第66話 決着

 名曲『君のおかげ』はワンコーラス歌うごとに感謝が高まっていくようデザインされている。しかも楽曲をループ再生するよう双子に指示しているため、無限に歌い続けることができる。


 その果てしないループの中でユウキは熱唱しつつ皆に感謝した。

 

 まずシオンに感謝。あいつに召喚されたおかげでなにかと死にそうな目にあっているが、家にいるときよりも人間的に成長できているのは確かだ。


 次にゾンゲイルに感謝。彼女は今、星歌亭でルフローンの絶対防衛フィールドの突破を試みているはずだ。フィールドのせいで死ぬかもしれないが、前に死んだときもすぐに生き返ったし、今回も大丈夫だろう。あの人間離れした生命力が何に由来するのかは不明だが、頑丈なのはいい事である。


 そしてVIP席で暗黒剣を振っているアトーレに感謝。さすがに強いな。それにしても暗黒評議会はトップの裏切りによって崩壊したそうだが、このあとアトーレはどうするんだろう? 給料とか出なくなるんじゃないか。気になるところである。


 祭壇の縁で笛を吹き鳴らしているラチネッタにも感謝。この冬を超えて暖かくなったら発情期が始まるそうだが、ひごろ真面目に働く彼女がどう変わるのか今から楽しみである。


「というわけで、みんなー、ありがとう!」


 感謝するごとにユウキのハートが開き、それによって観客と視聴者へのエネルギー伝達率が高まっていく。


 ユウキはさらに伝達率を高めるため、伝説の楽器をかき鳴らしているエルフとその配下の冒険者たちに感謝した。


 そもそも今回のこの騒動は冒険者ギルドが片付けるべきトラブルであって、本来オレには関係のないことである。無関係のオレがこんなにも頑張っているのだから、あとでそれなりの褒賞を要求したい。その褒賞に前もって感謝。


