第11話 聖母、まさかの展開に驚愕する!?


 そして、ふと顔を上げれば並々ならない騒ぎにマリアは薄く眉をしかめた。

 マリアにとっては十日ぶりとなる娘とのふれあいの最中、何やら外の方で声が聞こえてくるのだ。それも普通の話声でなくどこか興奮気味に歓声を上げているようなそんな感じだ。


「ねぇ、これなんの騒ぎ? 今日はお祭りでもあるの」

「さぁ、そんな話は聞いてないんだけど。……ちょっと見てくるね」


 気になってクルトに問いかければ、どうやら彼にもわからないのか首をかしげてみせる。


 安静にしているようにと言い含められたものの、気になるものは気になるのだが。

 部屋を出ていくクルトの後姿を見届け、一度所在なさげにぶら下がる両足を一瞥する。


 クルトが用意してくれた昼食のおかげである程度力を取り戻したとはいえ、それでもマリアは病人であることには変わらない。

 いくら身体の傷がたちどころに消えていても、体力までは戻らないのだ。


「アマリ、ちょっとごめんね」

「ん、まま?」

 

 いつまでたっても離れたがらない娘をいったん寝台の上にどかして、勢いをつけて立ち上がり、改めて自分の状態を正確に把握する。

 どうやらまだアマリを抱いて歩き回れるほど回復してはいないらしい。

 一瞬だけ、不安げなふょう上で顔をくしゃくしゃにするアマリの頭を撫で、落ち着かせれば、マリアは拙い足取りで机に体重を預けて外の様子をのぞき込んだ。


「ふっ――、っしょ」


 正面の窓ガラスから見える限り、なにやら村の中心らしき広場に多くの人が固まっているのが見えた。


 その途中、クルトの後姿が一段と合流し、何かを話し合っている。


「もしかしたら、ボクの処遇を報告してるのかも」


 なにせマリアは正真正銘の不審者だ。

 あのお人よし面のクルトがマリアを悪いようにしようとは思えないが、それでも村の方針次第では何をされるか分かったものではない。


 魔獣や魔物が跋扈するこの世界ではそれだけよそ者に対する風当たりが強いのだ。

 一介《いっかい》の旅人であるマリアに確かな後ろ盾がない以上、彼らが自分を向かい入れるのは難しいだろう。

 でも――、


「……ボクだけじゃなく、アマリもお世話になったんだよね」

「――うっ!!」


 少なくとも、そこまで邪見にされることはないだろう。


 そんなことを考えていると、村の一団から戻ってきたクルトが勢いよく扉を開け放つ音が聞こえてきた。

 やや興奮気味に頬を上気させ、マリアの驚きも知らずに近づいてきた。


「マリア、マリア!! すごい知らせだ」

「いったい何があったのさそんなに息を荒げて。とりあえず落ち着きなよ」

「これが落ち着いていられるかい。君もすぐに行くと来るといい」

「あっ、ちょっと待ってってば、クルトッ!?」

「マゼラン村長には僕の方から話を通しておいたから大丈夫。それより早く」


 興奮気味に鼻息を荒げ、クルトの角ばった手の平がマリアの手を引いていく。

 しかし、こちらはアマリを抱えているのだ。

 万が一のこともあるし、そう急かされてもこの足じゃ急ぐことなんてできない。


「ねぇ、こっちは病み上がりってちょっ、キャ――ッ!!」

「ごめん。でも本当に素晴らしい知らせなんだ。ちょっと揺れるけど我慢してね」

「きゃはははははっ!!」


 有無言わず横抱きにされ、目を白黒させていると、抱きかかえたアマリがご機嫌な声を上げる。

 おそらく遊んでもらっていると勘違いしているのだろう。

 アマリの笑い声を合図に、マリアの制止も虚しく部屋を飛び出したクルトは、この細身の体のどこにこんな力があるんだと疑問に思う勢いで、マリアを例の集団の前まで連れていった。

