第13話少女の夢と漆黒の野望⑤
魔導士の無差別に放つ魔術攻撃によって、ダミール島の港が炎に包まれていく。港に集まっていた人々は逃げ回り、あちこちで悲鳴が聞こえる。
――炎が黒い……暗黒石の影響か?
クロエが持ち前のスピードを生かして間合いを詰め、魔導士に斬りかかる。
魔導士は杖で一太刀を受け流し、クロエに向かって右手をかざした。
「水よ、我が剣に宿れ! 甲冑となり我が身を守れ!」
クロエが詠唱すると、彼女の体は甲冑をかたどった水で包まれた。
魔導士の右手から放たれた黒い炎が相殺される。
「ウオォォォォォォォォ!」
魔導士は怒声を上げながら、炎の魔術攻撃を連続で放つ。
被弾しながらも、後方に回避したクロエがサーベルを構えなおす。
クロエのまとった水の甲冑は黒い炎の熱により蒸発し、すっかり消滅していた。
――たった数発で……人の魔力の領域をはるかに超えている。これが暗黒石の力か。
クロエは魔導士のはめている指輪へ視線を向けた。
「闇よ、我が剣に宿れ! 影を転移し敵を切り裂け!」
サーベルがその刀身に黒い光を宿す。
クロエが素早く剣を振る。
次の瞬間、魔導士の腕が切り落とされ、地面に落下した。
「うわぁぁぁぁっ」
腕の切り口を押さえながら、魔導士が悲鳴を上げた。
クロエが魔導士に剣を向けたまま、ゆっくりと近づいていく。
「クソッ、あんな小娘に……」
指輪の魔力を失い、正気に戻った魔導士が港の倉庫に向かって走り出した。
あとを追うクロエがすぐに追いつき腕を伸ばす。その手が魔導士に届きかけた瞬間、彼は姿を忽然と消した。
――転移魔術か……仕留めそこなったな
クロエは地面に描かれていた魔法陣を、悔しそうににらみつけた。
ダミール島の領主の城は、繁華街や別荘地と離れた北側にひっそりとたたずんでいた。城と呼ぶには小さな作りで、ダミール島の住人たちは皆、「領主様のお屋敷」と呼んでいた。観光地であるダミール島で、唯一だれも観光客が寄り付かない場所であった。
城内の地下室で、聖海騎士団の若い兵士2人がブルースの前にひざまずき、床に額をこすりつけて許しをこう。
ブルースが兵士の頭を力いっぱい踏みつける。
額から血が滲ませる兵士を見たブルースは「フン」と鼻で笑い、彼を蹴り飛ばした。兵士は数メートルの高さまで吹き飛ばされ、体を壁に打ち付けて落下した。
ひざまずいて許しを請うもう一人の兵士が、恐怖のあまりブルブルと体を震わせる。
「お前らが奴隷を逃がしたせいで、聖教騎士団の調査が私にまで及んだではないか」
「ど、どうかお許しを……」
兵士の声が震える。
ブルースが兵士の頭に右手をかざす。
「かわいそうに、ずいぶんと怯えているではないか。恐怖から解放してやろう」
「アアッ……アアア」
兵士の耳から血が流れだす。やがて目と鼻からも出血し、大量に吐血した兵士はそのまま絶命した。
「今後、奴隷を採掘場から外へ出すことを一切禁じる。使いものにならない奴隷は、処分せよ」
「ハッ、了解しました」
室内に待機している兵士たちがブルースに敬礼した。
「失礼しますっ。ブルース様、侵入者です。1人は子供、もう一人はダガーナイフを装備した男です!」
「来たか、リミット・ブレイカー。正面から来るとは面白い」
ブルースは不敵な笑みを浮かべ、部屋をあとにした。
港の周囲一帯を包み込んだ炎は、クロエの水の魔術によって消し止められた。港で働く人々が戻って来て、後始末をはじめる。観光を終えて帰る客たちも定期船に乗り込み始めた。
ルカとエリーゼが事情を話し、クルーガーから預かった委任状と許可証を見せると、クロエは納得した様子で「ご苦労様」と言いながら、2人の頭を優しくなでた。
ルカとエリーゼは、緊張と喜びが入り混じった興奮状態で顔を紅潮させた。
聖教騎士団の団長であり、モンフォール公爵家の令嬢であるクロエが目の前にいる。ユーシー王国で、今もっとも注目されている貴族令嬢であり、もっとも実力のある若手騎士を前にして、2人は夢心地でクロエをウットリ見つめていた。
「2人とも顔が赤いけれど大丈夫? 熱でもあるのあしら?」
クロエがルカのおでこに自分の額を当てる。
「はわわわ……」
ルカは言葉にならない声を発して、喜びのあまり失神した。
倒れるルカをクロエがしっかり抱きしめる。
