第1話!

 あぜんとして言葉も無いとはこういうこと。後ろを向いても横を見てもあたしたちしかいない。

 放り出した自転車。あたしたちは揃って、お尻の下にぬるいアスファルトを感じている。

 見たところ、中学生に上がったくらいだろうか。

 ちっちゃいときに、テレビの前にかじりついて見たアニメの女の子みたい。

 でも、着ている服はぜんぜん安っぽくなくて、あのころ親にねだって買ってもらった変身セットみたいな、偏光するペラペラの布なんかじゃない。

 素材はどっちかっていうと、あたしたちの着ている制服に近い。

 それってつまり、ある意味で『ちゃんとした』カッコウだってことだ。


 へたりこむあたしたちに指をつきつけた『魔法少女』は、「しゃっきーん! 」と言って、腕を斜めに伸ばした。


「魔法少女とはっ! 異世界からの侵略者に対抗するため、我が王が選別した『戦士の魂持つもの』のことであるっ! 」


 どぉおおおん!

 その後ろで、もくもくと黒い煙が上がっていく。


「ひゃあっ! 」

「――――魔法少女となるにはっ! 」


 ――――ぎゅお~ん!

 怪物が体をよじるように羽ばたく。

 風を背に受けながら、彼女は拳を掲げた。


雇用こよう、三か条ッ! 」

 握っているのは……ライブで振るライト?

 いいや、違う……ボールペンだ。おしりのところに青い薔薇の装飾がついていて、それがピカピカ光っている。


「ひとつ! 戦士の魂もつもの! ふたつ! 魔王印のこの『ツワモノ・ソウル・センサー』で感知あんどキャーッチ! スカウトマン出陣! すかさず差し出すのがこれ! はい!これ雇用契約書です! 」


 A4クリアファイルに挟まれた数枚の紙が、あたしたちの前に差し出される。

 一番上に挟まれているのはどう見ても広告で、ゴシック体と明朝体を駆使した言葉が躍っていた。


『時給三千円昇給アリ! 歩合制ぶあいせいでスキマ時間にお手軽てがる勤務! もしもの時の福利厚生ふくりこうせい完全完備かんぜんかんび! 一日二時間からでオッケー! あなたの持つスキルを活かした自由な社風です! 』


 求人によくあるやつだ……。


「あの、これって……」

 あたしは、受け取るのもなんか怖くて、触らないようにしながらファイルを指差した。

 言葉が出てこないあたしの代わりに、横からもっちんが言う。

「深夜アニメみたいですね。正気ですか? 」


 ……もっちんは、(どういう意味ですか?)って聞きたかったんだと思うんだけど。(ちょっと天然なんだこの子)


「時給三千円昇給アリ! 歩合制でスキマじ」

「読み上げなくていいからぁ! 」


 そのとき、黒煙の中からソフトボール大の瓦礫が飛んでくるのが見えた。

「あ、危ない! 」

 もっちんが叫ぶ。あたしはとっさに飛び出して、彼女を押しやるようにして前に出て――――アッ!


 ごつん!

 あたしは、ふらふらぁ~と真っ黒で冷たいアスファルトに沈みこんでいく。

 ああ……しまった――――。



 ★☆★



「なぜ戦う」

 男は低く問うた。焚火を半身に受け、草木染の頭巾は闇に紛れる色をしている。男の顔も半分が夕闇に沈み、明るい瞳は額の陰に隠れていた。

 戦士は目深にかぶった兜の下、椀にそそいだ薄い湯割りの酒を啜り、考えあぐねて唸り声を上げる。

 髭に滴る薄甘い汁を舐め、酒で喉が温まっていくのを感じながら、ようやく戦士は口を開いた。


「なぜ……難しいな。これといって特にない。しょせん戦働きしかできぬ男よ」

「ここまできて誤魔化すのかい? あんたは傭兵とするには冴えた腕だ。どこぞの王の配下だったのだろう」

「……否定はせん」

 戦士はうつむく。同じように、その顔にも半分の影が差していた。

 男は、可笑しそうに手を叩いた。

「何をした? いや、あててみよう。頭領の女にでも手を出したか? 」

「人を勝手に罪人と決めつけるな」

「なんだ、違うのか。……うーん、じゃあ、俺の話をするとしよう」

 おもむろに男の顔が天を見上げ、一点を指差した。指が星々をなぞり、白い息を吐きだして言う。

「俺は、『運命』を探しているんだ。気ままな一人旅さ」

「……運命? 」

 戦士は聞き返す。


「そうさぁ! おいらにゃ家族も親も無い。いずれヴァルハラに招かれる戦士になるがため、武者修行の途中ってわけさぁ」

 ふいに、炎が下から男の晴れやかな顔を照らした。

 子供みたいに無邪気な笑い顔。機嫌の良い猫のように細くなった、笑い皺が浮かぶ目尻が垂れた目元。笑って見える、尖った八重歯。若くも無ければ、もう幼くもない。

 それでもそいつは、夢に笑っていた。

 そのときの薪が焼ける匂いすら、まざまざと思い出す。


 ――――



 ★☆★



「う、ぅうん……」

 頭の奥にある軸ばねじれたみたいに、寝ているのにクラクラしている。

 硬いアスファルトは、あたしの体温が移ってすこしぬるい。太陽はもう上のほうにあって、夏の名残りが残る熱い光線を、斜めから浴びせてくる。

(ああ……日焼けしちゃう)


 あの大きな鳥みたいな怪物が、右目の端のあたりで体をくねらせていた。まばゆい青空の色のせいか、ずいぶん遠くに見えた。

 そのとき……。

 あたしは地面を体で感じていたから、わかる。

 すぐそばで、アスファルトを蹴り上げる音があった。

 影が、跳躍する。

 どこかで見たことがあるような後ろ姿。

 めちゃくちゃ見たことがある気がする外套のシルエット。

 青黒い夏の影を背負い、太陽の方角へ。放たれた矢のごとくが跳んだ。

 世界がきらきらしている。

 細かな天気雨が降っている。

 雨粒がきらきら。

 あたしの頬も濡れる。


「……テュー、ル――――」


 手を伸ばす。


(ネイル……したのに……つめ、折れちゃ、た、なァ……―――――)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る