第67話 教皇と悪魔

 自分の女体に向けて性エネルギーを放出したらどうかというユウキの申し出を、オークは丁重に辞退した。


「お嬢さん……そのお申し出だけで十分だ」


「そんなこと言ってないで、早くしないと本当に爆死するぞ」


「私たち儀仗衛兵隊はすでに死を受け入れている」


「た、隊長! 私は死にたくないであります!」


「ほら、部下がそう言ってるぞ」


「お前たち、オークのエリートとしての矜持を見せろ! 死に際こそ戦士の価値の見せ所だ」


「戦場で死ぬならまだしも悪霊に取り憑かれた末に無意味に爆発して死ぬなんて嫌であります!」


「クハハハハハハ、見ろ、これが今のオークだ。すっかりゴゾムズ教会に去勢されてやがる」


 ゴルゲゴラが哄笑を響かせる中、隊長が言った。


「そもそもお嬢さん、自らの貞操を差し出そうというその申し出は、先ほどのお嬢さんの戦いの意味を無効化するものでは? それによって私たち百人どころではない大量の命が失われるのではありませんか?」


「つまり……オレがあんたたちに犯されることで、ゴゾムズ教会の権威が失墜し、それによって戦争が起こるってことか?」


「その通りです。対局を見据えた判断を望みます」


「それなら大丈夫だ。あんたたちが正気に戻ったおかげで、オレは自分の正体を遺憾なくバラせる。……観客、視聴者のみんな、聞いてくれ! オレは本物の姫騎士じゃない! 代打の影武者なんだ!」


 ユウキは石板放送網を使ってアーケロン全土の市民にことのあらましを説明した。


 自分は一時的にゴゾムズの力を借りているだけであり、本物の姫騎士は別にいて、彼女の力は自分より遥かに強いことを周知した。


 またこの後、自分はオークたちに犯される予定であるが、それはあくまでこの影武者の自分がオークを助けるため自主的に犯されるだけであり、ゴゾムズ教にはなんら関係ないことを説明した。


「よし、これで問題は無くなったぞ。あんたたちがオレを犯してもゴゾムズ教の権威は失墜しない。それゆえに第二次アーケロン大戦も起こらない。おい、ココネル! これでいいな?」


 ユウキは振り向いてVIP席の本物の姫騎士に聞いた。作業着に身を包むココネルは鷹揚に頷いた。


「ん。すべてユウキに任せる。内なるゴゾムズの導きに従って」


 ゴゾムズに導かれているかどうかは知らないが、とにかく目の前で百人のオークが爆発して死ぬのは防ぎたい。それが人権意識の進んだ世界から転移してきた者の勤めである。


 ましてやそのための手段があるなら、全力でそれをするだけだ。


 ユウキは隊長に向かって叫んだ。


「よし、本物の姫騎士の承諾も得た。これでもうなんの問題もないぞ! あんたたち、早くこっちに来いよ。体から噴きでる煙がどんどん多くなってる。爆発する前に早く……!」


 しかし……。


 オークの隊長は首を横に振った。


「すまないが、断らせてもらう。そこまで私たちの命を気遣ってくれて恐縮ですが、儀仗衛兵隊はそのようなことをしてまで生きていこうとは思わない」


「な、なんでだ」


「オークは生まれながら凶暴な本能を持っている。だがそれを抑圧しコントロールすることを学ぶことで成熟したオークとなるのだ」


「……確かにあんたたち、体はでかいが優しそうだもんな」


「うむ。特に私たち儀仗衛兵隊は完璧な本能のコントロールを身につけており、それが部隊の誇りでもある。それを失うのは死よりも恐ろしいことだ。そうだな、お前たち?」


「はっ。その通りであります。死が怖いなどと、先ほどの私の泣き言は間違っておりました。死を回避するため汚れなき乙女を汚すなど、そんなことは人道的見地から許されるものではありません」


