第1話!


「……まァた変な夢」

 ねぼけていた自分をちょっと恥ずかしく思って、伸ばしていた腕を引き寄せる。

 ちょっと心配だったけど、寝る前に塗ったネイルはよれてない。

 うん、ばっちりツヤツヤ。

 今日から新学期。テンションを上げるためには一日くらい、夏休み気分を引きずったっていいだろうと、貝殻みたいなピンク色と、淡く入ったクリアブルーの爪を見て笑う。

 どうせお昼には帰るんだし、優等生モードは明日から。夏休み明けの憂鬱を吹っ飛ばす小さなおまじないだ。


 あたしの名前は千子せんご七緒。


「ななち~ん! 」

 そう呼ばれてる。おもに親友に。


 後ろから近付いてきたグリーンの自転車が、あたしの赤い自転車と並走する。

 風になびく彼女のボブカット。長めの前髪は風でめくれ、泣きボクロと笑い皺がある垂れ目を見せている。

 色白の肌には、ピーチピンクにかすかに染まるチーク。

 考えることは同じみたいだ。


「ももちん! おはよ! 」

「おっはよぉ、ななちん」

 狩谷かりや 百果ももかは、早朝の青い光を受けて、にっこりとした。



 あたし、ななちんこと七緒ななおともっちんこと百果ももかは、この春入学したばかりの高校で出会った。

 春にこちらへ越してきたばかりで、知り合いゼロ・土地勘ゼロのあたしと、生まれも育ちもこの街の百果。

 きっかけは憶えてない。

 なんとなく話したら、なんだかうまがあった。

 どっちかっていうとお互いに人見知りのくせに、会話を重ねるたびにビックリするくらい楽しくて。

 あっというまに、まるで生まれたときから一緒にいたみたいに気が合って、桜が散る前には気が付けばあだ名で呼び合う仲になった。

 お互い帰宅部。通学路が被っているので、必然的に登下校もいっしょ。

 互いの家にも、もう数え切れないほど行き来する。半年ほどの付き合いにして、もはや家族公認の親友って言ってもいいだろう。


「昨日ぶりなのに、なんか久しぶりってかんじ! 」

「わかる。制服着て会うの、一か月ぶりだもんねぇ」

「登校日は、ななちん帰省してたもんねぇ。寂しかったよう」

「ん~? もっちんは昨日の耐久八時間カラオケじゃ足りなかったのかな? 」

「こんどお泊り会しようよ~。んで、ウチから学校ガッコ行こ? 」

「超アリ! いつにする? 」

「話が早くて助かるぅ~! んふふ」

「めっちゃ楽しみ~ 」

「なっちん、七夕でできた彼氏とはどーなの? 」

「それ昨日も話したじゃん! 」

「今のホットな話題ってやつだもん」

「寝る前におやすみって電話したかな! 最新ニュースはそれだけ! 」

「やぁん、何その甘酸っぱいの! いいなァ~! 」


 他愛もない会話。いつもの通学路。ゆるくて心地いい、ちょっとだけウキウキの新学期。


 ――――だった、のに。



 フィクションに浸った現代って怖いよね。

 だってあたしたち、最初はスマホが変な動画でも流してるのかって思っちゃった。

 爆発音は唐突に、夏の終わりの住宅街を非日常に変える。びっくりしたあたしたちは、そろってポケットの中のスマホを取り出していた。

 ポカンとしたあたしたちの視線の先には、十字路の交差点。いつものコンビニ。いつものクリーニング屋。いつもじゃない出来事。

 車がオモチャみたいにひっくり返ったそこに、恐竜みたいな大きな翼の黒い鳥が、長細いクチバシの先で逃げまどう人を突きまわそうと狙っている。

「ひぃっ」

「な、なにあれ……! 」



 ――――そんなとき、その子は住宅の塀の上から、猫みたいにあたしたちの前に飛び降りた。


「か―――――――んち! 感知ワン! 戦士の魂を感知したワン! 」



 魔女みたいなとんがり帽子と、風船みたいに膨らんだピンクのスカート、胸元をデコる大きなリボンとキラキラした装飾。青緑の瞳と、ぴょこんと跳ねた金髪のツインテール。


「我らがボス様、魔王様のメイにより、コウメは貴様らを、『魔法少女』にスカウトするのです! ……ワン! 」


 レースの手袋に包まれた右手が、通行人あたしたちに向かって突きつけられている。

 見慣れた住宅街に、あきらかな異物が躍り出た。

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