第52話

 いつもの様に朝を迎え、そして登校する……もうすっかり日常と化した一日の始まり。


 孔美は部活の為に3人で改札を抜けると……なんだかいつもと雰囲気が違う。普段ならそのまま高校へと向かう生徒たちがなぜかまだ多く残っているのだ。


 どうしたんだろうか……そんな事を考えながら進むと、駅の出口辺りで急に人が居なくなり開けている……そしてその空間の中に、ぽつんと佇む女の子が居た。



「掛井先輩? こんなところでどうしたんですか?」



 それは、昨日俺の妹になると告白してきた怜子だった。確か、自転車で登校しているはずじゃなかったかな……?


「あ、夏希様おはようございます。わたくしも皆様と一緒に登校したくて……ご迷惑だったでしょうか」


「とんでもない、それで駅まで来てくれたんですか? じゃあ一緒に行きましょうか」


「どうもありがとうございます。こうして一緒に登校する事、憧れていたんですの」


 話ながら歩き出すと、すぐに美央が俺の隣を怜子に譲る。普段並んで歩けない怜子に気を利かせたんだろう、ほんと良い子になってくれたなぁ……。


「私も掛井先輩と一緒に登校できて凄く嬉しいです」


「私もです……でもお待たせしてしまうかも知れませんから、明日からは連絡し合いませんか?」


「そうですわね、楽しみにしすぎてその考えに至りませんでしたわ、明日からは連絡を入れさせていただきますわね」


 とても嬉しそうな笑みを浮かべながら俺の隣を歩く怜子。そしてその隣に移動した美央も足取りは軽やかだ。


 そんな俺達が歩くと周りの生徒が道を譲るように脇へと逸れていく……いや、そこまでするような事じゃないだろ……?



――――



 正門で美央と、昇降口で怜子と別れ明莉と共に教室へと入る。孔美は……まだ部活から戻ってきてはいないみたいだな。


 自分の席に着き、鞄からスマホを取り出す。春翔や桐生以外に俺に話しかけてくるクラスメートは居ないし、何処かざわざわとした教室内でも多少注目されるくらいだ……1クラスメートとしての自分に満足し、イヤホンを取り付ける。


「あら、明莉、可愛いシャープ使ってるのね」


 不意に聞こえたその声に目を向けると、明莉に委員長が話しかけているところだった。


「あ、結花里ちゃん……うん、お気に入りなの」


「それって、モールの文房具屋さんで売ってたやつよね? すっごい人気ですぐ売り切れちゃったらしいよ」


「そうなんだ……じゃあとても運が良かったのね」


「そうだよ、あれ……でもそれってペアじゃなかった? もう1本は家で使ってるの?」


 俺が持っている明莉とペアの空色のシャープは、今ペンケースの中に入っている……これは誰かに見られないほうが良いかもしれないな……。


「あ、えっと……これプレゼントだから……」


「あー、え? そうなの? えぇー、いつから!?」


 プレゼントだという明莉の言葉でお互いが持っている事を想像したのだろう、委員長はひと際大きな声で驚いている。


「え? あの……入学してから……」


「えー! それって……あ、イニシャル入ってるじゃん!」


 ん…? イニシャル? そんなもの頼んだ覚えが……あ、そう言えばあの時店員さんに渡された紙か? 急いでいたから「お任せします」と答えた気がするが……そう言えばサービスしたとか何とかいってたな?


 気になり、ペンケースを取り出してこっそりとシャープを確認する……。


『A ♡ N』


 え?


『A ♡ N』


 2度見ても、そこには間違いなくそう刻まれていた……は、はぁぁぁ!? え? サービスってまさかこれの事か!?


「明莉……『N ♡ A』って……やぱりそういうことなのー!」


 きゃあきゃあと途端に騒がしくなる教室内……明莉は顔を真っ赤にして俯いてしまっている……。


「おっはよー、明莉……ん? どうしたのー?」


 教室に入ってくるなり真っ直ぐに明莉の席へと向かった孔美は、その様子に首を傾げ……。


「あ、そのシャープ、可愛いよねー! モールでんでしょ、いいなー」


 おいまて孔美!? なんでそれを知って……いや、それはいい、なぜそれを言うんだ!?


 だが、『なつ』という呼び方だけで俺だとわかる人は少ないだろう……まだ大丈夫だ……冷や汗をかきながら行く末を見守っていると、不意に孔美の動きが……止まった。


「ねぇ、明莉? 私の見間違いかなー? なんかイニシャルが彫ってあるように見えるんだけどー?」


 バレたぁぁあぁ!? 


「あ、孔美……これは……」


 明莉の声も届いていないのか、ギギギギギギッと俺の方へ顔を向ける孔美……その目は、笑っていない……。


「ふぅん? まぁいっかー、きっとだろうしー」


 シャープは既に売り切れているらしいが……あと3本どうにかしないとダメらしい……孔美の目が確かにそう伝えてきた……。


「え? 孔美にも……? えぇ!?」


 委員長が顔を真っ赤にして狼狽うろたえている……そりゃそうだろ、現状わかったことは『明莉と孔美の想い人は同じ相手』だって言うことなんだから……。

 それにしては照れすぎな気もするが……一体何を想像してるんだか……。



「夏希、おはよう。どうしたんだ?」


 孔美に気を取られていたので気が付かなかったが、いつの間にか春翔が後ろに立っていた。


「おはよう、いや……どうもしないさ」


「そうかい? まぁ困ったことがあったら言ってくれよ? どこまで力になれるかはわからないけどね」


 そう言いにこやかに笑みを見せる春翔……プレゼントには慣れているだろうし相談してみた方が良いかもしれないな……。


「芹澤、相馬、おはよう! いやぁ、今日はいい天気で良かったぜ!」


「おはよう、直将。あぁ、今日は体育があるんだっけ」


「桐生おはよう、体育があるからってどうしたんだ?」


「晴れてたら思い切り動けるだろ! 今日は朝から嬉しくってさ!」


 あぁ……なるほど桐生は体育が好きなのか、今日は何するんだろうな……。


「組んでやるようなら一緒にやろうぜ! それじゃまた後でな!」


 上機嫌のまま自分の席へと向かう桐生を見送り……俺は孔美たちへのプレゼントをどうしようか本気で悩んでいた……イニシャル入れないと、ダメだよなやっぱり……。




 ふぅ、とため息を吐いて考え込んだ俺は気が付いていなかった……俺をジッと見つめる委員長の視線に……。



 


 

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