第54話 皆瀬 明莉
―――― side 皆瀬 明莉
「ねぇ! なんか外の男子が凄いことになってるよ!」
体育館でバレーボールを使って遊んでい……練習をしていた私たちにそんな誰かの声が響き渡ったのは授業が始まって少し経った頃。
先生は最初に指示を出した後、席を外してしまっている……教師としてそれでいいのかと問いたくもなるが、この時は居なかったことに感謝をしてしまいたかった。
授業を見張る先生が居ない以上、その「凄い事」に好奇心を駆られた私たちはボールを片付けて外に向かい……体育館のすぐ前、グラウンドでの光景に目を奪われる……。
夏希君と……芹澤君、桐生君が3人でボールを奪い合っていたのだ。
ボールを持った側は色々と駆使してキープしようとするも、残り2人を同時に相手にするのはやはり厳しいらしく……奪われては立場を変えて同じことを繰り返していく。
目まぐるしく変わる動きの速さに、誰も歓声を上げることすら出来ない……。
「ねぇ……確か芹澤君と桐生君って……」
そんな中、ぽつりと誰かが呟くけれど、やっぱりそれに応える人は居なかった……。
芹澤君と桐生君……2人は中学でサッカーをやっていて、その時に県代表のスタメンにもなっていたのは同じ中学だった人なら誰もが知っている事だったから。
そんな2人と互角に渡り合っているように見える夏希君……その身体付きからスポーツは出来るんだろうと思っていたけれど、まさかこんなに凄いだなんて……。
(か、身体付き……!)
ついあの夜の事を思い出して顔が熱くなるが……ふと隣を見ると、その姿に見惚れている孔美の姿があった。私と同じように……頬を赤く染めて。
私よりもサッカー部の孔美の方が、夏希君の動きに引き込まれるものがあったんだろう、小さく「お兄ちゃん、凄い……」と呟いているが、幸い他の誰の耳にも届かなかったようだ。
「おい、桐生! 手加減くらいしたらどうなんだ……よっ!」
「はっ! ついてこれるくせに泣き言か相馬ぁ!」
そんな2人の声が響く……私たち女子も、そして他の男子たちも完全に彼らから目を離せなくなっていた。
「相馬ぁ!? お前ほんとに久しぶりなのかよ!」
「あぁ! 1年ぶりくらいだ……なっ!」
現役の桐生君相手では分が悪いと思ったのか、夏希君は芹澤君へとパスを回しながら巧みにかわしていく……芹澤君もそれを良しとしたのか、少し2人からは距離を取っているようだ……。
とは言っても、桐生君からのパスも受けるし時には2人から離れた所へ蹴り出しているようにも見えるけれど……。
「春翔ぉ! 性格悪いぞ!」
「くそったれぇ!」
そんなときは2人とも必死にボールを追いかけて……また繰り返していく……。
そのまま5分もした頃かな……徐々に場所を変えていた3人を追いかけるように全員がついて行くと、サッカーゴールの前でパスを受けた芹澤君が勢いよくボールを蹴る……ゴールポストに当たって跳ね返ったその先には……夏希君が居た。
そしてそのままダイレクトにボールを蹴り……一直線にゴールネットを揺らし、その瞬間、大きな歓声が沸き起こった。
「だぁぁぁ……もう動けん……」
「は、ははは、まだまだ鍛え方が足りないぜぇ相馬ぁ……」
2人はそう言いながらもグラウンドにごろんと寝転がってしまい……そこへ芹澤君が近づき、声をかけた。
「2人ともお疲れ様、そろそろ切り上げたほうが良いと思ってね」
「「1人涼しい顔しやがって……」」
――――
「「「凄かったねー!!」」」
先生はまだ戻ってこないのでそのまま3人と女子たちが集まってわいわいと騒ぎ始める。
大半は芹澤君を囲んではいるが、ちらちらと夏希君を見ている子もいた……。
すぐに私と孔美は夏希君の下へ駆け寄る、夏希君は私たちが守るんだって美央ちゃんと決めているんだから!
「夏希君お疲れ様……凄かったね」
「ほんとだよー! あんなにできるなら早く教えてよね! 一緒にしたかったのにー!」
「あー、なんか勢いに任せたというか……我を忘れたというか……」
ぜぇぜぇと肩で息をする夏希君はかなり疲れているようで……「あっちぃ」と呟きながら立ち上がってふらふらとすぐ傍の手洗い場へと足を進めるので、倒れたりしないように両サイドを私と孔美で固め寄り添うようについて行く。
手洗い場へと辿り着いた夏希君は、私に「持ってて」とメガネを外して渡しそのまま頭からざぶざぶと水と被り始めた……。
「あー、生き返るわぁ!」
ちょうど反対側に居た桐生君も同じように頭から水を被って冷やしているようだった。
そんな2人を(男の子だなぁ)なんて思いながら見ていると……水を止めた夏希君が、なんの前触れも
よく考えればわかる事だった……誰だって濡れた前髪が目にかかっていたら邪魔だろうから……。
当然
それでも思わず目を奪われてしまう……濡れた髪をかき上げたまま、夏希君は私と目が合うと「どうかしたか?」と優しく微笑んでくれる……。
我に返った孔美がいつの間にか準備していたスポーツタオルで咄嗟にガバッと身体ごと背後から夏希君の頭にかける。身長差がある為飛びついたのでおんぶされるようになってしまったが、夏希君は孔美が落ちたりしないように手で支えて少し屈んでくれた。
目の前に来た彼の頭を私もそのまま抱えるようにぎゅっと抱き締める……髪が濡れているので少しひんやりとしているが、そんな事は全く気にならなかった。
「おい、2人とも濡れるぞ!? どうしたん……あっ」
ようやく夏希君は自分がしでかしたことに気が付いたらしい……小さく「しまった」と呟くとそのまま動くのをやめる。
孔美と2人で夏希君の頭を抱きしめたまま……ゆっくりと顔を向けると、そこにはこっちを凝視している女子の姿が……。
「「見た……?」」
私と孔美の問いかけに……全員が無言のまま頷く……。
あぁぁぁぁ!!! 皆にバレちゃったー!!!!
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