「体がかなり熱い。私から船医に話そう」
「あ、大丈夫です。体調が悪いというわけではありませんので……ルカはわたくしが運びますので、クロエ様はどうぞ先へ」
エリーゼがルカをおぶって、再びクロエから委任状と許可証を受け取る。
「本当に平気? 船内まで私が付き添った方がよさそうだけれど……」
「問題ありません。バルサでは危険な場面も乗り越えた経験がありますし、大丈夫です」
心配そうなクロエに、ルカは頼もしい表情で答えた。
「そうだったわね。では、援軍要請の件、頼みますね。委任状に私のサインも添えておいたから、すぐに対応してくれるはずよ」
「ありがとうございます。それでは、クロエ様のご武運をお祈りいたします」
「小さな神官さん、ありがとう」
クロエは笑顔で敬礼すると、ダミール島領主の城へ向かって走り出した。
エリーゼが祈りながら、その後ろ姿を見送る。
――クロエ様、美しかったなあ。優しくて、すごく強かった……ルカはいいなあ。抱きしめてもらって。
気持ちよさそうに眠るルカを背負って、エリーゼは定期船にかけられた階段を上り始めた。
領主の城、入り口のホールに聖海騎士団の衛兵が押し寄せる。兵士たちは1人の少女相手に苦戦を強いられていた。
少女は神官の攻撃術式を扱い、遠距離から攻撃してくる。
少女が詠唱すると、兵士たちの頭上から光の矢が広範囲に降り注いだ。
その威力は、直撃すれば甲冑にヒビが入るほどで、最初うかつに近づいた兵士は甲冑が粉砕されて気を失った。
少女と対峙する兵士たちは身動きが取れなくなり、硬直状態が続いた。
「子供相手に後れを取るとは、情けない……」
ホールに駆け付けたブルースが、自軍のありさまを見てため息をついた。
「君はたしか、ユーフォルム神学校のマイさんだったね。城に攻め入るとは、どういう了見かな?」
「パトラとブーケを返してください! 他のひとたちも解放してください!」
「ずいぶんと無茶苦茶な言い分だね。私はこの島の領主で、彼らは奴隷だよ。まったく法は犯していない。むしろ、法を犯しているのは君のほうだよ」
ブルースが冷静な声で語る。
「あなたはブルース伯爵の偽物です。人々を監禁し、禁止された魔石の採掘をさせている魔族です!」
兵士たちからどよめきが起こる。
「話にならないな。よくもまあ、そこまででたらめを言えたものだ。君がその態度を改めないなら、侵入者として対処させてもらうよ。弓隊、構えっ」
ブルースの合図で隊列を組んだ弓隊が弓を構える。
「放てっ!」
放たれた矢がマイめがけて飛んでいく。
マイは間一髪で神の加護の詠唱を終え、出現した光のシールドによってすべての矢がはじかれた。
「後列構えっ、放て!」
2列目の弓隊が矢を放つ。
しかし、マイにかすり傷一つ負わせることはできなかった。
「休むなっ。連続して攻撃を続けろ。相手はまだ初等科の子供だぞ。いずれ精神力が途切れる。シールドが消失したら、歩兵隊で一気に攻めよ!」
「ハッ! 了解しました」
領主じきじきの陣頭指揮で、聖海騎士団の指揮は一気に高まった。
――あうぅ……こんなにたくさんの兵士さんを相手にするなんて怖いよぉ。クルーさんの言う通り、物理攻撃は問題なく防げそう。でもクルーさん、早く戻って来てぇ。
泣きたくなる気持ちをぐっとこらえ、マイは兵士たちの動きを注意深く確認して防御術式に集中した。
聖海騎士団衛兵隊のガーリンは、城内3階のフロアを見回っていた。本来、3階の警備にあたる兵士は6名だが、突然の侵入者に対処すべく、他の者たちは1階ホールへ援軍に出ていた。
衛兵は、城の敷地入り口と敷地内そして、1階フロアに多数が配置されていた。1階は侵入者に対処すべく厳重な警備で守られていた。
3階から侵入してくる者などあろうはずもなく、まったく緊張感の無いガーリンは眠たそうにあくびをして、ボーっと窓の外を眺めた。
「おいデブ、静かにしろ」
ガーリンは後ろから何者かに抑えられ、首元にナイフを突きつけられた。
あまりに突然の出来事に、ガーリンはパニックにおちいり呼吸が乱れた。
「俺の質問に正直に答えろ。嘘をついたら頸動脈を切り裂いて殺す。お前、暗黒石の採掘場を知ってるか?」
ガーリンがダラダラと汗を流しながら、激しく首を横に振る。
「奴隷は分かるか? どこにいる?」
