第3話

駅に着いた俺は時刻表を確認する、ギリギリだが何とか間に合ったようだ。


 早めの電車だがそれなりに人は多いらしく、何人もがホームへと続く階段を下りて行ってるのが見えた。


 満員電車にはならないだろうが座ることは難しそうだ……、まぁ10分程度だしわざわざ座りたいとも思わないけれども。




 階段を下りてあと数段でホームだと言うところで突然背後から「きゃっ」と小さな悲鳴が聞こえた。瞬間、振り返る俺とその横を勢いよく駆け下りていくサラリーマン風の男性、そして俺の少し上でバランスを崩した制服姿の女の子が目に入った。


 咄嗟に振り返り手に持っていた鞄を捨て、「グッ」と脚に力を入れて踏ん張る。


 階段を踏み外してしまったのかその女の子はそのまま倒れ込んできたので、俺は全身でしっかりと抱き留めた。万が一俺もバランスを崩した場合、数段とは言え階段を落ちることになりかねないからだ。


 正面から抱き合う形になってしまったがそのまま左手で女の子の頭を抱え、右手を腰に回す。後はこのまま踏ん張る事さえできれば……っ!




 幸い、思っていたほどの衝撃は来ず俺はその場に留まることが出来た。手放してしまったのであろう、彼女が持っていた鞄はそのままホームへと落ちてしまったが……。


 やれやれ、と息を吐きつつ抱え込んでいる女の子の様子を窺う。階段から落ちかけた恐怖からか小刻みに震えているのが伝わってきた。

 

 声をかけるか迷ったその時、ホームから発車のベルが鳴りドアが閉まる音が聞こえた……あぁ、乗り過ごした……。




 

「……大丈夫? 危なかったね、怪我はないかな?」

 

 時間にしてどれくらいだろうか、数十秒なのかもしれないし、数分なのかもしれない。俺の胸に顔を埋めたままの女の子に声をかける。そう、抱きしめたままなのだ。


 だって、仕方ないだろう? 俺が階段の下に居て女の子が寄りかかっている状態なんだから。だが如何せん体勢が悪い。咄嗟に受け止めたので時間がたつとそれなりの負荷がかかってくるのだ。何とか離れてもらわなければ……。


 声をかけられて少し落ち着いたのか、女の子はゆっくりと顔を上げてくれた。頬を薄っすらと紅く染め少し潤んだ瞳で上目遣いにこちらの顔を覗いてくる。

 

 目が合った瞬間、俺は心臓がギュッと締め付けられるような感覚を覚えた……似ている。


 瓜二つというわけではないが目元などにどことなく面影があるのだ……初恋のあの子に。


 そのまま目が離せなくなりお互いに見つめ合う中、少し落ち着いて自分の状況がわかってきたのか女の子の目が大きく見開かれ、あっという間に顔を赤く染め上げていく。


「ぁ……ぅ……」


 口をぱくぱくとさせ、言葉も発せない様子を見て本格的にヤバいと察し頭と腰を抱える手をどけようとした時、ようやく思っていた以上に力が入ってしまっている事に気が付いた俺はぎこちなくも笑顔を作る。


「あぁ、ごめん……。 自分で立てるかな?」


 こくりと小さく頷く様を見てゆっくりと手を離し、それに合わるように離れた女の子は俯いたままその場に佇んでいる……非常に気まずい……。



 ふと、ホームに転がっているであろう二つの鞄を思い出し、しっかりと立てている女の子を確認して階段を下り始める。


「ぁ……」


 後ろから漏れるような声が聞こえたが今は気にしている場合じゃないだろうな、早いところホームへ進まなければ次の電車が来てしまうし、階段の途中で立ち竦むなんて他の人の迷惑でありなによりも目立ちすぎる。


 足元に転がる二つの鞄を拾い振り返るが、女の子は依然として同じ場所で佇んでいた。まだショックから抜け出せていないようだがこのままにしておくわけにもいかない。


「……もしかして足でも痛めたのかな? そろそろ次の電車が来ると思うんだけど」


 立ててはいるが歩こうとしたときに痛みでもしたのだろうか、少し心配に思い声をかけてみるが、


「い、いえ、大丈夫です……その……ごめんなさい……」


 女の子はそう辛うじて聞こえる程度の声で呟くとぱたぱたっと階段を下りてきたので、拾い上げた鞄を差し出し「なら良かった。じゃあ気を付けてね」とこの場を離れる意思を伝える。


 丁度鞄を受け取ってもらったタイミングでアナウンスが入り丁度電車が来るようだし、いきなりのハプニングに以上絡むつもりもない。




 微妙に強張っていた肩の力を抜き、女の子から入ってきた電車へと視線を移したのだが、それを見て俺は思わず声を漏らしてしまった……。



「満員じゃねぇか……」

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