第3話

「魔法使いのなりかたってのがわからん」

 奥村は図書館をでて家に帰ると、すぐにネットで魔法使いのなり方について調べてみたが寄せ集めの知恵袋で奥村の満足いく答えを得られるわけもなく、せっかくの決心は一時間ももたず、奥村はキーボードから手を放して、すっかりさじを投げていた。

「マジシャンとは、違うんだよな」

 奥村のなかにいる魔法使いは表面上の驚きを与えるだけの人のことではない。周囲の人間から畏怖されながらも尊敬もされる存在であるはずだった。

「なりたいと思って実現できる夢なら、諦めることもなかったか」

 奥村の頭のなかに魔法使いのなり方という検索ワードでヒットする項目はなかった、となれば、だれかの知恵を借りるしかない。

「それで、またわたしのところに来たと」

 三度目の来訪ともなると司書の冷たい対応にも愛らしい容姿にも奥村にとっては慣れたものだ。「ここは歴史ある図書館なんだろう、魔法使いになった人の歴史のひとつやふたつ、当然用意されているだろう」などと、我が物顔で歴史ある図書館を見渡す。

「知らないわよ、魔法使いになった人の歴史なんて。あるかもしれないけど、たぶんないわね」

 てっきりすぐにでも関連書籍をだしてくれると期待していた奥村は、当てが外れたことに失望を隠そうとしない。「歴史ある図書館のくせに、魔法使いになったひとの歴史もないのか」これだけの本があるのにと、奥村は手を広げてちっぽけな自分を誇示した。

「あるかもしれないけど、わたしは見たことがないし、わたしの記憶にはない」

 奥村の過去が書かれた日記を瞬時に手渡してくれる司書が、探すそぶりを見せることもなく過去に魔法使いになった人どころか、魔法使いになろうとした人の歴史書は記憶にないというのであれば、奥村も図書館に保管されている膨大な書籍の中身をしらみつぶしに探してみる気は失せた。「膨大な歴史のなかにも、答えはないのか」

「答えなんてはじめからないわ」勘違いもはなはだしいと司書は強い口調で奥村に自分の考えをぶつける。

「ここは歴史ある図書館、歴史に書かれていることは事実だけよ。歴史はなにも教えてくれないし、歴史には答えも書かれていない」

 学校でなにを習ってきたのだとバカにされた奥村は、かわいい女の子に見下されて腹がたつどころか、司書の言っていることが正しく聞こえてしまい、社会人として恥ずかしい気持ちになって身を縮こまらせた。かといって、大人として覚悟をきめたからには逃げ帰ったところで魔法使いになれるわけでもない。

 さてどうしたものだろうか。行き詰った奥村のすがれるものといえば、結局目の前にいる司書しかいなかった。

 奥村は考えた末に「じゃあ、最初に貸してくれようとした本を持ってきてくれないか」と司書を頼ることにした。

 奥村は図書館に最初に踏み入れた時に司書が貸し出そうとしてくれた本のことを思い出していた。司書が貸そうとしてくれたのだから、意味のない本ではないはずだと予想した。

 司書は「これのこと?」と迷わずに持ってきた。奥村の記憶はうろ覚えだが、司書が持ってきてくれているのだからきっと間違いないと奥村は司書から本を受け取った。

「そう、これだ」相変わらず手に取っただけで威圧感を与えてくれる分厚さだ。

「読み終える前に一生を終えてしまうんじゃなくて?」

 奥村は本の重みに耐えきれず両手で本を持った。

「確かに、昔のおれならそう言っていた」奥村は成長したわけではない、絵日記を読むことはできても偉人の歴史を読み切るには時間が必要だろう。

「自分の歴史と向き合うことができたんだ。他人の歴史なんて難しいわけがない」

 奥村は借りたばかりの本をもって近くにある椅子に腰かけた。昼間なら勉強する学生や行くあてのない大人がたむろしている場所だって、いまだけ奥村の専用スペースだ。

「ここで読むの?」

「もちろんだ、家に帰ってしまったら、おれはまた懲りずに誘惑に負けるかもしれないからな」

 ダメな男といわれたところで、自覚のある奥村には響くことはない。

  奥村が本をひらいてみると嫌がらせのようなフォントの小ささに読書をしたい気持ちはぽっきりとおれてしまいそうになるが、諦めないと決めたんだろうと自分を奮い立たせて読書と向き合う。まるで催眠術にかけられたように文字列は奥村の意識を奪おうとしてくる。だめだ、読書にすら立ち向かえないのに魔法使いになれるというのか。

「諦めたら?」司書が横から口をはさむ。「無理して叶えられる夢は身分不相応なのよ、もっと楽して叶えられる夢を目指したほうがいいと思うわ」

「なんの、まだまだ」奥村は無理などしていないと自分に刷り込むように心の中で唱えつつ根気強く本を読み進めた。物語ですらない伝承は淡々と事実を奥村に告げる。

 そう、歴史には事実しか書かれていない。自分を奮い立たせることも、ピンチのときに助けてくれることも、自分のことを窮地に追い詰めてしまうことすら、自分にしかできないことであった。

「なんだ、そうだったのか」奥村は歴史書を読み進めながらつぶやいた。「どうせこの世は、思い通りにしかならないのか」奥村は奥村なりの都合のいい見解にたどりついた。歴史から学ぶことはひとそれぞれであるだろうが、奥村が見つけた出した見解は、とても普通なことであった。

「あなたが正しいだなんて、だれも思ってないわ」司書は水を差すようなことをいう。

「かわいいやつめ」

 奥村による不意打ちのひとことで、司書は顔を赤らめてそっぽを向いた。「バカじゃないの」

 ああ。知っているさ。奥村は自分がバカであることを知っている。「だからこそ、できることもあるかもしれないな」

 おれは夢を諦めるつもりもなければ、いまの生活を犠牲にすることもしない。「我儘に生きてみる、歴史の人たちがかつてそうであったように」

 奥村は「返す」と司書に本を突き付けるように渡した。

「どこいくの」

「前例のない歴史を刻みに」

 奥村は歴史ある図書館を飛び出した。

 もう、振り返ることもないだろう。

 奥村は頑張るつもりもないし、本気をだすつもりもない。だけど、せめて自分の思い通りにくらいはやってみたっていいじゃないか。おれは強くなりたいから体を鍛える。人気者になりたいから仕事で成果をあげてやる。

 奥村は自分の思い通りに人生を謳歌した。

 奥村の人生はこれまでとは一変した。

 それはまるで、魔法をかけられたように。

「まだまだ、足りない」

 奥村の考える魔法使いはひとりでなれるものではない。いつか周囲の人間に、世界に影響を与えられるようになるそのときまで、奥村は挑むしかない。

「おれは、魔法使いになりたい」

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魔法使いになりたい サボテンマン @sabotenman

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