体をブルブル震わせて、ガーリンは首を縦に振った。
「よし、案内しろ。離してやるからおとなしくしろよ。騒げばすぐに首を切る。いいな?」
体の自由を取り戻したガーリンが後ろを向くと、そこには背の高いがっちりした体格の男が立っていた。
「お前、名前は?」
「……ガーリンです」
「デブリンの間違いだろ? 俺はクルーガー。クルーって呼んでくれ」
クルーガーは、ホルダーにナイフをしまいながら笑った。
その笑顔にガーリンは驚き、戸惑いを見せる。
さっき自分を殺そうとしていた侵入者が、今度は気さくに冗談交じりに話しかけてきたのだ。
「あの、さっき奴隷がどこにいるか聞きましたよね?」
ガーリンが恐る恐る尋ねる。
「ああ。パトラとブーケって子を探してる。男の子と女の子だ」
「詳しくは分からないんですが、多分地下室だと思います。僕の同僚が、地下室へ奴隷が連れていかれるのを見かけたって言ってたので……」
「じゃあ、地下室に案内してくれ」
「わかりました」
クルーガーはガーリンの案内で階段を降りていき、地下室へ向かった。
2階フロアのすべての衛兵たちは、1階ホールに現れた侵入者の対処にあたっており、問題なく1階まで移動できた。
1階に降りると、ホールの方から兵士たちの声が聞こえてきた。
――チビのヤツ、うまく足止めしてるじゃねぇか。俺も早いとこ片付けねぇとな。
クルーガーは確信していた。
マイが騎士団を相手にして十分に時間を稼いでくれることを。
森で初めて出会ったころと比べ、マイは飛躍的に成長していた。特に都市バルサでの一件で、マイの戦闘における神官としての能力は大幅にレベルアップしていた。
ほとんどの神官は、後衛でサポートに徹するスタイルが主流であり、冒険者ギルドによっては、治療や回復の施術しか行わない者もめずらしくはない。神殿に仕える神官にいたっては、まったく戦闘経験のないものまでいるなかで、子供とはいえすでにマイは戦い方を理解していた。
初歩の術式ではあるものの、防御と攻撃を使いこなし、前衛で戦える神官は非常にめずらしい。クルーガーは彼女の戦闘センスと勘の良さを認めていた。
一方、領主の私兵である騎士団の戦力は、剣や槍、弓などの物理攻撃に依存する部分が大きい。現在のマイの防御術式に、彼らの攻撃力では到底及ばない。魔術が使える者がいたとしても、せいぜい騎士団長か副団長レベルの数名程度である。たいていの騎士が扱う魔術は近距離攻撃主体で防御がもろい。シールドが固く、遠距離攻撃を可能とするマイの有利は変わらない。
マイが兵士を引きつけ、クルーガーが採石場を突き止めて奴隷を解放する、それが2人の作戦だった。
1階から地下室までの経路には衛兵が配置されていた。
ガーリンが衛兵に声をかけ、近づいてきたところをクルーガーが仕留める。
すべての警備をかいくぐり、門番の衛兵から奪ったカギで地下室の扉を開いた。階段の下からヒンヤリした空気が伝わってくる。壁に灯るかすかな明かりを頼りに、ガーリンが先頭で階段を降り始めた。
「暗くて、よく見えませんね」
「俺は夜目がきくからよ、これだけ明かりがあれば十分に見えるぜ」
ガーリンは階段の位置を確認しながら、ゆっくりと慎重に進んでいく。
「あのお、お聞きしてもいいですか?」
「ん? 何を?」
「なぜ、領主様の城を襲撃したんですか?」
「デブリンは、なんでそんなことが気になんだ? 領主を恨んでるとか、強盗目的とか、考えりゃ色々あんだろ?」
「えっと……あなたが悪い人に見えなかったもので……」
ガーリンは気弱な声で答えた。
「ハハハッ! そういうお前はいいやつに見えるなあ。あとデブに見える。アハハハ」
クルーガーの豪快な笑い声が地下に響いた。
「まあ、デブはよく言われます。でも、あなたに言われると、不思議と悪い気がしませんね」
ガーリンは頭をかきながら苦笑いした。
「デブリン、ちょっと下がってろ」
「わっ」
クルーガーがガーリンの肩に手を当て、軽く飛び越えた。
階段の終わった、数メートル下の広場に着地する。
「くせぇ臭いプンプンさせやがって。さっさと出てこい!」
クルーガーが暗闇に向かって叫んだ。
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