戦士とお茶
魔コーヒーのふくよかな香りの漂う喫茶ファウンテン、その奥の席に戦士と共に座ると、顔馴染みの店員が注文を取りに来た。
白いエプロンがよく似合う彼女はユウキを見ると駆け寄ってきた。
「おひさしぶりです! お客さん、元気だったんですね!」抱きつかんばかりの勢いである。
「お、ひさしぶり」
だが彼女はスッと目を細めると一歩、後ずさった。
「あなた……誰ですか?」
「えっ?」
「失礼しました。前によく来ていたお客さんに似ていたので間違えたみたいです……変ですね、性別が違うのに……」
ここに至りユウキは思い出した。この店員と顔見知りになったのは自分が女体だったころのことである、と。
(もしかしたらこの店員さん、女体のオレが急に店に来なくなって心配しているのかもな。そういうことなら少し安心させてやるか)
「あんたのことは……あ、姉から話を聞いたことがあるよ」
脳裏にナビ音声が響いた。
「スキル『嘘』を獲得しました」
(嘘って、人聞き悪いな。オレの正体を明かせば面倒なことになりそうだから、仕方なく……)
「そういうときのために使うスキルですよ。嘘も方便といいますよね」
ならばとユウキは堂々と『嘘』を使うことにした。
「そう……前にこの店によく来ていたのは、オレの姉なんだよ。だから顔も似てるだろ?」
店員は目を丸くしてユウキを見つめている。
「ということは、あなた、あの素敵なお客さんの弟さんなんですか!」
「そういうことだな。姉は急な仕事でソーラルを離れてる。だが『喫茶ファウンテンには可愛らしい店員さんがいて、とても居心地がいい』って、姉からよく聞いてるぞ」
「私、お姉さんと図書館に行く約束してたんです」
「え、そうだったっけ?」適当な世間話の中でそんな話が出たような気もするが、約束までした覚えはない。
だが店員は深くため息をついた。
「はあ……行きたかったな。お姉さんと図書館。なんであの日、断っちゃったんだろ。仕事が忙しくても行けばよかったのに……」
ユウキはスキル『流れに乗る』を発動した。
「じゃあオレと行くか?」
「え? ……ええ! 私、昼から空いてます!」
そこで店員は戦士の存在に気づいた。
「はっ。すみません、注文取らなきゃですね」
「魔コーヒーふたつ頼む。昼に図書館で会おうぜ」
「はい!」店員は厨房に消えた。
「すまん、待たせたな」
ユウキは戦士に向かい合った。
*
戦士とは思いの他、会話が弾んだ。
彼女はユウキにとってかなり魅力のある女性で、しかも冬だというのに露出度の高い鎧を着ている。
鎧の上に毛皮のケープを羽織っているが、すらりとした太ももは露わになっており、ユウキはずっと気を取られ続けている。
(いかんいかん、集中だ)
なんとか会話の流れを生み出すことに努める。
「ええと……オレはこのあたりでぶらぶらしてるただの一般人なんだが……」
「一般人? そんな風には見えないな。冒険者のようでもあり、旅人のようでもあり……他にもさまざまな属性を感じる」
「まあいろいろやってるんだ。そっちは最近、どんな感じなんだ?」
「なにがだ?」
微量ながら魔力を高める魔コーヒーを傾け、それがもたらす久しぶりのゾクゾク感を味わいながら、まずは最近のギルドの情勢について聞いてみる。
すると返答があった。
戦士曰く、なんでもアーケロン全土で闇の眷属が本格的に蘇りつつあるとのことだ。
さらにソーラルの『大穴』の深層から妖魔が湯水のごとく湧き出しており、それらの討伐のため冒険者の需要が急増しているとのことである。
「ギルドは引退した冒険者をかき集めているが、まったく人手が足りていないようだ」
「まじかよ」
そういえば伝説の冒険者にしてギルドの相談役であるエクシーラの姿は昨夜、塔になかった。
おそらくギルドの仕事……それも塔の防衛に匹敵するかそれ以上に重要な仕事で忙しかったのだろう。
(このご時世、ヤバいのは闇の塔だけじゃなさそうだな……)
