第5話 旅人と世間知らず

「なんだって? 今日もだめなのかい?」


「……あのなぁ、言ってるだろ? 通行証がないと駄目だって」


 毎度のごとく、旅人は通行証を持たずに俺の前に現れた。


「……まぁ、そう云われるのはわかっていたからね。今度はとっておきのものを持ってきたよ」


「……で、今日は何を見せてくれるんだ?」


「フフフッ……驚かないでくれよ。これだ」


 そう言って旅人が懐から取り出したのは……小さな小瓶だった。小瓶の中には赤い液体が入っている。


「……血液か?」


「その通りだが、ただの血液じゃない……これは、龍の血だ!」


「龍の……血?」


「ああ。君も存在だけなら知っているだろう? 火を噴き、翼を持ち、どんな剣や槍も通さない鱗を持つ龍を!」


「……まぁ、知っているが、それは……お伽噺の存在だろう?」


 俺がそう言うと旅人は呆れ顔で俺を見る。


「君は……まったく情緒がないねぇ。いいかい? この血を飲めば不老長寿になり、どんな怪我も治ってしまうんだ!」


 かなり嬉しそうに話す旅人だが……色々と気になることがある。


「……お前、これをどこで手に入れたんだ?」


「どこって……これは買ったんだよ」


「買った? お前……それ……」


「これを僕に売ってくれた老人はとても良い人でね……身なりは粗末だったが、通常の半額の値段でこれを売ってくれたんだ」


 俺はさすがに呆れてしまった。こんなものはどう考えても紛い物……大方何かの獣の血液か何かだろう。


「……で、お前はそれを飲んだのか?」


「へ? いや、飲んでないが……どうして?」


「不老長寿になるんだろ? だったら、飲んでみればいいじゃないか」


「え……い、いや、それは……」


「もし、それを飲んでお前が不老長寿になったら、通行証なしでもここを通してやるぞ」


「だ、だが……私は別に不老長寿になりたくないし……」


「……あのなぁ。はっきり言うが、お前は騙されたんだよ。龍の血とか、不老長寿の薬なんて、巷に溢れてる。俺は優しいから言ってやるが、少しお前は世間知らずだぞ?」


 俺がそう言うと、旅人は少しショックを受けたような顔だった。それから悔しそうに俺を睨んだ後で、何も言わずにそのまま去っていってしまった。


「……少し言い過ぎたかな」


 といっても、これまでの件といい、そもそも、通行証を持たずに街の中に入ろうとする点といい、アイツは世間知らずだ……俺はいつしか、そのことが少し心配になってきていたのだった。

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