「なんだよ、めんどくさい奴らだな。その汚れなき乙女であるオレが、やっていいって言ってんだよ。女体に性エネルギーを放出すれば命が助かるんだろ?」


「お嬢さん……人前でそのような品のないことを言ってはいけない。自分を大切にするんだ」


「なっ、なんだと」そう言いつつもユウキの頬が恥ずかしさで赤く染まる。


「クハハハハハハ。これがゴゾムズに教化され漂白された現代の弱いオークだ。邪悪な支配欲を失ったオークなど存在意義は無いというのにな」


「いや、さすがにそれは言い過ぎだろ」


「クハハハハ……影武者……ユウキとか言ったか。お前、考えてみたことはあるか?」


「何をだ……」


「世界の……あまたある世界の存在意義だ」


「あ、あんたも知ってるのか? 世界がいくつも存在しているってことを?」


「クハハハハ……俺様とて魔術師の端くれ、知ってて当然だぜ。死霊術の最高位スキルには、よその世界で死した霊をこの世界に呼び寄せる技もあるぐらいだぜ」


「まじかよ……」


「とにかくだ、俺様の理解によれば、世界にはそれぞれ役割があるんだぜ。この世界の役割は『剣と魔法のバトル』だぜ。剣と魔法の戦乱を体験したい魂のためのプレイグラウンド、それがこの世界なんだぜ」


「ま、まあ言われてみれば、確かにこの世界は剣と魔法がメインモチーフっぽいよな。だが戦乱なんてないじゃないか」


「それが問題だってことぜ。この世界は存在意義を失っている。それに気づいた俺様が戦乱を再びこの世に巻き起こそうと努力しているってわけだ」


「戦乱がないのは平和でいいことだろ」


「いいや、戦乱というこの世界の存在理由がなければ、魂がこの世界に新規没入して来なくなる。新規没入が途絶えれば新たに産まれてくる子供は減り、やがてはこの世界は滅亡する」


「ば、バカな……」


「善と悪、光と闇、エルフとオーク、そういったコントラストが無ければ全ては曖昧模糊とした無意味な灰色と化してこの世界は死ぬんだぜ。俺様はそれを防ぎたい! 血湧き肉躍る戦乱を再びこの世に巻き起こすことによって!」


「お黙りなさい! ユウキ、ネクロマンサーの戯言になんか耳を貸さないで!」


「わ、わかった。あいつのことは気にしない。あいつは無視して、オレたちはオレたちで始めるぞ」


 ユウキはオークの隊長を手招きした。


「いや、繰り返すが私たち儀仗衛兵隊は清らかな死を選ぶ」


「なんでだよ?」


「長年の研鑽によって得た本能のコントロールをこんなことで手放すわけにはいかない。それは死よりも恐ろしいことだ」


「そっ、それなら本能をコントロールしながら性エネルギーを女体にぶつけたらいい」


 ユウキはスキル『討論』『説教』『粘り』を発動した。


「そう……本能に飲まれるのではなく、意思によって本能をコントロールした上で、性エネルギーをオレにぶつけたらいい。な?」


 しかしどう説得してもオークは考えを変えそうになかった。


「そ、そうだ……こんな時のための人格テンプレートがあったはずだ。チェンジ、パーソナリティテンプレート……『ハイエロファント』!」


 ユウキは人格テンプレートを『教皇』に切り替えた。


 これによりスキル『討論』『説教』がブーストされ、ユウキの言葉が持つ重みが増幅された。


 またユウキ自身にも想いもよらなかった意義深く崇高なヴィジョンが閃いた。


 ユウキはオークにそのヴィジョンを堂々と説いた。


「かつてオークはゴゾムズの力に負けて自らの本能を封印したそうだな……だが今、無限なる神ゴゾムズはお前たちオークに新たな生き方を提示している。それは自らの本能を意思によって進化させていく生き方だ」


 ユウキはスラスラと新たなるゴゾムズの教えを勝手に生成してオークに説いた。


「本能を進化させる……その新たなる生き方を同胞に示すためにこの女体を犯すがいい。ただし本能に飲まれることなく、それを意思によって統御したまま……」


 しかしオークの隊長は俯いた。


「そ、そんなことが可能とは思えません。私たちオークの本能はあまりに強く、それを呼び覚ましたら最後、私たちは動物のようになってしまうでしょう。それは恥じるべき事です」


