。いただきまーす」


 俺と言い争うのが面倒になったのか、俺の言葉を聞き流して彼女は昼食を摂り始めた。

 わけわかんねえ。なんで、こんなにも俺が拒絶しているのに、彼女は俺と一緒に飯を食いたがるのか。

 どれだけ考えても、答えは出なかった。

 これ以上何を言っても彼女は俺を一人にさせてくれそうもないので、俺も渋々弁当を食べ始める。


「影谷君、そのお弁当はお母さんが作ってるの?」

「そうだけど、なに?」


 俺の家族は、母親、父親、兄、妹、俺の五人家族だ。

 家族の弁当を作るのは基本的に母親が担当している。たまに、現在中学三年生の妹が作ることもある。

 家族は、人を信じることのできない俺が唯一信じることのできる人たちだ。

 だからきっと、俺は家族に依存している。

 太陽は俺の弁当をまじまじと見つめている。

 なんだろう。人の弁当にいちゃもんでもつけるつもりなのだろうか。


「お母さん、毎日お弁当作るの大変でしょ?」

「まあ、中学生でまだ給食のある妹以外の全員分作ってるしな。いつも朝は早いし、たまに申し訳なくなる」

「影谷君って、何人家族?」

「五人家族だ」


 言いながら、少し違和感を覚える。

 あれ、なんで俺、この女と普通に会話しているんだ?


「五人家族か……。それを毎日……。あれ、でも、昨日は購買で何か買っていたよね?」

「ああ。たまに弁当じゃない日もある」

「へえ、その弁当じゃない日って、どうやって決めてるの?」

「いや、特に決めてはいないな。母親が弁当作れなかった日とか、後は、個人的に購買の日替わり定食で食べたいものがあった日とかな」

「ふむふむ。なるほどね」


 彼女は腕を組み、納得したように頷いて言う。

 この言い方と仕草は……何かを企んでいそうだが。


「つまり、明日急に弁当いらないってことになったりしても問題ないってことだね」


 確認するように、彼女は俺に問う。


「一応、そういうことになるな」

「じゃあさ……」


 彼女は何かを提案するつもりなのか、そう切り出し始める。

 言わせねえよ。


「てめえのお願いなら聞かねえぞ」

「むー。私まだ何も言ってないんだけど?」

「何か言おうとしてただろ」

「言おうとしたけど、聞いてから判断してよ」

「どんな願いでも聞かねえ」

「明日、お弁当持ってこなくていいよ」

「は? なんでだよ。俺に昼飯を抜けと?」

「違う。購買で買いなよってこと」

「なんでお前に命令されなくちゃならない。絶対に嫌だ!」

「なんで? じゃあさ、私が今ここで、君に食べ物をあ~んってするのと、明日お弁当を持ってこないのならどっちがいい?」

「弁当を持ってこない」


 ここで女にあ~んってされるのなんて地獄でしかない。周りにはクラスメートがうじゃうじゃいるんだぞ。しかも、碧って女がいる女子グループと、昨日俺を飯に誘って来た男子が俺たちのほうをちらちらと見ている。

 そんな状況で太陽にあ~んなんてことをされたら、それこそもっと面倒なことになりかねない。


「だよね? なら、明日はお弁当を持ってこないでね?」

「そもそもその二択がおかしいだろ。どっちも実行しないって選択肢があるだろ」

「だ~めっ! どっちか選んで!」

「ヤダね。俺は明日弁当を持ってくるし、あ~んもされない」

「無理やりにでもあ~んってするしっ!」


 彼女はそう言うと、自分の弁当に入っているたまご焼きを箸でつかみ、俺の口に寄せてくる。


「はい、あ~ん♡」


 まずい。これ以上この女に暴走されると、クラスで悪目立ちしてしまう。

 ここは俺が引くしかないか……。


「……わかったよ。明日弁当は持ってこない」


 俺がそう言うと、彼女は箸で持っていたたまご焼きを自分の口に入れ、咀嚼そしゃくする。


「そう。じゃあよろしくね。……私はあ~んでも良かったんだけどね?」

「俺は絶対嫌だ」


 恋人同士でもないのに、そんなことを教室で堂々とできるわけないだろ。

 いや、恋人同士であったとしても、それを教室でやるのは相当きつい。

 そんなことを考えていると、俺たちの今までの一連の会話を聞いていたのか、教室の隅にいる男子が、


「チッ。このラノベ主人公め。死んじまえ」


 昨日の放課後、俺が太陽に一緒に下校しようと誘われていた時にも聞こえたセリフが、今日も聞こえた。

 声がした方をチラリと見れば、やはり、昨日の男子と同一人物だった。


『うわ、影谷って最低じゃん』


 過去の記憶がリフレインすると共に、俺の心がチクリと痛む。


「ん? 影谷君、どうしたの?」


 どうやら、昨日同様、太陽に彼の言葉は聞こえていないらしい。

 俺は少しだけ彼の方を気にしながら、昼休みを過ごした。

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