第14話少女の夢と漆黒の野望⑥

 奥から聞こえてくる、ビチャビチャという不気味な音にガーリンは恐怖した。まるで獣が捕らえた獲物にかぶりつき、味わいながら食しているかのような音が、地下のひらけたスペースに響き渡る。

 大型の猛禽類が羽ばたくような大きな羽音が近づいてくる。

 2人の前に現れたのは、人の顔をした大きなコウモリだった。大きく鋭いかぎ爪には、人間の子供の頭がぶら下がっていた。

「わあぁぁぁぁぁぁっ」

 ガーリンが腰を抜かして倒れる。

「オレ、ショクジチュウ……コドモ、ノウミソ、ウマイ」

「ああ、悪魔! 魂を食われるうぅ!」

 ガーリンが頭を抱えてブルブル震えだした。

「ああ、確かに悪魔だ。でもこいつらが喰らうのは、魂じゃねぇ。人間の血肉さ」

 クルーガーがイライラした様子でつぶやいた。

 マリアンヌ聖教の聖書には悪魔に関する詳しい記述が存在しない。魔族の中では最下級の種族であり、人間の魂を吸い取るという知識が、ユーシー王国国民の一般常識であった。本物の悪魔を知っているのは、9年前の対魔族戦争において悪魔と交戦し、わずかに生き延びたものだけである。

 クルーガーが両手にナイフを構えた。

「オレタチ、イッパイ……ニンゲン、ヒトリ。スゴク、ヨワイ。ニンゲン、タベル。ノウミソ、タベルゥゥゥ」

 悪魔が甲高い声で叫ぶと、暗闇の奥から真黒い大群が押し寄せてきた。

 悪魔の群れが一斉にクルーガーを囲む。

「ファースト・ブレイクッ!」 

 クルーガーの一声で衝撃波が発生し、黒い大群が一瞬で吹き飛ばされた。

 悪魔たちが壁に叩きつけられ、黒い煙となって消滅する。

「ニンゲン、コロス……ニンゲン、タベルゥゥゥ」

 悪魔の叫びと共に、再び大量の羽音が接近してくる。

 クルーガーが暗闇に向かって走り出す。

 白く輝く2本のナイフが、暗闇を切り裂いていく。

 悪魔たちはクルーガーに触れることすらできず、次々とナイフの餌食となった。

「イ……イタイ……タスケテ」

 最後の1匹となった悪魔が、黒い血を流しながら命乞いをする。

「お前が食った子供は、痛いと叫ばなかったか? 助けてと泣かなかったか?」

 クルーガーがナイフを振り、羽を切り落とされた悪魔がその場に落下する。

「ロウリーサマ、コドモ……タベテイイ、イッタ。コドモ、ヤクタタナイ……タベテイイ……」

「そろそろ黙れよ」

 ダガーナイフが悪魔の脳天に突き立てられる。やがて悪魔は黒い煙となって、跡形も無く消滅した。

「あ、あのお……」

 後ろの隅でうずくまっていたガーリンがゆっくりと立ち上がる。

「おうデブリン、大丈夫だったか?」

「僕は、隠れていただけなので。それよりもクルーガーさんこそ大丈夫でしたか? あれだけの悪魔を相手にして……」

 ガーリンが近寄って、心配そうにクルーガーの体を上から下まで確認する。

 彼が傷一つ負っていないことに、ガーリンは驚いた。

「まあ、ちょっとした隠し技みたいなもんさ」

「さっき、悪魔が口にしたロウリー様というのは一体……」

「おそらく、領主のブルースだろうな。うまく化けちゃいるがヤツの正体は魔族だ」

 驚愕の事実を前にガーリンは閉口してしまう。

「俺は、聖教騎士団の依頼を受けてこの島に調査にやってきた。領主のブルースに化けた魔族が、禁止された魔石の採掘を行ってる。奴隷を使ってな」

「じゃ、じゃあさっきの悪魔は……」

「ブルースいや、ロウリーって魔族の手下ってわけさ」

「そんな……領主様が魔族とすりかっわてたなんて……」

 ガーリンの受けたショックは相当なものだった。

 自分の仕えていた主が、いつの間にか人間の敵である魔族とすり替わり、違法な魔石採掘を行っていたのだ。

 薄暗闇の通路を歩いていくと、壁の両側に4つの部屋を発見した。

 重たそうな鉄の扉は開いたままになっており、中から漂ってきた異臭に2人は思わず花をおさえた。

 クルーガーが部屋の中へ慎重に足を踏み入れる。動くものの気配は感じられない。ただ、魚の腐ったような強烈な臭いで吐き気をもよおす。クルーガーのあとに続いてガーリンも鼻を押さえながら、中へ入る。2人がゆっくり歩き、部屋の奥を確認する。そこには、幾重にも積み重なった子供の死骸が置かれていた。悪魔たちに食い散らかされ、体の様々な個所が破損していた。

