第8話 旅人と雨

「……マジか」


 三日三晩、ほぼ飲まず食わずで走り続けて、たどり着いた街は……もはや街ではなかった。


 俺の前に広がっていたのは焼け焦げて炭化した瓦礫の山……人の気配もない。俺は思わずその場に座り込んでしまった。


「……ははは。マジかよ」


 俺はそのまましばらくずっとその場に座り込んでいた。俺が守っていた……いや、別に門番ではあったが、街を守ろうとかは思っていなかった。


 ただ、俺にとってこの街はあって当然のものであったし、それが消滅するなんてことは考えられなかった。


 だからそれがなくなってしまったとなると……俺は存在意義を失ってしまったようなものだ。


 しばらくすると雨が降ってきた。俺は雨に打たれるままに、その場に寝転ぶ。


「……なんか、痛いな」


 と、ちらりと腹部を見ると、うっすらと服に血が滲んでいる。


 なるほど……無理をして傷口が開いたわけか。


「……まぁ、もう、いいかな……」


 守るべき街もなくなり、俺には存在意義がなくなった……だとすれば、このまま俺がこの世を去るのも当然といえば当然であるのだが――


「おい!」


 雨音の中で聞き覚えのある声が聞こえてきた。それとともにこちらに向かって走ってくる足音も聞こえてくる。


「君……なんで……」


 降りしきる雨の中現れたのは、あの旅人だった。


「……なんでそんなところで……と、というか! 腹から血が出ているぞ!」


 旅人は青ざめながら俺の事を見ている。俺は思わず笑ってしまった。


「な、なんで笑っているんだ! 君……今すぐ手当をしないと……」


「……いや、いいんだ。もう、俺には……」


 すると、旅人は持っていた袋から何かを取り出した。それは……小瓶に入った赤い液体だった。


「……それは?」


「本物だ! 本物の龍の血だよ! これを飲めばどんな傷でも治るんだ!」


「……そうか。ソイツは……素敵だな」


 俺はバカにする気にはなれなかった。むしろ、この懐かしいやり取りが愛しくさえ思えた。


「さぁ、飲むんだ!」


 半ば無理矢理に俺は龍の血を飲まされた。苦いような甘いような……変な味だった。


「……ありがとう。これで……ゆっくり眠れそうだ」


「お、おい! 君! 寝るな! 寝ちゃ駄目だ!」


 目を閉じる一瞬、俺は旅人の顔を見た。今にも泣きそうな顔……綺麗な整った顔だ。


 その時、俺は今一度認識していた。


 やはり俺は、この女旅人に一目惚れしていたのだな、と。


 そんな馬鹿なことを考えながら俺はそのまま意識を失った。

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