アーバンダンジョン・14デットエンド

あほろん

ep:0 ビフォー・ザ・テンペスト

「Arrrrrrrrrrrrrrr‼」

 ご自慢の長耳が吹き飛んで、森人エルフヤクザは赤子のように絶叫した。

 暗森人ダークエルフ特有の青い血を拭い、ストリートを睨む。第四層歓楽街のネオン通りに満ちるのは、嬌声ではなく怒号と哭声、酒匂ではなく硝煙と血風。

 交差点に陣を敷くのは、中南系鋼人ドワーフシンジゲート『アイアンフィスト』。火と錬鉄の神タナクスから授かった鍛冶の才を注ぎ込んだ密造兵器は軍隊のそれだ。

 森人エルフヤクザ1ダースを肉片スライムに変えた汎用秘術式機関銃が、全自動で元素弾を装填する。バリケードの向こうで、赤い髭面を歪ませる鋼人ドワーフギャングたち。

 しかし森人エルフヤクザも一歩として退くことはない。ゆっくりと、呪符を取り出す。そこに記された、東洋森人エルフ文字が妖しく発光すれば、倒れ伏した同胞たちがにわかに立ち上がる。

 臓物を垂らしながら進む任侠たちは死霊術の産物だ。森人エルフヤクザたちは契約サカヅキを交わした瞬間に、死してなお組に奉仕することを確約されているのだ。違法呪術の兵隊が、唸りを上げて走り出した。

 任侠死人ヤクザアンデットたちの後に続き、森人エルフヤクザたちが怒号と共に吶喊する。鋼人ドワーフギャングの機関銃が掃射されるが、死人たちの肉の盾が遮り。森人エルフヤクザたちが陣を突破。耳無し森人エルフの白刃が、機関銃手の髭面に突き立つ。

 耳無し森人エルフが戦酔に頬を緩めた瞬間――巨腕が彼を吹き飛ばした。

 全ての悪党が、その影を見上げる。10フィート3mの巨躯。獅子の胴に大猿の腕、そして黒光りする頭角と、オーダーメイドの縞柄スーツ――魔人イヴィルマフィアの人面獣マンティコア

 漁夫の利を狙う魔人イヴィルマフィアの殺し屋は、戦場の中心に飛び込んだ。尖角を持って森人エルフヤクザを貫き、巨腕を持って鋼人ドワーフたちの装甲車を吹き飛ばす。宙を舞った装甲車が≪嬢は全員サキュバス!≫と書かれたクラブに激突し、建物ごと崩壊させた。

 人面獣マンティコアが胸を叩き雄叫びを上げ、敵の断末魔をかき消していく。強者の喝采を前にして、弱者の叫びは誰にも届かない。

 ストリートが、戦火と血潮で赤く輝いていた。

「おい……」

 そんなストリートに、一人の闖入者。

「今日はな、第四金曜日だ。俺にとっての、ハッピーデイなんだよ……」

 6フィート半2mはあろうか。かなりの巨漢だ。その体躯に合わせたトレンチコートと中折れ帽でその顔は見えない。

「こういう日はな、朝は五段重ねのパンケーキを喰って、昼はチキンをバケツで。夜は菜食主義者ヴィーガンになりたくなるほどTボーン喰ったら、そのままサキュバスクラブで癒してもらいにいくんだ……完璧な休日だろ……」

 自殺志願者か、殉教者か、その男は無防備にストリートを突き進む。絶体絶命の戦場キルゾーンにて、呪文めいた独り言を口走りながら。

「それがよぉ……おめー……おめーなぁ……」

 途端、男の足元の死体が俄に起立。術師死亡につき制御を失った任侠死人ヤクザアンデットたちが、四方八方から男に牙を剥いたのだ。

 瞬間、鋼人ドワーフギャングの機関銃が金切り声を上げれば、9mm鉄鋼元素弾を瀑布のごとく殺到する。

 間髪を入れず、人面獣マンティコアが男に飛び掛かる。その体重全てをねじ込んだ、尖角による突進。

 そして、角の先端が、男の胸元に触れ――――。

 人面獣マンティコアの巨体が、停まった。

「おま……えらは……」

 巌から切り出したかのような、剛健たる掌が、頭骨の先端を握りしめる。ただそれだけで、巨獣が押さえつけられる。

 死人たちの牙はどれも男の皮膚すら貫かない。魔法を纏った弾丸も、襟首を掴まれた死人達によって一つ残らず防がれた。

「爆乳サキュバスたちの代わりに、俺を癒してくれんのか?バストGカップいってんのかゴラアアアアアアッ!」

「GArrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr⁉」

 人面獣マンティコアの足が、宙に浮き、その巨躯が持ち上げられる。そしてそのまま、ハンマー投げめいて人面獣マンティコアを振り回し、遠心力をつけて射出。

 巨獣が――夜に飛んだ。

 その場にいる全ての者たちが限界まで口を開いてその光景を見た。

 10フィートの巨躯が重力に逆らっていく様を、ただ茫然と見た。

 やがて彼らを色濃い影が覆い――――仲良く、人面獣マンティコアの下敷きになる。


「ハンッ……楽しい金曜日に何してくれやがる」

 男が帽子を取る。露わとなったのは、猪めいた牙、焦げ茶の髪、そして――緑の体表。鬼といって差し支えない面相と、トレンチコートの下のインナー越しにもわかる筋骨隆々の肉体。

 鋼人ドワーフ獣人コボルド魔人イヴィル竜種ドラゴ――彼らを圧倒する頑健さ、膂力を兼ね備えた戦闘民族。

「それに、ここをどこだと思ってやがんだ」

 その“蛮鬼オーク”は、快活な笑みを浮かべ、脇の街灯を小突いた。

 街灯には一枚のプレートが吊るさり、そこに記されるは、『迷宮都市アーバンダンジョン14街区フォーティンデットエンド』。

「俺の街で、ドンパチできると思うなよ」

 蛮鬼オークの言葉は夜都に消え、彼もまたネオンの朧に消えていく。


 ストリートから立ち上る硝煙は、歓楽街のビルを越え飛んでいき、宙に浮かぶ空中島や怪鳥グリフォン客船、“上階層”のクレーター壁に触れて消えた。

 この街に、月も星もない。

 ただ森人エルフ鋼人ドワーフ小人ハーフ洞人ノーム獣人コボルド魔人イヴィル竜種ドラゴ――幾千幾万のクリーチャーたちの営みが、星海のごとく迷宮都市アーバンダンジョンに燃えていた。


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