「チッ、くそったれが」

 クルーガーが顔に怒りをにじませて舌打ちした。

 ガーリンは涙を流しながらその場にうずくまり、残酷なありさまに我慢できず嘔吐した。

 クルーガーが「大丈夫か?」と尋ねながら彼の背中を優しくさする。

「ひ、ひどい……ひどすぎる」

「立てるか?」

「はい」

 立ち上がったガーリンに通路で待っているように伝え、クルーガーは残りの部屋の確認を行う。

 2つ目、3つ目の部屋にも子供たちの無残な死骸で小山が築かれていた。

 クルーガーの脳裏にパトラとブーケの顔が浮かんだ。聖海騎士団の詰め所で対面した2人は、あきらかに洗脳されて正気を失っていた。しかし、マイたちから聞かされた兄妹の話は、2人とも仲が良く、別荘のプールで楽しそうにはしゃぐ、かわいい子たちだった。そんなあどけない、幼い兄妹が悪魔の餌食になったと想像するだけで、クルーガーはその怒りをすぐにでも、ロウリーにぶつけにいきたくてたまらなくなった。

 クルーガーがすでにあきらめて、4つ目の部屋に入って奥へ進む。

 やはり他の部屋と同様に体のあちこちを食いちぎられた子供の死骸が重ねられていた。

 クルーガーが肩を落として戻りかけたその時、死体の山の一部がかすかに動いた。

「おいっ、誰かいるのか?」

 呼びかけに返事はなく、動きは見られない。

「助けに来たぞ。俺はクルーガー、味方だ」

 積み重なる死体の下が動き出す。

 中から2人の子供がはい出てきた。

「お前、パトラじゃねーか! ブーケも無事だったんだな!」

 クルーガーの喜びの声を聞き、ガーリンも部屋の中に入ってきた。

「生存者がいたんですね!」

「ああ、知り合いの神学校の生徒たちが保護してた子だ。覆面の聖海騎士団から襲撃を受けた後、それを知らずに詰め所へ引き渡しちまった」

「聖海騎士団が襲撃? そんな……」

「領主が魔族とすり替わったことを知らずに、うまいこと言いくるめられて魔石の採掘に加担してる連中さ」

「そんなことが起こっていたなんて……知りませんでした」

 ガーリンが落胆する。

「タスケレ……オトウサン、オカアサン、タスケレ」

 兄妹がクルーガーの服にしがみつき、必死に訴える。

「お前たちの父ちゃんと母ちゃんは、どこだ? 採掘場か? わかるか?」

「ココ、マッスグ」

 2人がクルーガーの服の裾を引っ張って部屋の外へ連れ出し、薄暗い地下道の奥を指さした。

 クルーガーが2人を見つめてうなずく。

「デブリン、すまねぇがパトラとブーケを頼めるか? 隙を見て城の外へ連れ出してほしい」

「それは構いませんが……クルーガーさんは? まさか1人で助けに行くつもりですか? 相手は魔族なんでしょ? どんな敵が待ち構えているかもわからないのに、危険すぎます」

 ガーリンが心配そうにクルーガーを引き留めた。

「俺のことは心配いらねぇよ。言っただろ? 隠し技があるって。じゃ、2人を頼んだぜ」

 パトラとブーケをガーリンに託し、クルーガーは地下通路の奥へ向かって走り出した。

 3人が見守る中、クルーガーの背中はすぐに暗闇へ飲み込まれ、見えなくなった――。




 魔導士ハーディは右腕を失い、憔悴しきっていた。主からの命で、神学校の女子生徒2名を抹殺するはずが、思わぬ増援によって返り討ちにあい、命からがら逃げ帰ってきたのだ。簡単な任務をすぐにこなして帰還するはずが、とんだ失態をしでかし、ハーディはその言い訳を考えながら城内の自室から外へ出た。

 階段を下りていくにつれ、下の方のフロアが騒がしいことに気がつく。

――そういえば、衛兵がいない。下で何かあったのか?

 ハーディは痛む右腕の傷口を押さえながら、急いで階段を下った。

 1階ホールには聖海騎士団の一部隊が集結し、1人の少女と交戦している。

 陣頭指揮を執っているのは領主ブルースである。

「ブルース様、ただいま帰還いたしました」

 ハーディが主の前にひれ伏す。

「……報告は後で聞く。ハーディよ、あの侵入者を排除せよ!」

 ハーディの顔色が優れないのは、深手の負傷が理由ではないことを悟った主が、新たな指令をくだす。

「御意! 生かして捕らえたほうがよろしいですか?」

「構わない。殺せ」

「ハッ!」

 ハーディが片手で杖を構えて前に出た。

「水よ、我が杖に宿りて力を示せ! 凍てつく氷の雨を降らせよ!」

 魔導士の杖がマイを目標に振り下ろされる。


――今の、魔術の詠唱!? あの人、魔導士なの!