腕を組み世界情勢について考えていると、戦士はチラリとケープの裾を捲ってみせた。
ミスリルの輝きと共に戦士の脇腹が見えた。瞬間的にユウキの意識は戦士の肉体に惹きつけられた。
戦士は鎧を撫でながら呟いた。
「このままでは世界が危ない……だから私は我が家に伝わるこの鎧を身につけて、村を出てソーラルに来たんだ。私でも何かできる。そう思って」
「そ、そうか、偉いじゃないか。ところでその鎧、かなり表面積が少ないが、それはどういう……」
おずおずと訊くと戦士は教えてくれた。
なんでもこの鎧は、肉体が本来的に持つ魅力を戦闘力に変換する機能を持っているそうである。
表面積が少ないのは、肉体の魅力をブーストするためと、主材料であるミスリルを節約するためだそうである。
「ふむ。何事にもしっかりとした合理的な理由があるんだな」
「だが……こんなものを着て往来を歩くのは、正気の沙汰じゃない。だからツレには私抜きでギルドに行ってもらった」
「やっぱり恥ずかしいのか、それ?」
「あ、あたりまえだ! 私をなんだと思ってるんだ!」
戦士は急に顔を赤らめると、ケープで鎧と地肌を隠した。しかし太ももは露わになっており焼石に水に思える。
「そういうのが好きで着てるのかと」
「好きなわけないだろ!」
「嫌なら脱いだらいいんじゃないか?」
「そ、それはできない。鎧のポテンシャルを極限まで引き出すには、金属繊維に私の肉体のエネルギーを馴染ませる必要がある。でもこの鎧を着て都会の往来を歩くのは嫌なんだ!」
「…………」
「だからギルドでの手続きはツレに代行してもらって、私は宿屋で待機しようとしていた。そんなとき君が声をかけてきて……」
戦士は人目を気にするように喫茶店内を見回した。幸いなことに早朝で他に客はいない。
だがユウキの視線がさきほどから戦士の太ももや胸の谷間に引き付けられている。そのことに気づいた戦士は顔を赤らめ、よりしっかりとケープを閉じた。
「すまん。つい……」
「いいんだ、こんな鎧を着ている私のせいだ」
「それは確かにそう」
「はあ……やっぱり向いていないのかなあ。こんな鎧を着て冒険者をやるなんて。これではあの人に顔向けできないよ」
「あの人?」
「ああ……私がこの鎧を着ようと決意したのは、あの人……『異界の聖女』のおかげなんだ」
「なんだその強そうな新キャラは?」
「君も覚えているはずだ、あの『姫騎士と百人のオーク』の夜を。石板通信網を通じてアーケロン中に映像が送られたからな」
「ま、まあな」
忘れたい記憶ではあるが、とうてい忘れられるものではない。
「あの夜、オーク百人に蹂躙されながらも愛の力でアーケロンを戦乱から救った謎の美女……それが異界の聖女だ! 彼女に憧れて、私もこの鎧を纏うことに決めたんだ!」
「ま、まじかよ。あんなのに憧れる奴がいるだなんて……」
「おい、あんなものとはなんだ!」
どん、と戦士がテーブルを叩いた。
「異界の聖女は、アーケロン中の人民に模範を示したんだ! 我が身を曝け出す勇気を! 無条件に愛する力の強さを!」
「お、おう……」
「だがあの屈強なオーク百人にめちゃくちゃにされて、さすがの聖女も心と体に傷を負ったらしい。それで聖女は故郷である異界へとお隠れになった」
「へえ。そんな話が広まってるのかよ」
「そんな話とはなんだ! ゴゾムズ教会、冒険者ギルド、ソーラル市庁の公式発表だ。疑うのか!」
「い、いや、信じるよ。だいたいにおいて事実だし、有益な公式ストーリーだと思う」
「異界の聖女さまはな、いつかはまたこの世界を救うために降臨なさってくれるだろう。だがそれまでは私たちが自力でこの世界を守らなきゃいけないんだ! だから私が!」
「わ、わかったよ。『異界の聖女』のことは、まあオレもそんなに嫌いじゃない。あいつなりに頑張ってたと思う。……今思えばかなり気持ちよかったしな」
「気持ちいい?」
