第12話 皆瀬 明莉

―――― side 皆瀬 明莉


 


 私はその出会いを決して忘れない。だって間違いなく「初めての恋に落ちた」んだから。


 


 その日の私は急いでいた。妹のひまりを送り出した時点で既にいつもより遅れている……お父さんもお母さんも今日は早くに出てしまったので最後の戸締りは私がやらなくてはいけない。


 家の中を確認して「いってきます」と誰もいない玄関で声をかける。しっかりと施錠を確認したところで腕時計を見るともう走らないと電車に間に合わない時間だった。


 幸か不幸か、一緒に登校することが多い幼馴染の孔美は部活で既に学校に行っている為に私一人だし、駅までは歩いて10分くらい頑張って走れば何とか間に合うだろう。



 

 息を切らし駅にたどり着くと、まだ電車は来ていないみたい。良かった、間に合ったと胸をなでおろし呼吸を整えつつ改札に向かう。ふと視線を上げると同じ高校の制服を着た男の子が少し前を歩いているのが目に入った。


(この駅を使う男の子っていたかな……あぁ、もしかしたら引っ越してきたのかも)


 後ろ姿しかわからないが、同じ中学の同級生でこの駅を使う人は少ないしきっと高校から入る外部の人なんだろう。そんな事を考えながら改札を抜けホームへと降りる階段へ向かう。


(今日は入学式だし、同級生になるのかな……挨拶したほうが……でも知らない子にいきなり声をかけられても困るよね……ナ、ナンパとか思われたくないし)


 中学でモテていたのは自分でもわかっているが、積極的に異性へ声をかけるのにはやはり勇気がいる……でも、同じ駅を使うし……なんて考えながら歩いていたのがいけなかったんだろう。


 到着のアナウンスが入ったところで階段を下りている私の横をすごい勢いで駆け抜ける人がいた、いつもなら気が付いて身構えていたかもしれない。でも男の子を気にしていた私は直前まで全くその足音に気が付かなかった。いきなりの事に「きゃっ」と思わず声が出る……ビクッと身体が縮こまる中で踏みだそうとした左足を何かに引っ掛けてしまった。大きくバランスを崩して(転んじゃう……ダメ……このままじゃ……っ!)なんて考えるももうどうしようもない。ゆっくりと感じる時間の中で階段から落ちた時の痛みや、数段下にいる男の子を巻き込んでしまう事を考え……ギュッと目を瞑った。



 ドンッという衝撃を感じ、同時に頭と身体をギュッと締め付けるような感覚が襲って来る(階段から落ちて頭でも打ったのかな、それともこれが天国へのお迎えとか?)私の全身を包み込む暖かくて力強い感触、それにとてもいい匂い……そんな中でぐるぐると考えを巡らせていると、そっと頭を撫でられるのを感じた。


(んっ……えっ!?なに?今どういう状況なの!?)


 どこか落ち着く暖かさの中から一気にパニックになる。でも優しく撫でられているとだんだんと落ち着いてきて……ようやく自分の状況を把握できるようになってきた……私は完全にバランスを崩してしまう前に抱き留められて助かったんだ、と。



「……大丈夫? 危なかったね、怪我はないかな?」


 頭の上から聞こえてくる優しい声、きっと前を下りていたあの男の子……転びそうになった私はその人に抱き留められているようだ。頭をそっと撫でられつつも腰に回された腕は力強く支えてくれている……ゆっくりと顔を上げると、目の前には彼の顔があった。


 目元を隠すように伸ばした長い前髪、眼鏡をかけてもいるが至近距離で見上げる形の私にはしっかりと顔が見えてしまう……カッコイイ……。


 我ながら単純だとは思う……でもピンチを颯爽と助けてくれて、あまつさえ震える私をぎゅっと抱き締めてくれるんだからこれで惚れないなんて女の子じゃないって思う……私の中で彼はヒーロー……ううん、それこそ王子様とも言える存在になっていた。


(王子様みたい……って!私ったら何を……っ)自分の考えに気が付いた途端一気に顔が熱くなる。とにかくお礼を!と思い口を開けるがどうにも声がきちんと出ない……。


「あぁ、ごめん……。 自分で立てるかな?」


 そう声をかけられて腕の力が緩むのを感じる。その時に感じたのは何とも言えない寂しさだった……まるで全身が「もっと」って言ってるみたい。名残惜しくも自分で立てるかを確認した私はこくりと頷く。そっと離れた彼は私が立てているのを確認するかのように見た後にくるりと背を向けてしまった。


「ぁ……」


 寂しさがつい無意識に唇からこぼれる……でも彼はそのまま階段を下りていき……見覚えのある鞄を拾い上げた。私の鞄だ。どうやら転びそうになった時に手放してしまったらしいそれをわざわざ拾ってくれるなんて、やっぱり王子様だ……なんてぽーっと見惚れていると振り返った彼から声が掛かった。


「……やっぱり足でも痛めましたか? そろそろ次の電車が来ると思うんですけど」


 そう言われてはっと気が付く。そうだ、学校に向かうところだったんだ!


「い、いえ、大丈夫です……その……ごめんなさい……」


 お礼を言いたかったのに口から出たのはそんな言葉だった。なんだろう、見られてると思うとすごく恥ずかしい……へ、変なところは無いよね!?と内心慌てながらも階段を下りていく。


 彼の前まで行くと「なら良かった。じゃあ気を付けてね」と言われた……その瞬間、胸がぎゅっと苦しくなる……あぁここでお別れなんだなって……それもそうだ、彼にとってはいきなり後ろから落ちてきた迷惑な女の子に過ぎないし怪我もないとわかれば一緒にいる意味もないんだから。


 乗ろうと思った電車はもう行ってしまったし、次の電車はたぶん……さらに彼とも離れなければいけないなんて、と一気に気分が沈むのが自分でも分かった。


 でも、降りる駅は一緒だし学校だって同じなんだ、まだチャンスは絶対にある!と顔を上げたときに彼の呟く声が聞こえた。




「満員じゃねぇか……」


……神様ありがとうございます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る