第2話
苦々しい表情で鏡を見やり、ふぅとため息を吐く。
もう今更だし過ぎたことだ。高校では目立たないように気を付ければ問題はない。
遠い地の高校を受けた俺は無事に合格し、同級生の誰にも告げることなく逃げるように地元を後にした。
一人暮らしでも構わなかったが、母親と妹の猛烈な反対にあい、家族揃っての引っ越しだ。妹は今年中学3年生でこれから受験もあったというのに申し訳ない事をした。
友達もいただろうしせめてこれからは勉強でも見てやったり遊ぶ時間を作ってやったりしてあげたいと思う。そんなことを謝りつつ伝えたんが……。
「にぃにと一緒に居られる事が私にとって一番なんだよ? 友達らしい友達もいなかったしね」
と笑いながら言われてしまった。
友達がいなかったなんて嘘だと思っている。妹……相馬 美央(そうま みお)は身内の贔屓目に見なくても美少女だ。
母親に似たさらさらと柔らかそうな栗色の髪に肌理細やかな白い肌、大きな瞳にぷるんとした果実のような唇。年齢の割には背丈もあるしさらにグラビアアイドル顔負けのプロポーション、本当に中学生かよって思うほどに大人っぽい彼女は、そこいらのアイドルより断然可愛い。
柔和な雰囲気でありながらも明るく活発な性格でクラスどころか学年、いや学校でもトップクラスの人気だったであろう。
美央は俺の通う高校の付属中等部へと編入した。同じ敷地内にある中学と高校、さらに少し離れたところにある大学までの一貫教育で当然ながらレベルも高い。
お互いの進級、進学のためにも頑張らなければいけないかもしれないな……。
俺がこの高校を選んだ理由は二つ。
一つはエスカレーター式で上がる場合には授業料などが一部免除される事。片親の俺達にとってはこれがかなり大きい。
俺と美央の母親である相馬 遥(そうま はるか)、父親はいないのは俺が小学生の時に事故で亡くなったからだ。それ以来女手一つで俺たち二人を養ってくれている。
高校進学の相談をしたときも何も言わずに応援してくれたし、受験勉強に励んでいた時も夜食をしっかり用意してくれた。
これからは絶対に親孝行をするんだと秘かに決めているのは内緒だ。きっと「親なんだから当たり前でしょ」って言われるに決まっているからな。
もう一つが中学からのコミュニティがそのまま高校に上がってきている事。全てとは言わないがある程度知れたクラスメートが揃っている中で既にグループが出来上がっているだろうし、外部からの入学者が最初に気を付ければ俺の目的でもある「モブ」になり易いだろうと考えた為だ。
普通ならここでグループの仲間入りをするべく動くのだろうが、俺はそんなのまっぴらごめんだ。
「にぃに、早くご飯食べないと学校に遅れちゃうよ~? あ、私は編入の手続きだけだから、あとでお母さんと一緒に行くからね」
なかなか洗面所から動かない俺にしびれを切らしたのか美央が声をかけてきた。もうそんなに時間が過ぎていたのかと慌ててリビングへと移動する。
「なつ君おはよう、今日から高校生ね」
そんな俺を見て母さんから声が掛かったので「おはよう」と返しながらテーブルにつき、既に用意されていた朝食に手を付ける。ん?いつもと味噌汁の味が違う気がする……。
「……わかった? 今朝のお味噌汁は美央ちゃんが作ったのよ、ふふふっ」
ちょっとした戸惑いを察知したのか、そう告げられる。目元も隠してるのになんでわかるんだよ、母さん……。
「例え目元が見えなくてもちゃんとわかるのよ? なつ君の母親ですからね」
だからっ、なんでわかるんだよっ!?
「ほらほら、それよりも言うことがあるんじゃないの~?」
母さんに促されふと目をやると、俺の前の席に座り先に食事についていた美央が頬を染めつつ目をくるくるとさせながら落ち着かない様相を見せていた。
「……美味しいよ、美央ありがとうな」
そう告げるとぱっと顔を上げ華が咲き誇るような笑顔を見せてくれる美央……うん、うちの妹は可愛いなぁ。
そんな二人を微笑ましく見ていた母さんだが、ふと時計に目をやって
「なつ君、急がないと電車に間に合わなくなっちゃうわよ。混むのが嫌だから早く行くんじゃなかったの?」
家から高校までの道のりは電車を使って30~40分程だが、ギリギリの時間だと当然ラッシュに巻き込まれて満員電車に乗る羽目になる。わざわざその様な目にはあいたくないので
早い時刻の電車を使うことにしていた。
「わかってるよ、でも美央の味噌汁くらいゆっくり味わったっていいだろ」
多少出るのが遅れても駅まで急げば問題はない。徒歩10分くらいの距離だしな。
「相変わらず妹には甘いお兄ちゃんよね、急ぐのはいいけれど忘れ物はしないようにね?」
「わかってるって、まぁ今日は始業式だけだし特に持っていくものもないんだけどね」
流石に手ぶらではないが、精々が筆記用具と提出する書類位なものだし既にそれらは鞄に入れてある。今一度頭の中で持っていく物の確認をしつつ、もう一度味噌汁に口を付ける。
あぁ……うまいなぁ……。
……結局、駅まで走っていく事にした。
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