第4話

 入ってきた電車はかなりの人数が乗り込んでいた。だが、これに乗らず次を待ったとしても結局は同じ状態、あるいはさらに酷いのは想像に容易く乗り込む以外に選択はない。


 内心やれやれと溜息を付きながら、階段からすぐの乗車口を避けて列に並んだ。駆け込みに巻き込まれるのも嫌だしな。


 既に数人が並んでいるが見た感じ何とか乗り込めそうだ……かなり窮屈な思いはしそうだが。そう思いながら徐々に歩みを進めていると突然横から声が掛かる。


「あの……私のせいですみません……この電車から乗車率が高くなるみたいで……」


 いきなりの事に少し驚き、ぱっと顔を向けるとそこには先ほどの女の子が申し訳なさそうに立っていた。えっ……なんで居るの……。


 慌ててしまったが無視をするのも悪い気がする……いや、陰キャなモブを目指すなら極力関わらないようにするのが一番なのはわかっているんだが、まだ学校ではないし他の生徒の姿も見えない、多少は話したって大丈夫だろう。


「あぁ……そうなんだ。でもあれは君のせいでもないし仕方ないさ、何とか乗れそうだしね」


 当たり障りがないように返しつつ一人、二人と乗り込んでいく様子を見ていざ自分もとなった時に愕然とする。

 

 あと乗るのは俺達二人だけだがあまりにスペースが空いていないのだ。ちらりと隣にいる女の子の顔を見やると、どこか悲しそうな表情をしているのがわかった。


 きっともう乗れないと諦めかけているのだろうが、かと言って俺だけ乗り込むのも違う気がするし、次に乗れるとも限らない。なによりこんな満員電車に女の子を一人放り込むのは俺の主義に反する……覚悟を決めた俺はその勢いのまま口を開いた。


「すみませーん、あと二人乗るので少しだけ奥へ詰めてもらえませんかー!」


 そう声をかけた後くるりと振り返り後ろ向きに電車内へと乗り込む。やはり人が多いのでぐぐっと抵抗はあるが声をかけたのが功を奏したのか何とかスペースは取れそうだ。


 おもむろに女の子へと視線をやるがぽかんとした表情を浮かべて立ち竦んでいた。


「これで乗れるでしょ、早く」


 声をかけるとぱっと笑顔を見せた彼女は、それでも少し遠慮がちに一歩を踏み出した……そのタイミングで発車のベルがホームへと鳴り響く。


 咄嗟に手を伸ばし、そのままぐいっと彼女を引き寄せ俺の前へと抱き寄せる……ドアに挟まれないようにぎゅっと肩を抱えたところでドアが閉まり電車は動き出した。ギリギリだったようだ、危なかったな。


 電車が動き出したからか車内は少し落ち着き、無理やりに押し込んだスペースが緩むのを感じた。とは言え身動きが取れる程でもなく揺れに合わせて後ろから押されるのも仕方ないだろう。


 両足を何とか開き傾ぐ身体を支え、一息ついたところで視線を下ろす……そこにはしっかりと抱きかかえられ俯く女の子がいる。ふと何だか甘い香りが鼻をくすぐる……これはやらかしたかもしれない。階段の時とは違い離れる余裕はない、下りるべき駅まではこちらのドアは開かないし一気に人が減ることもないかもしれない……つまり、ずっとこのままだと言う事だ。


 なんにせよもうどうすることも出来ない以上、少しでも気を紛らわさなければ色々とマズイし変に意識するのもされるのも得策ではないだろうな。などと考えを巡らせていると、


「あの……ありがとうございます、私なら大丈夫ですから……」


 と、女の子が囁くように話しかけてきた。この場合大丈夫だというのはどういう意味なのだろう……。


 支えられなくても立っていられると言う事か……それとも抱き締められたままでもいいと言う事か。だが、考えてみても抱えた手を緩めたところで離れるだけの余裕はないし、離した手をどこに持っていけというのか……あぁドアについて支えればいいのか。


 そっと手を離してドアにつける。ふぅ、片手とは言えこれで少しは支えることが出来そうだ。だが、ガタンガタンと揺れる車内で俺の手の支えを失った彼女は時折ふらふらとよろめいている、危なっかしいな……。


「あれだったら俺を掴んでいいからね」


 そっと伝えると、ビクッと体を震わせた彼女は遠慮がちに俺の制服を摘まんできた。


「遠慮しないでしっかり掴まって。確かこの先は少し揺れた覚えもあるし」


 前もって通学路の確認をしようと一度来たとき結構な揺れがあったのだ。この辺りが地元なのだろう彼女もそれを知っているのか制服を摘まんでいた手を離し、きゅっと俺の腰まで回してきた。


 相変わらず顔を伏せたままだが、一安心した俺は顔を上げ揺れに備えて改めて足の踏ん張りを強める……普通の登校になるはずがまさかこんなことになるなんて……今朝までの俺は想像すらしてなかったな、などと思いながら。



 そのまま目的の駅に着くまでの間、一言も交わすことなく電車に揺られていったが途中の駅で降りる人がいたりしても、彼女が俺の腰へ回した手を離すことはなかった。







 目的の駅に着いたところで彼女はようやく手を離しドアが開いた瞬間にタタッと降りて離れていく。まぁ見ず知らずの男と一緒だったんだし状況を考えれば当然だろう。


 続いて降りた俺はそんな彼女に視線を流しつつも、今日限りの事だし気にすることも無いかとそのまま改札へと足を向ける。高校まではここから徒歩で10分程度、時計を見てまだ時間に余裕がある事を確認し、改めて気合を入れなおした。


 最寄りの駅周辺と言う事はここからは同じ学校の生徒も格段に増えるだろうし、とにかく目立つことは避けなくては今後の高校生活に関わる。



 

 改札を抜けると案の定、同じ制服を着た学生たちが複数いた。今日は入学式だけのはずだし大半は俺と同級生になるんだろう……まぁ関係ないが。

 

 女子の制服は先ほどの女の子と同じだったので彼女も同じ高校なのは間違いは無いが1学年8クラスある高校だし、学校内で顔をあわせることはそうもありはしないだろう……そう少しだけ楽観的に捉えた俺は、そのまま学校へと歩みを進めていった……。

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