 すると当然、美丈夫に抱えられたマリアに全員の視線が集中するわけで――


「ちょっ、コラ。離せってば!! 自分で歩ける自分で歩けるから」

「まだ体力が戻ってないんだし遠慮しなくてもいいよ?」

「誰がこんな状態で遠慮するか!! 恥ずかしいから降ろせって言ってんの、いますぐっ」


 するとしぶしぶ了解したクルトが、懇切丁寧にマリアを解放する。

 一度咳払いしたのち、マリアは腕のなかで娘を抱え直せば、意を決して顔を上げ、村人たちの視線を受け止めた。

 老若男女とはず実にバラバラな村人たち。

 正直、気まずいことこの上ないが、仕方がないと諦める。

 それにここまでしてもらって何もないなんて恩知らずにはなりたくない。


 どう言葉にすればわからず、けれどもしどろもどろに唇を動かせば、


「えーっと、その、この度はその――」

「おおっ、やっと起きられましたかマリア殿。お加減はいかがですかな」

「めいわくを――って、はいぃ?」


 集団の中から恰幅のいい髭面の男が歩み寄ってきた。

 のしのしと恰幅の良い腹を揺らして、蓄えた髭を弄る中年。

 なぜ自分の名前を知っているのとか、貴方は誰なのとか色々なことが頭をよぎるが、そう言えばクルトはマリアのことを知っていたことを思い出した。


「ええっと、おかげさまで。それで、その――あなたは?」


「ああこりゃ失敬。クルト殿から事情は聞いております。わしの名はマゼラン。ここトリナ村のしがないまとめ役をやっております」


「マゼランさん、ですか」


「マリア殿が運び込まれて三日目に一度お会いしたことがあるのですが、そういえばあの時はずいぶんと消耗されてたようだったし、覚えていないのも無理はないかと」


「はぁ――」


 そう言って僅かに頷けば、豪快な握手が返ってくる。

 正直マリアにしても昏睡状態の自分はどんな黒歴史を築いたか知れない以上、はっきりと思い出さない方が賢明だとして、記憶の封をガッチリと締めるつもりなのだ。

 例えこのおっさんと面識があっても、マリアは覚えていないで通すことだろう。


「いやーはじめクルト殿が連れてきた時はどうなるか心配しとりましたが、いやはや何事もなくてよかったよかった」


「ちょっ、いたいいたいって!! なんなの!? これがこの村流の歓迎の仕方なの!?」


「むっ、おおこりゃ失礼。興奮してしまってな、つい力が入ってしまった」


 畏まった調子はどこ画やら。突然砕けた口調でマリアの背中を叩くマゼランは、大きな腹を抱えて豪快な笑い声をあげた。

 すると、マリアのツッコミが面白かったのか、周りからもちらほら声を上げて笑い声が聞こえてきた。

 正直、元怪我人とはいえいまの一撃はつらいものがある。


「とにかく母子ともに無事でなによりだ」


 そう言って満足そうに頷くマゼランは一度、胸元に抱えているアマリを見やると、何とも手慣れた手つきであやし始めた。

 アマリが気を許しているところを見るとどうやら悪い人間ではなさそうだ。

 実際、この子はたまに危険に敏感な所がある。

 無邪気さゆえに、周りの空気に敏感なのだろう。でなければここ十日の間にこれほどクルトやマゼラン村長に懐くはずがない。


「ところでマゼラン村長。つきましては彼女、マリアをしばらくこの村に滞在させたいと考えているのですが」


「おおそれはいいですな。久しぶりのお客様だ。せっかくの祝日でもあるし盛大におもてなししましょう」


「えっ、なんで?」


 キョトンとなる二人の顔を見比べて、背後に控えている他の村人を向き直る。


「なにか、わしは驚くことを言ったか?」


「え、ほらボクよそ者だし、てっきり目覚めたら普通出ていけとかいう流れになるんじゃないかなぁって思ってたんだけど」


