銀河通信

 それは、遠い星からの声だった。


 なぜ、わたしだったのだろう? 今でも、時々そう思う。

 悲観的ではない、けれども明るい未来は感じられなかった。ただ、たんたんとわたしに語りかけてきた。だから、わたしもその話を聞いた。


 彼女は、どんな人だったのだろう。明るくて柔らかな若い声。きっと人生の一番いい時を過ごしていたはずだった。

 肌の色はどうだろう? 瞳の色は? 髪は長かっただろうか?

 知りたくても、わたしには決して知ることはできない。


 夏の、蒸し暑い夜。突然鳴った携帯電話。この携帯電話が、遠い惑星からの声をわたしへと届けてくれた。


 遠い、遠い惑星の声を……。

 あれから少しして、この携帯電話は壊れてしまった。けれど、わたしはなぜかこれを処分することができない。

 いつか、またこの携帯電話が鳴るような気がして。どこかの、誰かからのメッセージが届くような気がして。


 彼女の……カタリナの想いがまだ、残っているような気がして……。





 もしもし? 突然ごめんなさい、切らないでね。

 はじめまして、遠い遠い星に住むあなた。わたしはリピトール第3惑星の通信士カタリナです。

 上手く翻訳できてるかしら…?


 あ、この通信は決して悪戯ではないから切らないでね。


 これは、銀河通信。そう、一方的にわたしが発信するだけのものよ。返事が聞きたいところだけど、無理ね。この通信をあなたが受け取ってくれるのは、わたしがこれを発信してから何十年、何百年、もしかしたら何万年も経った頃かもしれないものね。

 その頃には、きっとリピトール第3惑星なんて、誰も知らない過去のものになっているでしょうね。

 ううん、過去のものというより、あなた自身がきっとリピトール第3惑星のことを知らないわね。もし知っていても、きっとそちらでは違う名称で呼ばれているでしょうから、どれがリピトール第3惑星かわからないわね。


 でも、それでもいい。わたしの通信を聞いて欲しい。


 そうね、まずはどうしてわたしがこの通信を発信するに至ったか、それを話すことにするわね。

 単刀直入に言うと、もうすぐリピトール第3惑星が消滅してしまうから。


 ……驚いたかしら? でも、これは本当。空にはすでに赤色巨星に変わりつつある太陽が燃えているわ。


 太陽って言うのは、中心部で水素と水素の核融合を起こさせて、ヘリウムに変えることでエネルギーを放出しているの。これは知ってるわね?

 そして、燃料の水素がなくなると、次にヘリウム同士が融合して、炭素や酸素に変わってエネルギーを放出し出すの。

 この時に太陽は膨張して、周りの惑星をも飲み込んでしまう。それが赤色巨星。

 そして、いずれ近いうちにリピトール第3惑星も赤色巨星に飲み込まれて消滅してしまうわ。

 消滅する前に、人間はみんな死んでしまうけれどね。


 もう、外の気温は大変なものよ。水なんてもうほとんど蒸発してしまったわ。屋内でも息をするのが嫌なくらい。水はないのに汗ばかり出て、皆脱水で倒れていく。

 わたしも……そう、あんまり長くは持たないかもしれない。


 だから、銀河通信を発信しようと思ったの。


 そんなの意味のないことだって言われたわ。銀河通信なんか発信したって助けがくるわけじゃない。なのになぜ? って。

 なぜかしら? それはわたしにもわからない。でも、意味がないとは思ってない。

 この発信を受け取ってくれたあなただけでいい。滅んでしまった惑星のことを覚えていて、わたしたちを生かして欲しいの。


 でも大丈夫、哀しまないで。これは避けられないことだから、あなたが哀しむ必要はないのよ。

 いずれ、あなたの住む惑星にも最期が来るのと同じこと。


 もちろん、哀しくないわけじゃないわ。もっと生きたかった。もっと遊んで、仕事をして、結婚して家族を持って……素敵に歳を重ねて行きたかった。


 生き延びる方法がなかったわけじゃない。一部の人々はコールドスリープをかけて宇宙の彼方へ逃げたわ。いつか何処かに辿り着ける、そんな希望を抱いて。

 だけど、それがどれくらい大変な確率だと思う? もしかしたら辿り着く前に機械が壊れて死んでしまうかもしれない。小惑星と衝突して、目覚めぬまま死ぬかもしれない。

 どこにも辿り着けず、永遠に宇宙を彷徨うことになるかもしれない。


 それでも、希望を持って宇宙に出て行ったあの人たちは凄いわ。

 わたしは、離れられなかった。生きたかったけれど、土の上から離れられなかったの。怖くて……。

 だから、わたしの声だけでも、想いだけでも宇宙へ飛ばすわ。いつか、どこかに届くって信じて。


 ……ふう。少し疲れちゃった。また明日、同じ時間に銀河通信を発信するわね。どうか受け取ってね。





 こちら、リピトール第3惑星の通信士カタリナです。


 聞いて、今日わたし結婚しました。

 笑わないで、本当よ。プロポーズされて、迷わずOKしたわ。


 相手はわたしの幼なじみのジャンよ。


 わたしたちが生まれた頃から、すでにリピトール第3惑星の消滅はわかっていたことだったの。だから、子どもを産む人はほとんどいなかったわ。だから、わたしのママはわたしを産んでしまったって、随分心を痛めていたの。