「いいや、できるさ。あんたたちなら。オークの邪悪で凶暴な本能を、自他の喜びを増幅させ、世界に平和を生み出すための力に進化させていくことができるさ、きっと……」


 ここにおいてついに、目前に迫る死に怯えていた隊員たちから、前向きな声が上がる。


「隊長……挑戦してみましょう!」


「このお嬢さんは私たちに新しい生き方を垣間見せてくださった。今度は私たちがその期待に応える番です! 隊長!」


「お、お前たち……」


 ユウキは最後の一押しをした。


「隊長、決断力を見せろ」


「わ、わかりました……ご迷惑おかけしますが、お嬢さんに私たちの性エネルギーを放出させていただきます。よ、よし、お前たち、こっちに来い!」


 隊長とオークたちはユウキを取り囲んだ。


 ユウキは暗黒戦士の双子に命じた。


「ベッドを元通りに横に倒してくれ」


 人格テンプレート『教皇』が効いているのか、双子は顔を真っ青にしながらも言う事を聞いてくれた。


 さらにユウキはオークにも命じた。


「双子の足の鎖を切ってやってくれ」


 ぶちん。


 一人のオークがこともなげに双子の足の鎖を引きちぎった。


「よし、ムコアとミズロフは祭壇の端に避難してろ。いつオークたちが爆発するともわからないからな」


「ゆ、ユウキ殿は!?」


「オレはベッドで自分にできる最善を尽くす。もしオレに何か問題が生じたら……あんたらはアトーレを補佐してやってくれ」


「ゆ、ユウキ殿……あなたという方は……」


 双子の目に涙が滲む。なんとなくユウキにも自己犠牲の感動的な雰囲気が押し寄せてくる。


 つい遺言めいた事を口走ってしまったせいで、雰囲気が湿っぽくなってしまった。


 まずいぞ。


 こんなことではとてもエッチな気分になれない。


 こんな感傷的な雰囲気の中では、オークたちもとてもオレに向けて性エネルギーを放出するような気分にはなれないだろう。


 だがことは一刻を争うのだ。


 すでに何人かのオークは凄まじい量の煙を噴き出しており今にも爆発しそうに見える。


 それを防ぐために急いで場の雰囲気を変えなくては。


 オークがオレに向けて性エネルギーを放出したくなる雰囲気を作らなければ。


 幸い、オレにはそのためのスキルがある。


「『雰囲気作り』発動……」


 ユウキはベッドに座るとスキルを発動した。


 その効果により少しずつ場にエッチな雰囲気が高まっていく。


 だがまだまだエッチな雰囲気の濃度が足りない。


 こんなことではオークたちがやる気にならない。


 ここでユウキは再度、人格テンプレート『恋人』『女帝』をデュアルアクティベートし、スキル『愛情』『笑顔』『美』『優雅さ』を連続発動した。


 ベッドのユウキの女性的魅力が跳ね上がった。


 だが……まだだ。


 こんなことではオークを百人どころか一人さえ誘惑することができない。


 いまだ俺たちは一千人の観客とアーケロンと大陸全土の数百万の視聴者に見守られているのだ。


 そんな衆人環境の中、エッチなことを集団で始めるには精神のタガを外すぐらいの強烈な魅力による誘惑が必要だ。


 オークが決意してくれただけでは足りない、オレも頑張ってオークたちを誘惑してやる必要があるんだ。


 だが……どうすればオークを誘惑できると言うんだ……。


 何もかも初体験のオレに、いったい何ができると言うんだ……。


 ゴゾムズ神よ……教えてくれ……。


 そのユウキの神頼みが通じたのかはわからないが、そのとき一つの天啓がユウキの脳裏に生じた。


 そのひらめきのままユウキはさらなる人格テンプレートを活性化しようとした。


 前の二つの人格テンプレートを起動したまま、その上に新たな人格を呼び起こそうとして、ユウキはつぶやいた。


「パーソナリティ・テンプレート……トリプルアクティベート」


 ナビ音声が警告を発した。


「ダメです、ユウキ! これ以上の過負荷はあなたの精神に不可逆的な荒廃をもたらす恐れが……」


「『ラバーズ』『エンプレス』そして……『デビル』!」


 瞬間、人格テンプレート『悪魔』が起動し、ユウキの瞳に人を操りコントロールする蠱惑的な光が灯った。


 今、自身の肉体を使って相手の意識を惹きつけコントロールする力がユウキの中に目覚めた。


 祭壇の外でエルフや塔の仲間たちが何かを叫んでいたが、スキル『集中』『無心』を発動して目の前の今ここに意識を向けるユウキには届かなかった。

 

 ユウキは『スキンシップ』を発動し、体から煙を最も多く吹き出しているオークの体にそっと指を触れ、彼をベッドへと導いていった。


 ユウキの最後の戦いが始まった。

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