第12話 聖母、取り調べという名の茶番を受ける

◇◇◇


 一応、形式上の取り調べという形で事情聴取が行われたのは、マリアと村長の顔合わせが終わってから一時間後のことだった。


「じゃあ、いままでこの森に?」


 問い掛けに驚いて反射的に頷けば、クルトは顎に手を当てた。


「そうか、村人って訳でもないし、でも密猟者って訳でもない、か――」

「その、そんなに気にするようなことじゃ、追われていたのは確かだけどもう姿も見えないし」

「いや、それでも人さらいの可能性は高いし、なにより禁域に立ち入るほとんどの奴がこの森の原生生物を目的にやってくるんだ。……やっぱりもう少し夜の警戒を強める必要があるな」


 そう言って、禁域に立ち入った経緯を説明するとクルトは難しい顔をして眉をひそめてみせた。

 あそこまで熱狂的な騒ぎのなかで自分が聖母だと告白する気にもなれず、かといってアマリの秘密を喋る気にもなれないマリアが唯一譲歩できる情報だ。

 信頼している村人たちを裏切るのは心苦しいが、それで王国に報告でもされれば今までの苦労が全て水の泡になる。


「それでその男たちは、確かに東の方へと走っていったんだね」

「たぶん」

「たぶん?」

「……なにせあの日は嵐の夜だったから。あの大きな山の方へと走っていったのを見たけど方角まではなんとも」

「…………だとするとセフィロ様の下山はそれが原因か? だとしたらその密猟者たちはいまごろ」

「クルト?」


 何やら物騒な単語が聞こえたような気がしたが、声量が小さすぎて聞き取れなかった。思案顔なクルトの顔を凝視すれば、一瞬だけ鋭くなった目元がすぐに緩み、お人よしの顔に切り替わる。


「ああいや、なんでもない。最近森の魔物が騒がしかったから見回りを強化してたんだけど、どうやら杞憂だったらしい。マリアの報告を聞いてほっとしたところだよ」

「ふーん、まいいや。それにしても騎士さまが禁域の管理をしているなんて話初めて聞いたよ。それも君一人でなんて、いくら何でも無茶過ぎない」

「まぁね。それをつい最近自覚したところさ。自分が襲われて茶世話ないよね。本当にマリアには助けられたよ」

「どういたしまして――って、何回言えば気が済むのさ。それにそのあとボクも助けてもらったんだからおあいこだってば」

「ははっ、ならそう言うことにしてもらおうかな」


 そう言ってクルトは、これまでのマリアの口から語られた真実であろうでたらめの報告書をまとめると椅子から立ち上がってみせた。


「生誕祭の準備もあるし、まだ君は病み上がりだ。今日の取り調べはこれくらいにしておこうか」

「え!? これで終わり?」


 本来ならこんなに簡単に解放されるはずがないのだが、どうやらマリアはクルトにある程度の信頼を受けているらしい。

 一時的に拘束することもなければ、精神魔術も用いない尋問に拍子抜けした形だ。


「そういうこと。わざわざ時間を取らせて悪かったね」

「別にこれくらいいいけど、いいのこんな簡単に済ませちゃって」

「いいんだ。それにマリアだってつまらない取り調べをさっさとおわして、外の様子が気になるんだろう? さっきから窓の外を忙しく見てるし」

「うっ――、そ、それは」


 気にならないと言ったら嘘になる。

 なにせ今まで知り得なかった『勇者候補』たちの情報だ。

 これから新しく生活を見つけるにしろ、娘のための情報は絶対に欲しい。

 それにマチュリという女性に預けたアマリの様子も気になる。


 うずうずした身体を抑えきれずにいると、クルトの方から小さな苦笑が返ってきた。


「そうだ! ちょうどいいから、マチュリさんの食堂に行って昼食を食べてくるといい。この時間帯ならまだ混んでないし、なによりあそこなら君の知りたい情報もあるかもしれない。僕もこの資料を片付け終えたら向かうから」

