第45話 渡來 孔美

―――― side 渡來 孔美




 私は朝、1人で登校する。電車は空いているし部活自体は好きだから早起きすることは特に苦じゃない。でも明莉や美央ちゃん、そして何よりお兄ちゃんと一緒に居られないことがいつも以上に気分を落ち込ませる。


(まぁ朝練が終ったら教室で会えるしねー。同じクラスでほんと良かったよー)


 もしこれが違うクラスだったとしたら私はどうしたんだろうか、ふとそんな仮定が頭をよぎるけれど……そこに意味はないかーと考えるのをやめた。

 同じクラスで家も近所、会おうと思えばいつでもその顔を見ることが出来るんだから。


 部活の後に楽しみが待っているからか、その日の朝練の時間はすごく早く感じた、まだ身体を慣らすくらいで終えたからかも知れないけれども。


 時計を見るともうすぐ明莉たちがいつも来る時間だし、急げば教室で話す時間もゆっくり取れるかなー……そう考えた私は身支度を整えて「それじゃーお先にー」と更衣室を後にする。




「明莉ー、おっはよー!」


 教室に入りすぐに明莉へ声をかける。丁度登校してきたところだったみたいで急いだかいがあったというものだ。


「おはよう孔美、部活お疲れ様。はいこれ、孔美の分ね」


 そう言って明莉が差し出したのは私のお弁当。朝練で家を早くに出てしまう私はお弁当を用意するのが苦手……別に料理が全く出来ないわけじゃないんだけどなー。

 そんな私に明莉は高校からお弁当を作ると言ってくれた、さすが料理上手な幼馴染だよー。

 

「ありがとー! これで今日も1日頑張れそうだよー」


「昨日の残り物だけれどね? あまり期待はしないで欲しいかな」


「昨日のから揚げ! やったー!」


 んふふふー、美味しいんだよなー明莉のから揚げ。もしかしてって思って食べきらなくてほんと良かった! まぁ食べきれないくらいたくさん作っていてくれたんだけれどもねー。


「あ、じゃあ相馬君もお昼に誘ってみようかー」


 学校では『お兄ちゃん』と呼ばない、それは明莉と2人で決めた事。私たちはいいけれどそれを聞かれてお兄ちゃんが変に噂されたりして欲しくなかったからだ。


「そうね……じゃあお昼、一緒に声をかけてみましょ」


 お兄ちゃんと一緒のお弁当、楽しみだなーっ!



――――



 放課後、部活をしながらもお昼の事を思い出してつい頬が緩んでしまう。

 お弁当箱から卵焼きを取っ……貰った時のお兄ちゃんの唖然とした顔、代わりにあげたから揚げを食べた時のご満悦な顔……自分が作ったから揚げをあんな顔して食べて貰えたら、そりゃ明莉も照れちゃうよねー。

 私も何か手料理、作ってあげたいなー。



 さすがのお兄ちゃんでも学校ではいつものような甘々な雰囲気にはならないけれど、それでも目立つ私や明莉と一緒に居ても避けるようなことをしないのが嬉しかった。 

 目立つことや騒がしいことが嫌だって言っていたのに、それよりも私や明莉の事を優先してくれるお兄ちゃん……その仕草や表情の1つ1つで私の、そしてきっと明莉の心も鷲掴みにしてしまう。

 他の人にはわからないんだろうけれど、隠れた優しい眼差しを知っている。こんな風になるのはこれからもお兄ちゃんにだけなんだろうなーって思ってしまうほど……もうすっかり恋に落ちていた。



 パスやドリブルなどの練習をしている最中、顧問の先生に急用が出来たらしく、予定より早い時間で部活は終わりになった。

 女子サッカーがメジャーになったとはいえ、高校でも実績があるわけでもなく……サッカーを観たり、するのが好きなメンバーで集まっているようなもので、結構和気あいあいとしている。

 部活が早く終わったせいか、他の部員は「どこか寄ってく?」なんて話をしながら帰り支度をしているけれど、私は別の事で頭がいっぱいだった。


(早く帰れるしお兄ちゃん誘ってトレーニングできるかなー? 帰ったらメッセージ送ってみようかなー? これから直ぐ帰ればご飯前に少し時間が出来るよねー、もう少し身体を動かしたい気分だしお兄ちゃんと一緒なら絶対楽しいよー!)


