第1話 俺は今日も一人で過ごす

『ごめんね、隼太はやた君』


 そんなこと言われても、絶対に許してやらねえよ。

 月曜の昼休み。真っ当な青春を謳歌する若々しい生徒たちの話し声をBGMにして、俺は一人で弁当を食べていた。

 高校二年になって一週間程が経過したが、俺には相変わらず友達がいない。

 それを望んだのは俺自身なわけだから、何一つ問題はないのだけれど。

 頭の中からいつまでも消えてくれない過去の苦い記憶さえ忘れられたら、もうちょっとこのぼっち飯も快適になるんだけどな。


『ごめんね、隼太君』


 うるせえな。いつまでも、いつまでも。

 もう過去のことだろ。いい加減忘れろよ。どうしていつもいつも、何度も何度もリフレインするんだよ。

 俺は今、食事に集中したいんだよ。

 何も考えるな。ただ無心で、クラスメートのくだらない会話に耳を傾けるんだ。

 そうすれば、この煩わしい雑音も消えてくれるはずだ。


「ねえ、ちょっと見てよこの人、超かっこよくない?」

「どれどれー? うわ、ホントだ! めっちゃカッコイイ! 誰? 俳優?」

「違う違う。今結構人気なユーチューバーだよ、ユーチューバー!」

「マジ? チャンネル名教えてよ。帰ったら見とくー!」


 近くで飯を食べている女子たちの会話が聞こえてくる。

 いいぞ。あの女子グループの会話を聞いていれば、余計なことも考えずに済みそうだ。

 俺はぼんやりと、その女子たちを眺める。


「うわ、ヤバ。マジでカッコイイ。アイドルみたいじゃん」

「あー、なんかその人、元アイドルってどっかで聞いた気がする」

「そうなんだ! そりゃカッコイイわけだ!」


 ユーチューバーか。どうせ暇だし、家に帰ったら俺もそのユーチューバーの動画見てみようかな。

 なんてことを考えながら女子の会話を聞いていると、そのグループのとある女子と目が合ってしまった。

 茶髪にセミロングの、結構オシャレな感じの女の子だ。俺とは住む世界が違う。

 あまりじろじろと見て、彼女に裏で変態呼ばわりされるのも癪なので、すぐに目を逸らした。

 あの人、名前はなんだっけ? 忘れたな。まあ、どうでもいいけど。

 どうせ今後関わることなんてありえないだろうし。

 その後も女子グループの会話に耳を傾けながら、一人で昼休みを過ごした。


 ◇◇◇


 くそ、傘忘れた。

 授業が終わり、放課後。

 窓の外を眺めてみると、雨がザーザーと音を立てて降っていた。

 部活に入っていない俺は、普段ならすぐに家へと徒歩で帰るのだが、雨が降っていたらそうもいかない。

 とりあえず、少しだけ雨がむのを待ってみるか。

 教室にいても特にやることがないので、俺は昇降口へと向かった。

 昇降口で靴を履き替え、スマホをいじって時間を潰す。

 五分。十分。十五分。

 雨が止む気配はない。傘もない。さて、どうしたものか。

 こういうとき、一緒に帰る友達でもいれば、傘を貸してもらったりできるのだろうか。

 中学の頃はこういう時どうしてたっけ? あまり覚えていない。


「あれー。もしかして影谷かげたに君?」


 影谷なんて名字の人、俺以外にもいるんだな。そりゃいるか、なんて思いながらポチポチとスマホをいじる。


「ちょっとー。もしかして聞こえてない? か・げ・た・に・くーん」


 と、そこまで聞いたところで、もしかして俺のことを呼んでるのか? なんて思考がぎる。そんなことは到底ありえないと思いながらも、俺は声のする方へ振り向いた。


「お、やっと気づいた?」


 そこには、昼休みに目が合った女子がいた。マジで俺のことを呼んでたのか。

 俺に話しかけるなんて物好きな女だと思いながら、俺は「何か用があるなら言え」と目で訴えかける。

 俺のその態度に彼女も察したのか、彼女は口を開いた。


「影谷君は傘忘れた感じ? もし良かったら、私の傘使う?」


 ピンク色の傘を見せつけながら、彼女は言った。


「いや、それはあんたが使いなよ」


 俺はそう言って彼女の申し出を断った。親切にしてくれるのはありがたいけど、後で返すのだるいし、別に急ぎの用もないから、わざわざ彼女に傘を借りる必要はないだろう。

 ……そういえば、学校で久々に声を出した気がする。少なくとも、二年になってからは初めてだ。


「もちろん、私は傘使うよ? これ一本しか持ってきてないし」


 じゃあなんで俺に話しかけてきたんだよ。意味わかんねーよ。

 そう言いたいのをぐっとこらえて、俺は彼女に背を向けた。

 それは俺なりに、もう会話する意思がないことを示したつもりだった。

 しかし彼女は、まだ会話を終わらせる気がないのか、俺の隣まで歩いてきて、


「だから、相合傘する?」


 そんなことを、笑顔でいてきた。

 ろくに会話したこともない、ただのクラスメートでしかない俺に、そんな提案をしてくる理由がわからなかった。


「いや、いいよ。俺、ここで雨が止むの待ってるから」


 カップルでもないのに相合傘をする意味を感じなかったので、俺は断った。

 それに、俺と一緒にいるところを彼女の友達に見られたら、後々面倒なことになる気がする。面倒ごとは極力避けたい。

 そういう意味では、彼女と今こうやって話しているこの状況からも、できれば早く解放されたい。


「天気予報によると、今日はもう雨止まないらしいよ。それどころか、これからどんどん風も強くなるって。今が一番帰りやすいと思うよ」


 俺に断られても尚、まだ諦める気がないのか、いらない情報を彼女は吹き込んでくる。


「ふーん。教えてくれてありがとう」


 俺は彼女が情報をくれたことに適当に感謝しつつ、


「じゃあ、一緒に……!」


 何か言いかけた彼女の言葉を無視して、外へと駆けだした。

 傘もない。雨が止む気配もない。それどころか、これからどんどん風が強くなる。

 なら、俺にできることは二つ。

 家までダッシュで帰るか、コンビニに寄ってビニール傘を買うかの二択だ。

 とりあえず俺はビニール傘を買うために、近くのコンビニまでダッシュで駆け出した。

 女と相合傘なんて、絶対にありえないだろ。

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