第44話

 ホームまで降りた俺達はそこでようやく一息ついた。何本か電車を逃してしまったが、取りあえず孔美と合流できたことだし、まぁ良いだろう。


「お兄ちゃん、助けてくれてありがとー。でももう帰ってたんだよね? 私服だし何か忘れ物ー?」


「ん? いや、孔美を迎えに来ただけだ。朝は一緒に来れなかったから帰りくらいはな」


 ほんと、早めに迎えに来てよかった。まさか孔美がナンパされているとは思いもしなかったからな……。


「えぇ!? わざわざ……来てくれたの?」


「おかしいか? まぁ俺は来て良かったと思ってるよ。災難だったな」


 もしも俺が迎えに来ていなかったり、もっと遅かったりしたら何があったか分かったものじゃないからな……。


「ほんとしつこくてさー、駅に着く前に声をかけてきたんだけど、ずっとついてくるんだよー? お兄ちゃんが来てくれなかったらまだ捕まってたかも……」


 思い出したのか、空いている手で自分の身体を抱きしめるようにする孔美。少し……震えているようだ。


「まぁあの様子だともうこの辺りには来ないだろ。それに、今度からはちゃんと連絡してから迎えに来るからさ」


「あー、そうだよー! びっくりしたんだからね! お兄ちゃんが来てくれるなら学校で待っていればよかったよー」


「悪かったって。部活がいつ終わるかわからなかったから早めに出たら忘れていたんだ」


「もぅ! いいけどさー。また来てくれるならちゃんと連絡ちょうだいねー?」


「わかってるって、出る前に連絡するよ。学校で待ってるんだぞ?」


「出る前?」


「あぁ、俺が先に帰った日は来るつもりだしな」


 一瞬目を見開く孔美だったが、すぐに口元を緩め心底嬉しそうな顔をする。その顔に見惚れていると、電車が付くアナウンスがホームへと響いた。


「孔美、電車が来る前に鞄寄こせ、持って行ってやるよ」


 部活をしている孔美の使っている鞄は俺が使っている物よりも2回りは大きい。流石にそれを持っている女の子の隣で手ぶらなのは気が引けた。


「え、大丈夫だよー慣れてるし。それに意外と重いんだよー?」

 

 遠慮したのか、鞄を持ったままの孔美にもう一度声をかけようとしたが、直後にホームへと入ってくる電車……いつかの満員電車よりはマシだがそれなりに人が乗り込んでいる、幸い俺達がいるところから乗り込む人は少なそうだが……。

 

 仕方なくそのまま電車に乗り込み2人でドアの横に立つ。鞄は持ったままでは邪魔になるからと言って足元に置かせた。お互いが触れるか触れないかの距離で孔美と鞄を守るように立ち位置を変える。

 俺の意図に気が付いたのか、孔美は少し俯きながらも俺の服を摘まんでくる……きっと知り合いですよとアピールしてくれているんだろな。

 

「お兄ちゃんってこういうこと、さらっとやるよねー」


「これくらい普通じゃないか?」


「……ねぇお兄ちゃん、そんなに私の事……大切なの?」


 そんな孔美の言葉に俺は上げていた視線を落とす……いつの間にか顔を上げ俺を見ていた孔美と目が合った。頬は赤く目を潤ませ……何かの期待と不安がごちゃ混ぜになったかのような顔。

 そんな孔美の肩に腕を回しぐっと抱き寄せる、触れるか触れないか……少しだけあった2人の距離がその瞬間ゼロになる。


「当たり前だろ。もしもまた孔美が怖い思いをしていたら俺が必ず助けてやるさ。まぁ……そんな思いをさせるつもりはないけどな?」


「約束だよ? それは明莉や美央ちゃんも一緒だからね?」 


 どうやら孔美の不安は払拭ふっしょくされたようだ、俺の腕の中で満面の笑みを浮かべる。


「あぁ、俺は孔美たちの『兄貴』だからな」


「むー、そうだけど……そうじゃないんだよなー」


 少し頬を膨らませむくれる孔美……何がそうじゃないんだ? まぁそんな顔をしてもまるで小動物が構って欲しそうにしているように見えてしまい微笑ましいものにしかならないんだが……。



――――



 そのまま電車に揺られようやく駅に着いた。降りるとき、孔美を先に行かせて鞄を持って続く……言ってた通り、意外と重いんだな……。

 孔美は自分で持つと言いそれを俺が断る、そんなやり取りを数回した頃には孔美も諦めたらしい。

 ひと悶着あったせいか、駅についた頃にはすっかり日も暮れて辺りは薄暗くなり始めている。

 2人で改札を抜けた後、少し脇にそれてスマホを取り出した。思っていたよりも遅くなってしまっているし美央に連絡をしておこう。


「美央ちゃん? 私もメッセージ送っておこうっと」


 隣で同じように孔美もスマホを取り出した……まぁ2人の間でもやり取りはあるんだし、遅くなった理由でも説明してくれているんだろう。


――――『今孔美と駅に着いた。これから帰るよ』


 これでいいか、スマホをしまい孔美を見ると……なんだかニヤニヤとしながらスマホを操作しているようだが、一体なんて送っているんだろうか……?

 少し様子を見ているとなんだか慌てた素振りを見せたり「ええぇ」と呟いたりしている……何のやり取りをしているんだか。




  そのまま孔美がスマホをしまうまで待ち、ようやく2人並んで歩きだす。

 だが……いつもは騒がしいくらいの孔美が、今は何だか大人しい……調子が狂うな。


「どうした? まさか2人きりだから緊張してるのか? ははっ、そんなわけな……」


 言いながら孔美を見ると……すっかり俯いてしまっている姿が目に入る……え、まじか……。


「おい……ほんとにどうしたんだ? まさか夜道が怖いって事でもないよな……?」


 立ち止まり様子を見ているとなんだかそわそわとしている気がする……右手をふらふらと動かしてもいるようだ……なるほど? どうやら孔美は手を繋いで歩きたいっぽいな。

 少し伸ばせば届くような距離、今までの孔美との関係を考えても特に遠慮する必要もないだろう……そう思い、揺れている右手を優しく掴む。

 ビクッと身体を震わせ、顔を上げる孔美……薄暗いとはいえ街灯もあるし近い所にいるお互いの表情は見えている事だろう、落ち着かせるように笑みを見せる。

 そのまま少し待っていると、おずおずと孔美が握り返してきた。


「じゃあ、帰るか。夜はやっぱり少し冷えるからな」


 ひんやりとしたその小さな掌が少しでも温まるようにそっと包み込み歩き出す。時折、孔美がぎゅうっと握り返してくるが何かを口にすることは無く、お互いが黙ったままどこか落ち着かずそれでも繋いだ掌の温かさに口元が緩むのを感じながら歩き続けた……。



――――



 公園の脇を抜け、以前にも送ったことがある家の前まで辿り着く。

 まだ手を繋いだままだが、孔美は離すような素振りすら見せずにもう片方の手で玄関のカギを開ける。

 



「少しだけ……寄っていって」


 小さく聞こえたその声に、俺は手を離す事が出来ずにそのまま玄関の中に足を踏み入れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る