第8話

 皆瀬を見送った後、コンビニでいつものあんぱんを買って帰る。

 新しい我が家は二階建ての一軒家だが、既に母さんの車が止まっているのでもう帰ってきているらしい。


「ただいまー」


 玄関を開けて声をかけるとすぐに置くから美央がぱたぱたと駆けてきた。


「にぃに、おかえりなさーい! 遅かったね、ご飯はどうしたの?」


「コンビニで買ってきた、ただいま美央」


 鞄とパンの入ったビニル袋を美央に渡して脱いだ靴を端に寄せた。

 

 俺より先に帰った時の美央はこうして玄関まで出迎えに来てくれる。そして鞄や手荷物を受け取ったり、上着を脱がせてくれたりとまるで新婚……やめておこう、美央の事は大好きだが俺達は兄と妹なんだ。


 連れ立ってリビングに入ると母さんがコーヒーを淹れていてくれた。玄関での会話が聞こえたんだろうか。


「ただいま、母さん」


「なつ君おかえり、コーヒー淹れたから早く食べちゃってね」


 母さんと話している間に美央がビニル袋からパンを取り出してくれる。


「にぃに、またこのあんぱんなんだ、ほんと好きだねぇ」


「餡子と生クリームが絶妙なんだよ、食べてみるか?」


「ん……お昼も食べちゃったしこれ以上は太っちゃうからなぁ……やめておくよ」


 そう言い、俺の鞄と椅子に掛けたブレザーを持って二階へ上がっていく美央だが、きっと俺の部屋へ置きに行ってくれたのだろう……本当に良い子だ。


 あんぱんを食べようとテーブルにつくと、前の席に自分の分のコーヒーを用意した母さんが腰掛ける。


「なつ君、高校のクラスはどうだった……?」


「んー、やっぱり外部だからか多少は注目されたけどまだそれほどでもないかな? 前の席が芹澤っていうやつなんだけど、こいつがすごいイケメンでさ……俺にも話しかけてくるんだが……まぁ、俺が目立ちたくないのもわかってくれているみたいだしとりあえずは大丈夫そうかな」


 俺の話を聞き安心したのか「そっか、良かったわね」と微笑みながらコーヒーを飲み始める、中学の件は母さんにも美央にもたくさんの迷惑と心配をかけたし、高校では繰り返さないように気を付けなくては……。


 そんなことを話していると二階からドンッドンッと足音を立てて美央が降りてきた。やけに不機嫌みたいだが何かあったのか……?


 不機嫌な足音のままリビングへ戻ってきた美央は俺の隣の椅子をガタっと引きずり出し、くっつけるように置いてそこに座る。それを見た母さんはそっと立ち上がりキッチンへと向かっていった……美央の分を用意しに行ったんだろうなと思っていると、隣の美央が身体をすり寄せてくる。


「……美央?」


 ちらりと顔を見やるとぷくーっと頬を膨らませた美央の横顔がすぐそこにある……怒ってる? 不貞腐れてる? さっきまでは普通だったのにな……。


「……にぃに、今日学校でなにかあった……?」


「学校で……? いや、イケメンに絡まれたくらいだが……」


「……嘘。ブレザーから女の匂いがしたもん、なんで?」


 えっ……いやいやいや、なんでわかるんだ!? 電車でのことを考えると移り香もわかるが朝の話だぞ!? 流石に3時間も前の匂いが……あっ、ベンチで隣だった時それなりに近かったわ……。


「あー……それは……だな、今朝駅でちょっと助けた子が同じクラスだったりしてな……」


 抱き締めたとか細かいところを省いて経緯を説明をする俺をじとーっとした横目で見ていた美央は、少しの間を置いた後ふぅっと息を吐く。


「……見た目を変えてもやっぱりにぃにはにぃになんだよね」


「当たり前だろ……何言ってんだ?」


「なんでもなーい、それにしても……はぁ、まさか近所でそんな出会いがあるとはね」


「だなぁ、でもまぁ学校では静かにさせてくれてって頼んでおいたし大丈夫だろ」


「ふぅん? ……にぃに、今度その人紹介してよ? 近所なら挨拶もしておきたいし」


「んー? あぁそうだな、どうせ通学路も同じだし一緒に行くか」


「やった! 約束だからねー」


 さっきまでの不機嫌が嘘かのように笑顔になった美央が俺の腕をぎゅうっと抱き締めてくると、歳不相応のたわわな膨らみがぐにゅりと形を変えるのがわかった。


 まぁこれくらいのスキンシップは俺たちにとっての日常に過ぎないのだが……。



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