第11話
ぽかぽかとする温もりに包まれながらもゆっくりと目が覚めていくのを感じていると、開けた目の前にはにぃにの優しい笑顔がある……いつも通りだ。
にぃにだぁ……そんな当たり前のことを認識すると少しだけ離れている二人の間が何だかもどかしくて……まだ少しふわふわしている頭のままぎゅっと抱きついてみる。
すぐに私の頭に手が添えられて、優しく撫でてくれる……幸せってきっとこういうことを言うのかな、なんて思っていると自分の下半身に違和感を覚えた。
(……あれっ……なんか……パーカー捲れ上がってる……?)
制服から着替えた私は、にぃにからもらったお気に入りのパーカーを羽織っていた。少し小さくなったからと貰ったそれは、私には充分すぎる程に大きくてだぼだぼだ。裾の長いデザインでそれ一枚で事足りる程……だったから、出掛ける予定もない私は少しだけ横着をした。簡単に言うと下はショーツを身に付けているだけなのだ……足を冷やしたくなかったからニーソックスは履いたけれども。そしてそのパーカーが腰のあたりまで捲れ上がっている感触が……。
(なんで!? いつもはこんなことないのに……このまま毛布から出ると見られちゃうっ……!)
一気に覚めた頭で考えを巡らせ「もうちょっと……」と撫でられて身を
名残惜しいけれどそっと毛布ごと体を起こす。少しだけ気になったのでパーカーの裾をクイッと引っ張ると、にぃにの視線がそこに流れたのが見えた。
(見えて……ないよね。まぁにぃにだったら見られてもいいんだけど……)
見られることも、何だったら見せる事にも抵抗はない……でもにぃには私の期待通りの反応なんてしてくれないだろう。もしかしたら「パンツ見えてるぞー」くらい言ってくるかもしれない……いや、絶対言ってくるしそれはそれでちょっと悔しいと思うのは乙女心だろうか。
もちろん、その機会がいつ訪れてもいいように身に着けるものは意識して選んでいる。今日は水色でサイドレースのやつ……お気に入りの一枚だし見せても良かったかな? そういえばこれを買いに行ったときにお母さんが「女の子は恋をすると綺麗になるのよ」なんて言っていたっけ。もしかしたら私のこの身体はにぃにに見てもらうために女性らしくなったのかも……なんてね。
「さって、それじゃあお母さんのお手伝いをしてくるね。二度寝しちゃだめだよ?」
何食わぬ顔で部屋から出る前に声をかける。にぃにはふわっとした笑顔で「あぁ、おかげでだいぶすっきりしたよ、ありがとうな」って……ずるいなぁ、きっと何も意図していない台詞だってわかっている。わかっているけれども「私が傍に居ることを肯定してくれる」その言葉にどれだけ満たされている事か……。
部屋を出た私はパーカーの袖を摘まんだ両手をそっと口元へと持っていくと、すぅっと鼻で息をする。途端ににぃにの匂いで胸がいっぱいになる……。
うん、しっかりと匂いが残っている。にぃには私がお下がりのパーカーを着る理由なんて「楽だから」くらいに思っているのだろう。まさか、こうして移り香をさせることが目的だなんてバレたらどうしよう……妹が匂いフェチだなんて知ったらにぃにもひくよね……でも好きなんだもん、こればかりは我慢しにくい。
包み込まれるような感覚に頬が熱くなるのを感じながらも、夕御飯の手伝いをするために階下へと足を向けた。
――――
夕御飯はにぃにが大好きなチーズ乗せハンバーグだ。もちろん、にぃにの分は私が作った……すこし形が崩れてしまったけれど下拵えはお母さんがしたし、味に違いはない……でももっと美味しそうに作りたかったな……。
ちょっとへこんでいる私をお母さんは「次はもっと上手にできるわよ」って励ましてくれた。いっぱい練習しなきゃ!だってにぃにの大好物だもんねっ。
にぃにはそんな私の気持ちなんて微塵も気にしていないかのように「うまい、うまい」ってどんどん食べてくれる……一個じゃたりなかったかも、結構大きいのにしたんだけれど……だから崩れちゃったんだよね、ちょっと反省。
ご飯を食べ、片付けも終わってリビングで二人一緒に寛いでいると「美央、明日の登校なんだが……人が増えてもいいか?」と、にぃにが声をかけてきた。
一緒に登校するのは二人の暗黙の了解で明日からも一緒の時間に登校するのが当たり前だと思っていたし、にぃにもさも当然という態度で聞いてくれるのがいつものことながら嬉しい。
ほんとにもう、妹をこんなに惚れさせてどう責任を取ってくれるんだろう……。
「良いけど……もしかして、にぃにが助けたって人と一緒に行くの?」
「あぁ、一緒に行かないかって連絡が来ていてな……近所だし美央にも紹介しておきたい、どうだ?」
にぃにはいつだって私の事を考えてくれる。転校してきたばかりだし、近所に同性の知り合いが居たほうが良いはずだなんて考えてるんだろう。優しいなぁ、ほらまた好きになった……。ついつい我慢できずに笑みがこぼれるのは……仕方ないよね、うん、にぃにが悪い。
「ん、わかった。ちゃんと起きてよね?」
その人は間違いなくにぃにに好意を抱いている、今日の話で惚れていないはずがないから……彼氏でもいれば違うんだろうけれども。
なんにせよ、どんな人かチェックできるし好都合だ、変に色目なんて使って来たら許さないんだから……。
皆瀬さんって言ったっけ、皆瀬先輩でいいかな? にぃには階段で転びそうになったのを助けただけって言っていたけど断言できる「それだけで済むはずがない」と。
見た目を変えて人と距離を取るようになったにぃにだけれど、根本は昔と何も変わっていない、少しでも気にかけるようなことがあった相手にはものすごく甘いのだ。
お人好しで困っている人を放っておけない人。出かけると迷子の相手をしていたり、道に迷っていたおばあさんを目的地まで荷物を持って案内したり……そんな話はごろごろとしている。
当然、それは学校でも同じことで「荷物を運ぶのを助けてもらった」「放課後に委員会の仕事を手伝ってくれた」なんて当たり前のように聞こえてきた。いつだったか「何でそんなに手伝ったりするの?」と聞いたことがある。
にぃにはぽかんとした顔で「誰だって困った顔より笑顔の方が良いだろ? 手を貸すくらいたいしたことじゃないんだし、それに出来るのにやらないのはなんか違うだろ」と答えてくれたっけ。そんなにぃにだからこそ、あの騒ぎになってしまったんだけれど……それでも、なお変わらないにぃには本当に凄くて優しいのだ。
そんな魅力ににぃには無自覚だから
はぁ……にぃにには少し女心ってやつを勉強してもらわなきゃダメかもね。
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