「ありがとー!」


 と、そのとき、ゴーレムの操縦に集中しているゴルゲゴラの手から、ノームの技術者ルーファがマスター石板を奪取した。


「貴様、返しやがれ!」


「断る。私が開発した技術は世界の進化のために用いられるべきものだ。戦争という後退的なイベントを引き起こそうというあなたの考えに私は賛同できない」


 ルーファは逃げながらもきちっと反論し、その後にマスター石板を操作した。


 その操作によってまるで魔法のように、ユウキの歌、楽曲、生演奏の音量バランスが調整されていった。


 これにより祭壇でのライブはよりクリアに全世界に届くようになり、エネルギー伝達率はますます上がった。


「サンキュー、ルーファ!」


「テクノロジーは使いようによっては善にも悪にもなる。世界を進化させる善のためにユウキに使ってほしい!」


 ルーファは黒装束集団から逃げながらユウキに叫んだ。


「任せろ! みんなー、ありがとう!」


 とりいそぎ引き続き全員に感謝していく。感謝の気持ち、それは善か悪かといえば善に違いない。


 だがここでゴルゲゴラが召喚したゾンビや骸骨が会場入り口から客席へと雪崩れ込んできた。


「よし来たな! 殺せー殺せー、全員殺せ! 無力な市民から殺せ!」


 どうやら客席の市民を殺しそれによってゾンビを増殖させ、しかるのちに冒険者やエクシーラを圧殺するという戦略のようである。


 冒険者が叫んだ。


「な、なんて卑劣なことを! ダメだ、人手が足りない! 市民を守りきれないぞ!」


 だがVIP席のココネルが立ち上がると、のんびりした足取りで死霊集団に向かっていった。


「おいあんた。危ない、喰われるぞ!」盾でゾンビを押し返しつつ冒険者が叫ぶ。


 しかしココネルはこともなげにゾンビに近寄ると、大口を開けて食らい付こうとしてくる死体に声をかけた。


「ん。成仏する?」


 ココネルがそう声をかけると、死霊たちは『そういう方向性もあったのか』と気付いたかのごとく動きを止めていった。どうやら成仏したらしい。


 ココネルが通った後にはただの物質と化した屍肉や骨が残されていく。


 おかげでB級ホラーめいた無意味な混乱を見ずにすんだ。ユウキは感謝した。


「さすがゴゾムズ教のトップだ! ありがとう!」


「ん。こっちは任せて」


 ココネルはさらに強力なゴゾムズ放射を発すると、死霊の広域浄化を始めた。それによりゾンビ、骸骨たちは気持ちよさそうに昇天していった。


 ここに来てついに戦力バランスが崩れ始めた。


 ゴルゲゴラが操るサンドゴーレムたちは暗黒剣の直撃を何度も受け、すでに全身が崩壊している。


 黒装束集団は冒険者の刃によって勢いよく四肢を切断され血風を撒き散らされ無力化されている。


 一方、ノームのルーファの的確な音量調整により、ユウキのライブは催淫剤から生じるエネルギーを安定して公衆に伝達し、それを速やかに消化している。


 結果、いまや催淫剤そのものがユウキの中で速やかに分解されつつあった。


 余裕が出てきたユウキは悪者たちにも感謝した。


「黒死館のみんなー、儀式を盛り上げてくれてありがとう!」


 地に崩れおちた黒装束集団は手足の切断面から気持ちの悪い蟲を噴き出しながらビクビクと痙攣している。


 死なれたら雰囲気が悪くなるところだが、どうやらあの蟲の効果で命は助かりそうである。


 ここで死霊の浄化を終えたココネルがユウキに指示した。


「ん。最後に歌をオークたちに向けて」


「わかった……百人のオークのみんなー、今日は本当にありがとう! またねー」


 ユウキは精一杯の感謝とともに、聖なるゴゾムズ放射を歌に乗せてオークたちに向けた。


「ふひひひひ……ふひひ……さよなら、姫騎士ちゃん……おじさんたち、最後に君の歌を聴けて幸せだったよ……」


 百人のオークたちからどす黒い悪霊のオーラが放出され、それはゴゾムズ放射の清らかな光に当てられて分解、浄化されていった。


 ゴルゲゴラが絶句した。


「あ……悪霊どもが……成仏しやがった……」


「あなたの計画は失敗よ! 観念してお縄につきなさい!」


 いまだ弦楽器をかき鳴らすエクシーラが叫んだ。


「か、かくなる上は、差し違えてやるぜ!」


 ゴルゲゴラは毒の滴る短剣を鞘から抜くとVIP席から飛び降りエクシーラに切りかかった。


 エクシーラは弦楽器をかき鳴らしていた三味線のバチ状の器具で短剣を受け止めると、返す刀でゴルゲゴラを脳天から両断した。


「ぎゃああああああああああ!」


 鈍いバチによって力任せに切り裂かれたゴルゲゴラから絶叫が上がる。そこに何人もの冒険者が腹に剣を抱えて体ごと突っ込んでいく。


「おんどりゃあ! 迷惑かけやがって!」


 ぐさっ。ぐさっ、ぐさっ。


 エクシーラは穴だらけになったゴルゲゴラを魔法の縄で縛ると宣言した。


「この勝負、私たちの勝ちよ! ゴゾムズの威光はいまだアーケロンをあまねく照らしているわ!」


 ユウキは楽曲をフェイドアウトするようスタッフの双子に指示しつつ、締めの感謝をマイクに向かって叫んだ。


「会場まで観に来てくれたみんなー、石板で観てくれたアーケロンのみんなー! 人間、エルフ、ドワーフ、ノーム、オーク、猫人間、その他の種族のみんなー! 今日は本当にありがとう! みんなのおかげで勝てたよー!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 観客席からスタンディングオベーションが上がる。