「ねぇ、孔美も一緒にどう?」


「ごめーん、今日は早めに帰りたいからまた今度ね、お先でーす」


 誘いを断って急いで駅を目指す。ただ少しでも早くお兄ちゃんに会いたくて。



――――



 あー、もう最悪だー。


 駅に向かう途中、2人組の男の人に声をかけられて、無視をしても付いてこられて……私は駅の隅で壁際に追いやられていた……。


 何を言い返してもまるで聞いてくれないし、周りの人たちは我関せずと遠巻きに見ているだけ……意を決して横を抜けようとしても回り込まれてしまう……。


 今までもナンパされたことはあったけれど、ここまで強引だったことは一度もなかった……。

 

 なんで諦めてくれないのー!? 嫌だって言ってるのに……怖い……怖いよー。



「孔美待たせたか? 迎えに来たぞ」


 助けてお兄ちゃん! 心の中でそう叫んだとき……私に向かってあの優しい声が掛かる。ぱっとそちらを見ると、私服に着替えたお兄ちゃんの姿が目に入った。



 お兄ちゃんの姿を見て……そして優しく頭を撫でるその感触に安心しきってしまった私は、その後の事をどこかぼぅっとした頭で見ている事しかできなかった。そんな中聞こえた『大切な子』というお兄ちゃんの言葉……それが何度も何度も、頭の中で駆け巡る……。

 


 気が付いた時にはあっさりと2人組を追い払ってしまっていたお兄ちゃん……何が起きたのかいまいち理解が出来なかったけれど、もう大丈夫なんだって言うことだけはわかった。


 かっこよすぎるよー……私を助けてくれたその背中に見惚れてしまった私はお兄ちゃんの顔を直視することが出来ない……顔が……熱いよ……。

 

 お兄ちゃんがそんな私の前に来て困っているのがわかる。違うの、困らせたいわけじゃないのー! お礼を言いたいのに……なにも言葉が出ないんだよー。


 どうすればいい!? ぐるぐると回る頭で考えた私は、言葉が出ず顔も見れないなら態度で示すしかないでしょー! と自分でもよくわからない考えに至ってしまい……お兄ちゃんの服を摘まんで、そのまま寄り添ってしまう。


 うぅ……心臓がバクバクして収まらないよー! そんな私に追い打ちをかけるように頭へ触れる優しい感触……あー、もうだめだぁ……。


 

―――― 



「あー……トラブルだと聞いてきたんだが……もう解決したようだね? 他の人の目もあるんだから、そろそろ控えて欲しいんだが」



 呆れ顔の駅員さんにそう言われるまで、私は全く周りの事が頭になかった……。

 駅の構内だったことをすっかり忘れていたよー! うぅ、恥ずかしい……。



 ホームへと降りてお兄ちゃんと話すうちに少し落ち着いた私は、ようやくいつもの私らしくなれそうかなーって。


 でも甘かった……『電車』と『妹キラー』……お兄ちゃんの最強コンボが私を待っていたから。



「孔美を迎えに来ただけだ。朝は一緒に来れなかったから帰りくらいはな」


「学校で待ってるんだぞ?」


「俺が先に帰った日は来るつもりだ」

 

 そしてさりげなく電車内で私を守る位置に立つお兄ちゃん……触れそうで触れない……なんとももどかしい距離だけを作って。



 こんなの耐えられるはずがないってー……。


「……ねぇお兄ちゃん、そんなに私の事……大切なの?」


 そして私は我慢できなくって……聞いてしまった。

 



 ねぇ、お願いどうか気付いて、私の……私たちの想い。

 どうか抱き締めて……私たちの全てを。

 

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