ep:1 アーバンダンジョン・ベルクブエナ①
「
刃を鞘から抜いたような、冷厳と澄んだ声。その言葉を、男は理解しないわけではない。
トレンチコートの巨漢は足を止める。右腕はポケットに突っ込み、左腕は“それ”を掴んだままゆっくりと振り返る。
「貴方……」
「!てめえ……」
二つの視線が、廃液と壊れた街灯の路地で交差した。
「
「
暗い路地。背後に歓楽街の燐光。その煌めきに交わらぬ、炎を紡いだかのような
――赤髪の
「どうかしましたか?」
威圧するように、
「……どうでもねえよ。そっちこそ用はなんだ」
「私は間階層治安機構≪聖堂警察庁≫の一等捜査官、ゲルダ・ヘイムダル。聖堂警察は全ての階層、全ての自治区において行使できる捜査権限を持っています。そのうえで、貴方に通告します」
教本の1ページに書いてあるんだろうお決まりの文句を、わざわざ一字一句丁寧に唱え、
「まずは身分の開示を。そして、今持っているそのキャリーケースを離しなさい」
「……」
「まず、身分だな」
貫くような視線を前にしながらも、
「俺はバルバロ・ヴェング。種族は
「探偵?」
「そうだよ。浮気調査が入用かい?」
茶化すように肩を竦める
ゲルダは耳元に手を当てる。そこに吊るさった魔晶ペンダントの
「……確認しました。確かに市民登録されています。各種補導歴・犯罪歴があるようですが今回は追及しません。それはさておき……」
ゲルダはゆっくりと歩み寄る。ブーツの底が、廃液に触れた。
「早くそのキャリーケースを、離しなさい」
「こいつがお目当てか?そんな気に入るデザインかね?」
真っ白な外装のキャリーケースをバルバロは指で弾いて見せる。彼の腰に届く規格外の大きさから、それはきっと既製品ではない。
「26分前に発生した、第四層14街区北西部周辺での抗争。その渦中にあったのが、貴方の持つ白いキャリーケースです。あの抗争は、それの奪い合い」
「……だから?」
「そのキャリーケースは、紛争の火種となり得ます。故に、聖堂警察庁で確保します」
成程ね――嘲りを含め、バルバロがその口角を歪めた。
「ギャング達が狙うほどの儲けネタが、この中には入ってるワケだ。そいつを自分らでガメちまおうと。うまい商売思いつくね、騎士様方は」
「なっ……!」
それは聖堂警察の汚職と収賄への皮肉だ。ゲルダの顔が怒りに歪み。バルバロはほう、と息を漏らす。超然怜悧な
「否定します。貴方こそ、それをどうするつもりですか?」
「ここは、俺の街だ」
活火山の奥底で、溶岩が蠢く。それにも等しき重さと熱を蓄えた言葉。
「第四層14街区はな。だから、街を脅かす
「それは、私たちの仕事です」
「テメーらが小金稼ぎと権力争いで仕事しねェから俺がやってんだろうが」
「……それをこちらに渡す意志はない、ということで、いいのだな」
もはや彼女の振る舞いに礼節は無い。威圧的な言葉を
「
応えるように、バルバロは旺盛な戦意を露わにした。
張りつめ切った弓弦のような、緊迫した時間が過ぎ―――。
乳白の繊手が、ジャケットより抜かれた。
脇に吊ったガンホルダーより、白金の拳銃を。
安全装置を外し、銃身をスライド。連動して落ちる
聖印が燐光を揺蕩わせたのと同時に、左手を添え、放つ。
――――背後へと。
Blam!!Blam!!Blam!!
「Arrrrrrrrrrrrr‼」
銃弾は背後から迫る襲撃者の手に着弾し、その手の銃を弾き落とした。フードを被った襲撃者は暗器を取り出そうとし――稲妻に、その身を焼かれた。
銃創に聖印が浮かび上がり、超常の電流が駆け抜ける。白目をむいて、男は仰向けに倒れた。
瞬間、バルバロが風を切り駆けだす。キャリーケースを小脇に担ぎ、ゲルダへ接近。
そして彼女の前にて――跳躍。彼女の頭上から迫っていた凶刃を、その拳で受けた。拳の表皮すら傷つけられぬまま砕ける刃。
ゲルダが驚愕している間に――バルバロの返す拳が、ビルの屋上から落下してきた
「……礼を言うっ!」
「それよりもこの野郎、
「そうだ。そろそろそのケースを預ける気になったか?」
「三合会と関係が密な騎士様方こそ」
二人が互いににらみ合い、互いにキャリーケースの取っ手を強く握りしめた途端、
膨大な轟音と白光、そして業火が、頭上より二人を包んだ。
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