 またアーケロン全土から視聴者の熱狂と感動と興奮のエネルギーが返ってくるのが感じられる。


 その栄光に包まれてユウキはうっとりと瞳を閉じた。


 *


「ふう……さて、と……」


 勝負は決したが、いまだ『防衛のクリスタル』が効いているため、ユウキは祭壇から降りることができなかった。


 冒険者が次々と黒死館関係者をお縄にかけているのを遠目に見つつ、半裸の双子と共にベッドに腰掛けて休む。


「今日はあんたたちもよく頑張ってくれたな。おかげで勝てた」


 自然にスキル『ねぎらい』が発動される。


「わ、我らなど何も……」


 謙遜する双子の背を軽く叩きつつ、祭壇の外の関係者にも次々とねぎらいの言葉をかけ、一段落した雰囲気を醸成していく。


 それによりユウキ自身の中にも、これにて一件落着という気分が高まっていく。


「いやー疲れた疲れた」


 今日は闇の塔に帰ってぐっすり寝るぞという日常的なことを考える余裕も出てきた。


 まだ微妙に催淫剤が残っており体の奥が疼いているが、人前で異常行動するほどでもない。


 客席では冒険者たちが黒死館関係者を次々と捕縛していく。


「とりあえずあいつらも生きてるみたいだな。あれだけ手足をバラバラにされてるのに、しぶとい奴らだ」


「まったくである。はっはっは」


 双子とユウキは和やかに笑い合った。


 最終的には死傷者ゼロということで片付きそうである。


 先ほどまで怨霊に取り憑かれていた百人のオークたちも正気に戻り、ユウキに謝罪した。


「姫騎士様……いいえ、その影武者のお嬢さん……今回はたいへん申し訳ないことをしました。儀仗衛兵隊を代表して心からお詫び申し上げます」


「お、隊長。正気に戻ってよかったな」


「我々は間も無く死すべき運命ですが、先ほどお嬢さんに見せていただいたゴゾムズの光を心に抱き、潔く成仏しようと思います」


「おお、頑張れ」


 あまり堅苦しい話は好みではないので、ユウキは適当にオークの隊長の言葉を聞き流した。


 そして……数瞬おいてから気づいた。


「『死すべき運命』だと? 何言ってんだあんた?」


 そうユウキがオークの隊長に聞いた瞬間、VIP席で背中で縛られたゴルゲゴラが哄笑を発した。


「クハハハハハハハハ! このまま綺麗に終われると思うなよ! この世は弱肉強食だぜ! 勝者は敗者の破滅を見届けるのが義務だぜ!」


「負けたことが受け入れられず、頭がおかしくなったのか? オレはもう塔に帰って寝たいんだが。早くこの『防衛のクリスタル』のバリアを解除してくれ」


「クハハハハ! それは誰にも無理だぜ。防衛のクリスタルは発動後、三時間はバリアを維持し続けるぜ。そのバリアの中で、お前はオークの血肉をシャワーの如く浴びる運命にあるんだぜ!」


「な、なんだと? 何を悪趣味なことを言ってるんだ」


「クハハハハハ、覚えていないのかよ。前に俺様が言ったよな……『オークたちはここで姫騎士を犯せないと爆発して死ぬ運命なんだぜ。五百年という時間の中で悪霊が溜め込んできた性欲が逆流し、その依代である儀仗衛兵隊の肉体ごとすべてが吹き飛ぶんだぜ』……ってな」


「ま、まさか……ほ、本当にそんなことが……百人のオークが爆発する……だと?」


 信じられぬままユウキが儀仗衛兵隊を見ると、その全身からかすかに煙が噴き上がっていた。


 衛兵隊の隊長は言った。


「お嬢さん。そこのベッドを立てて、その影に暗黒戦士たちと隠れていてください」


「な、なんでだ?」


「百人が連鎖反応によって爆発するからです。爆発はかなりの勢いになるでしょう。我々の太い骨も爆散するので危険です。念のためにベッドを盾に……」


 冗談ではなく、本当に百人の犠牲者が出るというのか。


 ユウキは絶句した。


「ま、まじかよ……」


 そうこうする間にもオークたちから立ち登る煙の勢いは次第に強まってきた。


 隊長は部下に指示を出した。


「儀仗衛兵隊の精鋭たち、祭壇の端に整列!」


 隊長のその命令によってオークたちは祭壇の隅に整然と並んだ。爆発をできるだけユウキたちから離そうという配慮か。


「クハハハハハハ! 悪霊を身に宿したものの哀れな末路だ。みんなで見届けてやろうぜ!」


「お、おい、まじでやばいぞ。誰か……誰か止めてやれよ! そうだシオン、魔法でなんとか……」


「む、無理だよ。オークたちの体をスキャンしてみたけど、性エネルギーを女体に向けて放出する以外に爆発を止めることはできないよ!」


 このやりとりはいまだ全国に放映されており、アーケロン全土の視聴者と観客は口を手で覆って祭壇を再び注視した。


「ユウキ殿、早くこちらへ!」双子の暗黒戦士がベッドを引き起こした。


「お、おう……」


 ベッドの影に隠れながらもユウキは百人のオーク……特に罪のない奴らが爆散して死ぬことに納得ができなかった。


「あ、あんたたちは何も悪くないだろ……」


 ユウキはベッドの影からオークたちに声をかけた。


 隊長が俯きながら呟いた。


「いいえ。私たちは高潔なオーク儀仗衛兵隊でありながら、無意識下とは言え、悪霊に同調する穢れた心を持っていたのです」


「…………」


「そう……姫騎士を犯したいなどという汚れた想いを微塵でも抱えていた私たちは、今後のオーク帝国の臣民への警鐘とするためにも、ここで爆散すべきなのです」


「ばっ、バカな……別にそんなことで死ななくても……」


「いいや。お嬢さん。君の思いやりは嬉しいが、儀仗衛兵隊はオーク帝国の若者の憧れだ。ケジメはしっかりつけなければ」


「そ、そうか……」


 本人たちがそれでいいというのなら爆発するのも仕方がない気もする。


「でも……もし生き残れるとしたら、どうする?」


「お嬢さん。ありもしない希望を見せるのはやめてくれ。私たちの体はもうボロボロだ! 悪霊が残していったエネルギーの逆流によって、爆発が近づいている。だがオーク儀仗衛兵隊は死を恐れず……」


「たっ、隊長! 私は死にたくないであります!」


「わっ、私の家には五人の子供と愛しい妻が残されているであります!」


「馬鹿者! オーク儀仗衛兵隊としての矜持を見せろ!」


 愁嘆場を演じるオークに、ベッドの陰から再度ユウキが声をかけた。


「一応……死なない方法はあるみたいだぞ……性エネルギーを女体に向けて放出したらいいんだ。そうすれば死なない」


「どこにそんな女体などあるというんだ。隊員を待つ妻たちがいるのも遥か故郷だ!」


「……女体ならあるぞ。ここにな」


 ユウキはベッドの影から出ると、自らを指さした。

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