 でも、それなりに楽しかったわ。同じように滅びの前に生まれてしまったジャンと二人、仲良く無邪気に育ったの。

 周りには同世代の子どもはすでにいなかったから、二人寄り添うように育ってきたわ。

ジャンのことをいつの間にか愛していたし、将来は結婚するものだと漠然と思ってた。

 だけど、滅びが予想外に早くて、結婚も出来なかったって思ってた。


 あぁ、それなのに、ジャンはわたしに言ってくれたのよ。結婚しようって。


 嬉しかったわ。

 そして、ひどく哀しかった。


 二人で歩むべき未来がないことが、こんなに哀しいと思ったことはなかったわ。

 産まれた時から今まで、ずっと心の準備をしてきたはずだったのに全然ダメ。哀しくて哀しくて仕方ないの。


 ごめんなさい、泣いてたって仕方ないのに……。






 こんにちは。リピトール第3惑星、通信士カタリナです。


 昨日はごめんなさい。


 ジャンとあれから話して、未来がなくとも一緒に生きて行こうって決めたわ。

 こんな状態でも、愛する人がいて、その人と一緒に暮らせるっていうのはとても幸せなことだって気がついたから。

 毎日を大切に、大切に生きようって決めたの。


 生まれてきて良かった。そう思えるように。


 実際、思い返すとそう悪い人生でもなかったと思うわ。

 幼い頃は、誰からも可愛がられたわ。それはジャンも同じ。だって子どもがいないのだもの。わたしとジャンはみんなのアイドルだった。


 王子様とお姫様。

 そんなわたしたちは、喧嘩もしたけど本当に仲良く育ったわ。


 いつだったかしら。まだ小さい頃ね、木登りしてたの。そうしたら調子に乗っちゃって、どんどん高く登っちゃってね。気がついたら降りられなくなっていたの。我ながら、どうやってこんな高いところまで登ったの? っていう感じで。地面がすごく高くて、足がすくんでしまったの。


 そうしたら、ジャンが助けに来てくれてね。一生懸命登ってきてくれて、怖がるわたしの手を取って言うの。大丈夫だからおいで、って。

 そんなジャンの声に励まされて、泣きながら少しずつ下へ降りたわ。でも、最後の最後に足を滑らせちゃって。ジャンまで巻き添えにして下へ落っこちたわ。

 痛かったけれど、なぜか笑えてきちゃってね。


 あの頃はまだ、外で遊ぶことも出来たのだけれど……。

 もう一度、外で木登りしてみたいわ。






 わたしが通信士になったのは15歳の時。

 こっちは情報が社会を担う上でとても重要なものになっているの。情報化社会とでも言うのかしら。

 だから、あふれ返る情報を統括して、世界へと発信する通信士は、特に重要な仕事なの。


 通信士になれた時は嬉しかったわ。ずっと夢だったの。パパが同じように通信士だったからかもしれない。仕事してるパパって凄く格好良かったから。


 だから、それだけでもわたし、幸せだった。


 通信士って意外におもしろいのよ。情報を世界へ向けて発信して、その情報によって世界を動かしているんだもの。

 そうして今、わたしはあなたへ向けて銀河通信を発信してる。

 素敵なことだわ。






 生きるってどんなことなんだろう? じゃあ死ぬってことは?

 最近、そんなことをよく考えてる。


 わたしは、この世に産まれ落ちたその瞬間から、死に向かって歩き始めた。けれど、それはあなただって同じだと思う。あなただって、いつかは死ぬ。死へ向かって歩いてる。ただ、それがどこにあるのか、いつ訪れるのかがわからないだけ。


 わたしとあなたの死の形は少し違うけれど、本質的には同じこと。


 死は怖いことだけれど、それがあるからこそ幸せになれることもあるのかもしれない。だからこそ一生懸命に生きようと前進していけるのかもしれない。


 わたしは、そうだったわ。今でもそう。

 夢を叶えるために頑張ったわ。そして今また、新たに夢を手に入れた。ジャンと二人で幸せに生きる夢を。


 きっと叶えてみせるわ。たとえ短くたってかまわない。


 わたしは生きる。わたしたちは生きるわ。

 だから、あなたもどうか夢を持って、素敵に生きられますように。


 たとえ、世界が闇に沈んだってかまわない。だって、人は誰だって、闇を照らす灯りを胸の中に持っているのだから。

 そう、誰かが言ってた。歌うように言ってた。

 だから絶望してはいけない、と。いつだって、希望はそこにあるのだからと。


 ……ごめんなさい、少し疲れたわ。喋りすぎたのかしらね。

 もうそろそろ、わたしも休んだほうがいいみたい。


 ジャン? 彼ならもう先にベッドで休んでる。さっきまでわたしとずっと喋っていたの。だから、彼も疲れたのかもしれないわね。ぐっすり眠ってる。


 だから、わたしもジャンと一緒に眠ることにするわ。

 わたしの通信に今まで付き合ってくれてありがとう。

 じゃあ、またね。おやすみなさい……。




<Fin>

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