 鋭くとがったいくつもの氷柱が、マイめがけて落下してくる。

 マイが精神を集中し、シールドの防御力を維持させる。

「ぐうっ……」

 氷柱の直撃を受け止めたシールドに亀裂が入った。

 一気に畳みかけようとハーディが再び詠唱を開始する。

「天に輝く神の光よ、さらなる力を与えたもう! 邪気を祓いて我らを守護せよ!」

 マイが先に詠唱を終え、シールドをさらに大きく2重に強化した。

 降り注ぐ氷柱の攻撃を今度は完全に無力化した。

「ぐっ……神の加護2か条だとっ。あんな子供があの術を展開させるとは……」

 ハーディが顔をしかめた。

「何を出し惜しみしている! 最大出力の魔力をぶつければ、すぐに片付くであろう!」

 ロウリーがしびれを切らして怒鳴り散らした。

 彼が魔族であることをハーディ以外は誰一人として知らない。自分が戦えば、子供1人を始末することなどたやすいが、それが出来ないもどかしさでロウリーのフラストレーションは限界に達していた。

 一方ハーディは、先ほどのクロエとの一戦で体力、精神力ともに摩耗していた。さらに右腕を失うという重傷を負った状態で、クロエと再戦するには力の温存が必要不可欠であった。

「ブルース様、恐れながら申し上げます。聖教騎士団団長、クロエ・モンフォールがこちらに向かっております。おそらく、あと数分もしないうちに……」

「なるほど。その傷はそういうことか」

 改めてハーディの負傷した体に視線を送り、ロウリーは納得した。

「ブルース様! 地下室に侵入者です!」

 衛兵が慌てふためき走りこんできた。

「やはりな。この場で君が足止めをして時間稼ぎをする。その隙に、クルーガー君が侵入するという策だね。なんとも浅はかな」

 ロウリーは一切慌てる様子を見せず、マイに話しかけた。

 すべて見透かしていたというような彼の態度に、マイは焦りと不安をおぼえた。

「転移の魔法陣は準備できているな?」

「ハッ! いつでも可能です」

 ハーディの返事を確認したロウリーが衛兵に指示を出す。

「不法侵入を犯したクルーガー君には、海底に沈んでもらうよ。フハハハハッ」

 高笑いしたロウリーは「この場は任せた」と言い残して、ホールから立ち去った。


――そ、そんな……クルーガーさんに伝えなきゃ。でも、どうしよう。


 自分たちが踊らされていたことを知り、マイの心は大きく揺らいだ。そのショックから集中力が途切れ、シールドの防御効果が低減する。

「水よ、我が杖に宿りて力を示せ! 凍てつく氷の雨を降らせよ!」


――あっ!


 マイの意識がそれた一瞬のうちに、ハーディの放ったいくつもの氷柱が襲い掛かる。

「きゃっ!」

 粉々砕け散ったシールドと共に、マイの体も吹き飛ばされて玄関扉に衝突した。

 壊れた扉の前で、マイがうつ伏せに転がる。


――早く起き上がらないと、次の攻撃が……


 気持ちに反して体がまったくいうことを聞いてくれない。少しでも動かそうとすれば、体中に激痛が走る。マイは小さなうめき声をあげながら、歯を食いしばって必死に前を向いた。床に両手をついて状態を起こす。立ち上がろうとするが、足に力が入らずバランスを崩し、顔を打ち付けた。

「うう……」

「神の加護さえ解除してしまえば、赤子の手をひねるも同然。歩兵隊、前へ!」

 ハーディがこの機を逃すまいと、すかさず部隊に指示を出す。

 ショートソードを構えた剣士たちが近づき、倒れているマイを取り囲んだ。

 マイの体を貫かんと、剣士たちが逆手に構えた剣を振り上げる。


――クルーさん、助けてっ!


 マイが心の中で叫んだ瞬間、彼女を取り囲んでいた兵士たちがその場に崩れ落ちた。


――えっ!? クルーさん?


 顔を上げるマイの前に立っていたのはクルーガーではなく、1人の美しい女性だった。

「聖教騎士団団長、クロエ・モンフォールである! 領主ブルースに魔石の違法採掘の疑いあり! ただちに武装解除せよ!」

 綺麗な銀髪をポニーテールにまとめ、サーベルを構えた彼女は凛とした声で宣言した。

 

 




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