「まぁ確かにそれが普通かもしれんが、そんなこと今更言ってもしょうがなかろう」


「しょうがないって、本当に村の長なの? ふつう身元のしれない怪しい女がいたら、面倒事が起きる前に即刻手を切るのが当たり前でしょう」


「うーむ、しかしのぅ。マリア殿は知らんかもしれんが、お主の処遇はこの十日間のあいだに決まっておるのだ。それに、我らの英雄を救っていただいた方に失礼などあってはならない、それが村の総意でもあるしのぅ」


「英雄? このおっぱい魔人が?」


「おっぱいまじん? それはなんのことだ」


 気まずそうに頬を掻くクルトに、マゼランと呼ばれた男が不思議そうに首をかしげてみせた。

 すると、集団のどこからかまるでマリアを庇うような声が飛んでくるではないか。


「それに今までどんな連中とつるんできたか知んないけど、その胸に抱いている赤ん坊を見て森の外に放り出そうって連中はそもそもここにはいないよ」


「え、えっ!?」


「マチュリの言う通り。我々はセフィロ様の盟約によりこの土地をお守りさせていただいているのだ。たとえ、外からの異邦人であってもこの村にたどり着けたのならばそれはセフィロ様の意志。ならば歓待するのが礼儀というのも。それがクルト殿の命の恩人であればなおさらな」


「だ、そうだよ」

「いや、だそうだよって言われても」


 正直、反応に困る。

 でも確かに言わなければならないことはある。

 それも娘の前ならなおさら。


「えっと、その――、ありがとうございます」


 やや躊躇いがちにお礼を口にすれば、村人たちから次々と声が返ってくる。

 そのどれもがマリアを気遣う言葉で、ともすれば『生まれて』初めてマリアが受け入れられた言葉の数々だった。


「まま?」

「ううん、なんでもない」


 こぼれそうになる涙腺を必死に堪え、頭を振るう。

 そして、改めて村長にこの集まりの理由を問いかければ、


「それであの、一体何があったんですか。こんな村の中央に集まって」

「おお、聞いて驚くな。聖母様が新たな勇者候補さまを出産なされたとのことだ」

「そう、それで今日はそのお披露目式みたいなんだ」

「ええっ――!?」


 クルトの捕捉に、マリアはその衝撃の事実に驚き声を上げた。

 聖堂院に軟禁され、逃げてきたマリアからすれば、今更過ぎる情報でもあるが、それでも聖堂院に集められた『聖母』の数は全部で十二人だったはずだ。


 どうも『来るべきその日』とやらが近づくまで赤子はいつまでも母体のなかで守られ続けているという話を聞いたことがあるが、どうやら全員、マリアと同じ時期に『生誕の儀』が執り行われたらしい。


「三か月くらい前にお生まれになったそうだが、まだお身体が弱くお披露目できるような状態じゃなかったんだって」

「それがようやくお披露目できるようになったんだって」

「ほら、御覧。先ほど魔水晶に映像が送られてきたんじゃよ」


 村人たちがまるで自分のことのように『勇者』の誕生を喜び、招き寄せるように広場の中心に案内する。

 一瞬、マリアが聖母であることがバレたのかと心臓が痛くなるが、彼らの表情はどうにもおかしい。

 皆口々に『聖母』とその子供たちをほめそやしているが、マリアのことを気にかけている様子は見られなかった。

 どうやら、マリアとアマリがその『聖母』と『勇者候補』であることはバレていないようだ。


 そのまま広場の中央に案内されれば、そこには小さな魔水晶によって映し出された『』の子供たちの姿があった。


「……あの子たちが、勇者候補?」


 見覚えのある『聖母』たちに連れられた少年少女たち。

 それはとても生後三か月とは思えないような、見た目三歳くらいの子供たちだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る