第2話 俺は誰とも関わりたくない

 翌朝。火曜日。

 昨日からずっと降り続けている雨空を見上げる。


『ごめんね、隼太はやた君』


 ああ、まただ。また、思い出したくもないことを、思い出してしまった。

 いつになったら、俺はこの嫌な記憶を忘れられるのだろう。


 学校に着くと、昇降口で靴を履き替える。

 雨というだけで、なんだか今日は憂鬱だ。

 そんなことを寝起きの頭で考えていると、


「あ! おはよう、影谷君!」


 俺は驚いて声がする方を見る。

 そこには、茶髪でセミロングの、昨日も俺に絡んできた女がいた。

 俺の方を見てニコニコと可愛らしい純真無垢な笑顔を向けてくる。

 まるで、世の中の汚いところなんて何も知らなそうな、守ってあげたくなるような、そんな笑顔。

 俺は彼女の挨拶には応じず、無視を決め込む。

 これは、俺のためでもあり、彼女のためでもある。

 俺と仲良くして、いいことなんてない。

 彼女が俺に話しかけてくるのはきっと、いつも一人でいる俺に同情でもしたからなんだろう。

 こういうやつは、まれにいる。

 俺が話しかけるなオーラを放っているにも関わらず、空気を読まずにのうのうと話しかけてくるやつだ。

 俺が一人でいることの同情からくる優しさなんて、迷惑なだけだ。

 だから彼女を無視することで、俺が嫌がっていることを遠まわしに伝えてやる。

 俺がそのままてくてくと教室へ向かって歩いていくと、彼女も慌てたように俺を追いかけてくる。


「ちょっとー、なんで無視するの?」


 分かれよ、お前を避けてるんだよ。


「なに? 用があるなら手短に」


 このまま無視し続けてもずっと話しかけてきそうだったので、仕方なく彼女に応じる。

 今は朝だ。登校してくる生徒の人通りも多い。できればクラスメートには今の状況を見られたくない。


「昨日、結局雨に濡れて帰っちゃったけど、あの後大丈夫だった? 風邪ひいてない?」

「大丈夫だから。それだけ?」


 俺が威圧するように彼女をにらみつけると、彼女は一瞬たじろぐ。

 しかしこのまま終わらせまいと、次の話題に切りかえてくる。


「昨日の昼休み、私と目が合ったよね? なんでこっち見てたの?」

「は? 見てねえし。自意識過剰かよ」

「嘘。数秒間見つめ合ったもん。勘違いなわけない」


 ある意味すげえな、その自信。確かに目は合ったけど、相手にそれを否定されたら勘違いだったかもしれないとか思いそうなものだが。


「だとしても、特に意味はない。たまたまそっちを見たら、あんたと目が合っただけ」

「やっぱり、こっち見てたんだ」

「ちげえよ。もしもの話だよ。仮に目が合ってたとしても、たまたまだろって言ってんの」

「じゃあなんですぐに目をらさなかったの?」

「だから見てねえって」

「見てたって!」


 ああ、うぜえ。早く解放してくれねえかな。見てたって認めれば解放してくれるのか?


「あ、今面倒くさいって思った? 思ったよね?」

「は? 思ってねえし」

「また嘘ついてる!」

「ついてねえ!」


 くそ、なんなんだこの女。なんでこんなにぐいぐい来るんだ。明らかに俺が嫌がってるのわかってるだろ。


「っていうか、影谷君って意外と普通に話せるね」

「は? 普通? お前、マジで言ってんの? 普通じゃねえだろ」

「ねえ、私の発言を毎回否定してくるの、もしかしてくせなの?」

「は? 否定してねえし」

「ほら、また否定した」

「してねえ!」


 もう俺に構うな。これ以上踏み込んでくるな。


『ごめんね、隼太君』


 うざい、うざい、うざい。他人なんてみんなうぜえ!


「もう、どうでもいいだろ? 俺、早く教室行きたいんだけど」

「なら、一緒に行こうよ。同じクラスでしょ?」


 こういうやつには、はっきり言わなきゃわかんねえのか。


「お前、うぜえよ。つーか俺、お前の名前知らねえし。もう話しかけてくんな」


 その言葉を最後に、俺は足早で歩き出し、彼女から離れた。


「私の名前、太陽たいよう愛美あいみだから! 絶対、覚えてよね!」


 俺が歩く後ろから、そう叫ぶ彼女の声が聞こえてくる。

 ああ、覚えておくよ。絶対に関わりたくない女の名前として、な。






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