「気にしないでくれ。それにしても戦士さん、意外に熱い心の持ち主だったんだな」
「そ、それほどでもないが……とにかく私もあの聖女のように恥を捨てて、自らを表現して戦うことにしたんだ。それがこの鎧を着る時に立てた誓いだ!」
「だったら今さら恥ずかしがるなよ」
「恥ずかしがってなんかいない!」
「だったらちょっとその鎧、見せてみろよ」
「な、なんでお前に見せなきゃならない」
「いいだろ」
ユウキは戦士のケープに手を伸ばし、その胸元を開こうとした。
「きっ、斬るぞ!」
戦士は腰の片手剣に手をかけた。
「いいぜ。切ってみろよ」
そう言いつつも恐怖で指先が震えそうだ。スキル『深呼吸』を発動して恐怖を抑え、戦士の瞳をしっかり見つめながら指を動かす。
やがてケープのボタンが外れた。
ユウキはゆっくりとケープを開き、その奥に隠れていた鎧を見つめた。
「…………」
「おい……」
「ん?」
「いつまで見てるんだ……もういいだろ……」
ユウキはスキル『褒める』を発動した。
「綺麗だ」
戦士の耳朶が赤く染まっていくのが見えた。
*
ふいに戦士はユウキの手を払って立ち上がると、二人分の魔コーヒー代を払って店を出た。
ユウキは後を追った。
「魔コーヒー、ごちそうさま」
戦士は無言で噴水広場を早足で横切っていく。
ユウキはスキル『粘り』を再発動した。
「ところで……ちょっと聞きたいことがあったんだが」
「覚えている。癒し手を探しているんだったな。しかも……闇に近い属性の癒し手を」
「ああ、そういうことになるかな」
戦士は噴水広場からギルド方面へと続く路地の入り口で足を止めると、ケープのポケットから一枚のチラシを取り出した。
「昨夜、近くのギルドの裏路地で暗い目をした少女が配っていた」
ユウキはチラシを受け取って眺めた。
そこには手書きで『あなたの悩み、大天使の力で解決します。心と体を癒します』と書かれていた。
「なんだこりゃ、『癒し手』の営業チラシか。ずいぶん素人臭いデザインだな」
「普通、『癒し手』は冒険者ギルドかゴゾムズ教会を通して仕事する。こんな営業をするのは認定資格のない素人だろう」
「素人なら役に立たなそうだな。チラシもいかにも素人っぽい」
「そうかもしれない。でもそのチラシを配ってた少女……暗い目をしていた。若い頃の私に似ていた」
「あんた、若い頃、どうだったんだ?」
「荒れてたよ。夢に闇の女神が出てきたこともある。もしかしたら勧誘されていたのかもしれない、闇の軍勢に」
「…………」
「だけど私は『異界の聖女』の放つ愛の放射を浴びて、闇の誘惑を振り切ることができたんだ」
「ははは。そんな効果があるかよ」
「『異界の聖女』を馬鹿にするな!」戦士は路地の壁を叩いた。石組の壁にヒビが入った。
「すっ、すまん……わかったよ、あの夜の陵辱劇が、あんたに何かしら良い影響を与えたんだな。そうだとすれば多少はオレの気も休まる」
「わかればいいんだ。私は『異界の聖女』に救われたんだ。だけどこのチラシを配っていた少女は、今にも闇に落ちそうだった。だから君……時間があったら見てきてくれないか、この子のことを」
「オレが見たところでなんにもならないぞ」
すると戦士はしばらく迷うように言葉を止めてからつぶやいた。
「君からは、異界の聖女と似たものを感じる。変な話だけど」
(そりゃ同一人物だからな)
「私、ここで鎧を恥じて宿にこもっていたら、冒険者をやめていたかもしれない」
「まじかよ。結構深刻だったんだな」
「だけど……行くことにするよ。今から間に合うかわからないけど、やっぱりギルドへの登録は自分でしたい」
「おお、急げよ」
「その前に……同期しないか? 石板」
戦士はポケットから可愛らしくデコレーションされた石板を取り出した。
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