第53話

 休み時間、トイレに行こうと廊下に出たところでノートを抱えた委員長を見かけた。改めて思うと、いつも何かをしている気がするな……。


 先ほどの授業で集めた物を職員室まで運ぶのだろうか、そう思い声をかける。


「委員長、それ職員室まで運ぶのかな? 手伝うよ」


「そ、相馬君!? あ、えっと……じゃあお願いしようかな」


 どこかぎこちなく答える委員長から3分の2ほどのノートを受け取り一緒に歩きだす。


「半分で良かったのに……でもありがとう」


「全部持っても良かったんだけどね? ただどこに運ぶのか知らないし、委員長には案内してもらわないといけないんだけど……手ぶらでついてくるの、嫌でしょ」


「えぇ、そんなの絶対にイヤよ? 相馬君って意外と私の事わかってるよね」


「いや、わからないことだらけさ。まぁこれから知っていければ良いとは思うけどね」


 目を見開いた委員長は少し俯いたまま俺の横を歩いて行く……どうしたんだろ?


「それって……私の事を知りたいって事……まさかね……」


「ん? 何か言った?」


「え? ううん、なんでもない! 急がないと休み時間終っちゃうし早く行こっ」


 急に足早になる委員長……ほんと、どうしたんだ? と思いながらも置いて行かれないようについて行くことにした。



――――



「ねぇ、相馬君の下の名前ってなんだっけ?」

 

 ノートを運んだ帰り道、隣を歩く委員長が突然そんなことを言いだした。


「ん? 夏希だけど……それがどうかした?」


「やっぱりそうだよね? 言いたくなかったら良いんだけれど……『N』は相馬君?」


 委員長が言っているのは明莉のシャープに刻まれたイニシャルの事だろう……一瞬ごまかそうかとも考えたが、すぐにその考えを振り払った。


「それは明莉のシャープの件かな? それなら……俺だよ」


「じゃあ孔美が言ってた『なつ』って言うのも……?」


「あぁ、俺の事だね」


「相馬君は……2人と付き合っているの?」


「付き合っているわけじゃないけれど……好き合ってはいるかな」


「……なにそれ」


「ははっ、結構特殊なんだよ、俺達はね……でも」


 足を止め、委員長の顔を見つめる……彼女もまた俺の目をしっかりと見つめ、言葉を待っているようだ。


「2人とも悲しませたりはしない、絶対に」


 数瞬視線を交わした後、ふいっと目を逸らした委員長は「……なにそれ」と小さく呟いた。


「俺の事をどう思おうと構わないけれど……それが明莉や孔美に及ぶのなら……俺は許さないよ?」


「……大丈夫よ、わたしにとっても2人は友達だもの、言い触らしたりなんかしない」


「そうしてくれると助かるかな」


「ふふっ、相馬君、貸し1だからね?」


「えぇ……それって手伝ったことで帳消しだったりしない?」


「あら、相馬君は自分から言い出したことで女の子に貸しを押し付けるような人なの?」


「はぁ……わかったよ、貸し1だね……」


 やれやれ、変なところで貸しを作ってしまったが幸い、委員長なら無理難題を吹っ掛けて来たりはしないだろう……それで明莉たちが騒がれないなら良しとするか。


 妙に浮かれた様子の委員長をみて……大丈夫だよな? と若干の不安を覚えつつも教室へと戻る……あ、トイレ行くの忘れてた……。




――――



 そして迎えた午後の体育……男子はサッカー、女子はバレーをするらしい。

 

 サッカーは良くやっていたが、あの騒ぎ以来やるのは久しぶりだ……誘っても誰も来てくれなくなったからなぁ……。


 微妙に落ち込みつつ、デュフェンスをやって身体を動かすくらいにしようかとストレッチを始める。


「お、相馬はやる気だな! いいねいいねぇ!」


 ハイテンションな桐生が声をかけてきた……俺がやる気ってどういう事だ……と周りを見ると、誰しもが寒そうに身体を縮こませたまま話し込んでいる。


 あー、今先生は女子の方に行っているから、皆程よくサボっているらしい……。


「別にやる気はないけどな……いきなり身体を動かすわけにはいかないだろ?」


「そりゃそうだ! 全く、他のやつらも相馬を見習えって言うんだよ……後は芹澤くらいだぜ……」


 そういう桐生の視線を追うと、俺と同じように身体を動かしながらこちらに向かって来る春翔の姿が目に入った。


「やぁ、直将に夏希。サッカー楽しみだね」


「他にやる気があるやつはいねーけどな。先生も来ないし、3人で少し身体を動かさないか?」


 ストレッチをしながら3人で話を続ける。確かに先生が来ない以上はどうしようもない……とは言えもう授業は始まっているわけだし、サッカーをするぞと言われている以上それをやっていても問題は無いだろう……。


「まぁいいけど……サッカーするのは久しぶりなんだよな。2人はどうなんだ?」


「僕は中学でやっていたし……」

「俺は高校でもサッカー部だぜ」


 2人とも経験者か……俺が一番ブランクがありそうだな。


「そっか、俺は友達と遊びでやっていたくらいだな……まぁお手柔らかに頼むよ」


「おう、任せとけって! いやぁ腕が鳴るぜー! ん? この場合は脚が鳴るとでもいうのか? まぁどっちでもいいわな!」


 わははっと笑う桐生のポジションがなんとなくわかった……こいつはそういう奴なんだな……。


 一通りのストレッチを終えた俺達は、用意されていたボールを一つ借り校庭に出てお互いに少し距離を取る。


「芹澤ー! まさかなまったりしてねぇだろうなー!」


「ははっ、まだそんなに間が開いたわけじゃないだろ?」


 桐生が蹴り出したボールを足で受けた春翔はそのまま俺の方へとパスを回す。

 パスを受けた右足に伝わるボールの感触……久しぶりだな、誰かとボールを回すのも。


 懐かしい感触を確かめるようにポンッポンと軽くリフティングをして桐生へボールを蹴り出す。


「お、相馬もそこそこできるじゃねーか! いいねぇ、じゃぁもうちっと早くしていくぞー!」


 徐々に早まるパスの勢いに感化されるように……俺達のパス回しは段々と動きを伴っていく。

 最初は相手の足元をめがけていたものが徐々にずれていき、動きを読み取りに走らなければいけなくなったり……時には不意に相手を変えて回したり、ボールを浮かせてみたりと……。

 そして春翔が俺に向かってボールを蹴り出した瞬間……桐生が一気に俺との距離を詰めてきた。


 くそっ、そう来たかっ! と内心舌打ちをし、ボールと桐生の位置を確認する……このタイミングならトラップした瞬間を狙われそうだ。


 咄嗟に判断をして、自らボールとの距離を詰める……桐生からボールを隠すように背を向け、ノーバウンドでボールをトラップし……そのまま勢いを殺したボールと共にぐるりと身体を捻る。


 背後に感じる桐生の気配、ボールの位置そして視線を向けた先のスペース……。

 いけるっ! と思った俺の前に……春翔が現れた。


 一瞬足から離れたボールをそのまま奪っていく春翔にしてやられた俺、そしてプレッシャーをかけながらも出し抜かれた格好となった桐生は……そのまま春翔へと詰めよる。

 

 この瞬間、カチリとスイッチが入った気がした……誰かと1つのボールを追いかける懐かしい感覚……それが一番の楽しみだった、もう無くしたと思っていた時間。



 もう俺の目には、ボールと2人の姿しか見えていなかった……。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る