「えっ、でもさっき食べたばっかり――」

「マリア、これでも僕は騎士であると同時に医術師でもあるんだよ? 患者の健康状態を把握できずに、医術は語れない。五日間も何も食べずにいておなかが空いてるんだろう?」

「なっ――、なんでそれを」


 確かにおなかは空いている。それも猛烈に。


 例え、目覚めた直後ことは言えスープとパンだけではおなかに溜まらない。

 マリアとしてはがっつりとした肉を胃の中に入れたいところであったが、生肉など貴重なものをねだれるような立場ではないことを十分理解していた。

 居候の身としては遠慮していたはずなのに。

 それをよりにもよってこのデリカシーのない天然男に悟られるとは思ってもみなかった!!


「ドカ食いは医術師としてはちょっと遠慮してもらいたいけど診たところマナの循環も順調だし、君の場合は色々と栄養を身体に入れた方が回復も早いみたいだからね。思う存分に食べてくるといいよ」

「むむむむっ!?」


 しかもこの正論である。

 確かに女らしくない体型ではあるがもっと女の子あつかいしてくれてもいいのではないだろうか。

 というか、食事に関する話題を平気な顔で指摘していいのは幼少期までだと教わらなかったのか。


 口を横に引き結べば、本気でからかっているのかわからない曖昧な笑みが返ってくる。

 どうやらマジで言っているらしい。

 つくづく女心の分からないやつだ。一瞬だけときめいていた自分を殺してやりたい。


「ああ、そういえばマリア。禁域に三か月間住んでいたって言ってたけど、その洞窟暮らしの間に白い狼を見なかったかい?」


 そのまま怒りに任せて部屋の扉を開けようとしたとここで、後ろからクルトの何かを思い出したような声がマリアを引き留めた。


「ああん? おおかみ? なんで?」

「ここ最近、神獣さまがうろついていてね。僕はこの村の護衛役みたいだから一応、いろんなことに注意して置かなきゃいけないんだ。というかなんで怒ってるんだい?」

「うっさい、それ以上この話題に触れるな。それで、神獣? それってあの化物熊のこと?」

「あ、いや、見てないならいいんだ」

「それでボクが納得するとでも? 気になるから最後まで話しなよ」

「これじゃあどちらが尋問されてるかわからないね。……村人も知っていることだけど他言無用にしてほしい」


 そんな注釈を入れたクルトは、首をすくめて両手を上げてみせた。


「君の言った東にある大きな山、陽光山のほとりに住まう神様のことさ。どうも最近山を下りているみたいでね、村長に頼まれて見回りしてたんだ」

「へー、そうなんだ」


 聞いたことがある。人を襲わない代わりに森に立ち入らないという盟約を人間と交わした白狼の伝説。

 ぶっちゃけた話。学のないマリアでさえ知っている有名な神話の一つだ。


 そんな教会の信奉する女神の遣いが、この禁域を根城にしているとは――、


「あまり関心がないみたいだね。普通は目の色を変えて驚くものだけど」

「まぁぶっちゃけ神様に関してはあまりいい思い出がないもんでね。それより用ってそれだけ? こっちは早く娘に会いたくて仕方ないんだけど」

「ああ、ごめんごめん。これも一応職務でね。転ばないように気を付けていくんだよ」

「ボクは君の子供かなにかか!! 君に言われなくたってそうするよ。じゃあね」


 もうすっかり回復した足で扉を開け放ち、マリアは勢いよく外へ飛び出すのであった。

 そして――、




 誰もいなくなった部屋を見渡し、クルトは椅子を引いて額に手を当てると窓の方に目を向けた。

 そこには嬉しそうに頬を上気させ娘の下に向かう少女の姿があり、


「……なんとか、しなきゃな」


 その後ろ姿を儚げな表情で見つめるクルトが人知れず小さく息をついてに視線を落とすのであった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

汝は『聖母』なりや? ~たとえ明日世界が滅んでも、戦争なんて行かせません!!~ 川乃こはく@【新ジャンル】開拓者 @kawanoue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