第4話 旅人と幻の花

 それから一週間程して、また奴はやってきた。


「やぁ、門番君。相変わらず退屈そうだね」


「……ああ。確かに退屈だな」


「フフッ……ほら、見てご覧」


 女旅人は俺に白い花を差し出した。


「……これは?」


「知らないのかい? これこそ、伝説にしか知られていない幻想花だよ」


「……幻想花?」


「そうだ。君も見たことはないだろう?」


「……まぁ、名前は聞いたことはないな」


 俺がそう言うと得意げな顔で旅人は嬉しそうに微笑む。


「これは山奥のそのまた山奥……険しい崖が連なる場所の、そのさらに奥……の崖の端にしか咲いていない花だからね」


「……で、これがどうしたんだ?」


「もちろん、君にあげるつもりさ」


「……これでは、街の中には通せないからな」


 俺がそう言うと、旅人は目を丸くして衝撃を受けていた。


「そ、そんな……それじゃあ、僕の苦労は一体……」


「知るか。というか……これ、本当に伝説の花なのか?」


「なっ……何を言うんだ! 伝説に決まっているだろう!」


「いや……あそこに咲いている花とそっくりだからさ……」


 俺が指差す先には、ここらへんでよく見る白い花が咲き誇っている。


 訝しげな顔で旅人は白い花に近づいていくと「あ!」と大きな声を出した。


 そして、しばらくしてから、かなり悲しそうな顔でこちらに戻ってきた。


「……どうやら、僕は……幻想に踊らされていたらしい……」


「……とにかく、街へは入れられない。出直してくるんだな」


 そう言うと悲しそうに旅人は俺に背を向ける。と、白い花は俺が手に持ったままだった。


「この花、いらないのか?」


「……いいよ。君にあげる」


 旅人の後ろ姿は、この上なく寂しそうだった。ふと、俺の視界に、白い花が揺れている。


「おい!」


 俺は思わず旅人を呼び止めてしまった。旅人の方も呼び止められるとは思っていなかったようで驚いた顔で俺のことを見る。


 俺はそのまま白い花の咲いている場所まで近寄っていって、その中の一本を引き抜く。


「ほら」


 俺はそれを旅人に差し出した。


「え……これを、僕に?」


「……せっかく遠くまで旅してきたのに、その証がなくなったら、なんだか味気ないだろう?」


 旅人はポカンとした顔をしていたが、しばらくすると、俺の手から花を受け取った。


「……うん。ありがとう」


 と、しばらく離れると旅人は俺の方に振り返る。


「今度こそ、君が納得する土産を持ってくるよ!」


 元気に言って旅人は去っていった……ほとほと懲りないやつである。

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