第6話

「……明莉? どしたの?」


 孔美と呼ばれた子は言葉を詰まらせて動かなくなった彼女に気が付いて声をかけた。その声で俺は辛うじて立ち直り視線を逸らして足を進める。


「ぁっ……ううん、ちょっと息が切れちゃって……時間もないし鞄を置いてすぐ行こうか」


 パタパタっと駆ける足音を聞きながら、気持ち焦りながらもさも平然と体育館へと向かう。何とか距離を取れたと息をつく間もなく、俺のすぐ後ろまでまたもやパタパタっと足音が追い掛けてくる。


「明莉急ぎすぎだよー、間に合ったんだからもう走らなくてもいーじゃん」


「……ふふっ、そうね、やっと追いついたわ」


 そんな会話が聞こえてくる中……俺は背中に冷や汗をかいていた。殆どを密着したまま過ごしたとは言え、数度は確実に顔を見合わせている。今更人違いだといったところでごまかせるはずもない。が、だからといって面と向かってお礼なんて言われようなものなら俺のモブ生活はそこで大きく変わってしまうだろう……。


(どうする……知らぬ存ぜぬで通すか……先手を打って口止め……いや、こちらから声をかけるのはマズイ……)


 幸い、時間も押していた事もあり移動中に声をかけられることはなかったが、背中越しの視線をビシビシ感じていた……。



 


 落ち着いて考えることも出来ないまま、気が付くと入学式は終わりを迎えていた。


 担任の紹介などもあったようでクラスごとの列の前に先生方が立っている……のだが、ほとんど頭に入っていなかった。


 そのまま1組から順番に退場となり各々の教室へと戻っていく。後は各クラスごとにSHRを過ごして解散の流れのはず……終わった直後にさっさと帰るしか逃げ道はなさそうだな。






 クラスメートの自己紹介を終え、今は提出物の回収などが行われている。


 担任は戸渡 尚継(とわたり なおつぐ)先生といい、40代のナイスミドルだが自己紹介の8割が小学生の娘の事というまごうことなき親バカと言える人だった。


 そして今朝の女の子は皆瀬 明莉(みなせ あかり)一緒に来た子は渡來 孔美(わたらい くみ)というらしい……二人とも美少女であり幼馴染なんだとか。クラスの男子のテンションがヤバい……。


 周りの様子から、芹澤、水瀬、渡來は中学からのトップカーストグループっぽい……そんな奴らが一緒とは厄介なクラスになってしまったものだ、と周りに気付かれないように溜息を吐いた……。

  



 SHRを終えて解散となった所で周りの女子が一気に芹澤へと集まってきた。


「芹澤君、帰りどこか寄っていかない~?」

「お、いいね! じゃあ折角だしクラスの親睦でも深めようか。皆でどこか行こうよ」

「やった! ねぇねぇどこ行くー?」


 そんな会話を聞きながら何事もなかったかのように鞄を持って席を立つ。皆瀬は渡來と何か話しているようだし今がチャンスだ!


「人数にもよるけどまずは何か食べに行くか……って、夏希は行かないのか?」


 歩き出した俺に芹澤が声をかけてくるがあいにく構っている暇はない……声をかけられて注目が集まるが振り返ることなく右手をひらひらと振りながら教室を出て行く。


「なにあれ、折角芹澤君が誘ってくれたのに感じ悪ーい」


 よしよし、良い感じに嫌われキャラになれそうだ。この調子で居ればモブの立場も安泰だろうが当初の予定とはかなり違ってきたしなにより皆瀬のことがある、ひとまず帰ってから作戦でも練り直すか……。





 廊下に出てすぐ早足で昇降口まで急ぐ。流れ的にも大丈夫だと思うが、もたもたしていると皆瀬が追ってくるかもしれないからな……なんて自意識過剰だろうか、もしかしたらここまでの雰囲気で避けているのも伝わっているかも知れないしな。


 トップカーストの一人と話しているのなんて見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。同じ駅を使っている事は知られているのが気にかかるが時間をずらせば大丈夫だろう、念のため明日からはもう一本早く乗れるように家を出るかな。



 帰り道を歩きながらスマホを取り出す……美央からメッセージが入っていたので内容を確認しようと歩くのをやめて端による。



『お母さんとご飯食べて帰るよ、にぃにの分用意できていないんだ、ごめん。何か買って帰ろうか?』


 このまま帰っても昼飯が無いらしい。とは言えわざわざ買ってきてもらうのも悪いので「自分で買って帰る、気にするな」と返しておく。さて、何を買って帰るかな……。


「相馬君、待って!」


 返信をするために立ち止まったのが悪かったのか、不意に俺を呼び止める声が聞こえた……やれやれと顔を向けると、皆瀬がこちらに向かって掛けてきている……おい、なんで渡來までいるんだ……?


「……皆瀬さんに渡來さんだっけ。俺に何か用かな?」  


 まぁ用件なんてわかりきっているんだが。 


「相馬君すぐ帰っちゃうんだもんなー、美少女二人に追わせるなんてダメなんだよ?」


 微笑みながら渡來が声をかけてくるが……おかしい、目が笑ってないぞ!?


「孔美、そんな事言ったらダメでしょ……あのね、け、今朝の事で相馬君にちゃんとお礼を言いたくて……良かったら一緒に……その、か、帰りませんか……?」   


 少し俯きながらも俺の反応を窺ってくる皆瀬、あぁそんな表情を見せられたら落ちる男が続出だろうなと納得できるほどだ。目立ちたくはない……が、女の子を悲しませるのはそれ以上に嫌だなと思ってしまうのはどうしようもないんだろうか……。

 

「わかった……騒がしいのは嫌だったんだけどこのままってわけにもいかなさそうだね。とりあえずは駅まで行こうか」

「あ、ありがとう! そうだよね、先ずは電車に乗っちゃうのがいいかも……」


 駅前近くと言う事で周りには他の生徒がたくさんいる。その中には二人を知っているのかしきりにこちらを見ている人も……このままでは間違いなく噂になるだろうなぁ。


「……たいしたことじゃないし気にしなくても良かったんだけどね、そこが皆瀬さんらしい、のかな?」 

 

 少し声を大きめにして応えると途端に周りの人は納得したかのように視線を外していった。狙い通り「何かしらのお礼を伝えるために声をかけた」と思わせることが出来たようだ。 


 視線を戻すと俺の意図がわかったのか渡來はニヤリとしている……のだが、おい皆瀬、なんでそんなに真っ赤なんだよ!? 

  

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