第25話 迷宮探索

 前回、ラチネッタと迷宮を探索したときは、メンバーに戦闘能力は無かった。


 迷宮をさまよう獣の死霊にエンカウントした場合は全滅必至であった。


 だが今回は、暗黒戦士、魔術師、ゾンゲイルという戦闘員が増えている。


 精神的にはかなりの安心があった。


 とはいえ気は抜けない。


「二層にいる獣の死霊は、爪に毒を持ってるべ」


 毒のある敵がうろついているというのに、このメンバーが持つ最大の癒しの技はマッサージだった。


 そんなもので毒に対処することはできない。


「…………」


 一行はエレベータを出て、七英雄のレリーフがかかった大伽藍を抜け、獣の死霊の唸り声が反響する長い廊下に出た。


 ここは迷宮の第二層である。


 このフロアのどこかにある下り階段から第三層へと降り、そののちに『秘薬庫』を見つけなくてはならない。


 ラチネッタは『ミカリオンの手帳』を見ながら、下り階段へと一同を導きつつ言った。


「獣の死霊の毒をもらったら、三日三晩、苦しみ抜いた末に死んでしまうべ。絶対に気をつけるべ」


 斥候として少し先を歩くラチネッタを、横に並んだ暗黒戦士とゾンゲイルが追う。


「我が鎧に毒など効かぬ」


「私のこの体、毒に耐性がある」


 確かに直接戦闘員のこの二人は大丈夫そうだ。


 だがその後ろを歩くシオンに毒への耐性はないと思われる。


「言っとくけど、オレも普通に死ぬからな。毒とか食らったら」


「ふふっ、わかってるよ。ユウキ君に戦闘能力は一切期待していないよ」


「だったら何でオレを連れてきたんだよ。上でランチ営業してる量産ゾンゲイルの手伝いでもしてた方がいいんじゃないか」


「ふふっ、ラチネッタ君に聞いたよ。前回の迷宮探索では、ユウキ君が大いに活躍したそうだね」


「ん? オレ、なんかしたっけ」


「迷宮の精神攻撃を、機転を利かせて跳ね除けたそうじゃないか」


「ああ……」


 そういえば、この迷宮で恐れるべきものは魔物だけではなかった。


 迷宮の各フロアには闇の魔術がかけられており、それが探索者の精神をじわじわ責め苛んでくるのだ。


 第一層には恐怖を煽る魔法がかかっている。無防備にその効果を浴びると人は正気を失って恐慌状態に陥ってしまう。


 第二層ではさらに不安と後悔を煽る魔法が追加される。

 

「あれはかなりやばかったな……」


 前回の迷宮探索で、ユウキとラチネッタは半ば正気を失いながらも、互いを励まし合うことで何とかその障害を乗り越えたのであった。


「しかし……今日はぜんぜん精神攻撃を感じないぞ」


「ふふっ、それはね。僕が障壁を出して皆の心をネガティブな精神攻撃から守っているからだよ」


「まじかよ。そんな便利なものがあるなら、なおさらオレは要らなくないか?」


「ふふっ、そうかもね」


 なんだかシオンは楽しげに歩いていた。


「おいおい、気を抜くなよ」


 と言いつつも、実はユウキも遠足気分を感じていた。


 *


 一行は調子良く第二層を進んだ。


 道中、どうしても迂回できない小部屋があり、何度か獣の死霊と戦闘になった。


 獣の死霊は、人間よりに進化した牛のゾンビのようなものであった。


 完全な二足歩行ではないが、後ろ足だけで立つことができ、その際、フリーになった前足の爪で攻撃してくる。


 しかしこちらの戦力は整っており、各員の息もぴったり合っていた。


「扉、開けるだよ! 3、2、1……!」


 全開になった扉の奥にシオンが魔法を放った。


「閃光よ、弾けろ!」


 瞬間、光球が小部屋の中で轟音と共に炸裂した。エクシーラが使っていた『炸裂の宝玉』と同等の効果を持つ魔法のようだ。


 その閃光が収まる前にゾンゲイルと暗黒戦士が小部屋に雪崩れ込んだかと思うと、内部からザクザクザクという肉が断ち切られる音が響いてきた。


「ふう。終わった。入ってきて」


 ラチネッタ、シオン、そしてユウキが小部屋に入ると、内部には獣の死霊の残骸が散らばっていた。


「頭が四個、ということは四匹もいたのか」


「この程度であれば我らの敵ではない」


「宝箱があるだよ! 今、罠を外すだ」


 ラチネッタは小部屋の隅の宝箱に駆け寄ると慣れた手つきで罠を外した。


 ユウキもバイトで染み付いた動作で、宝箱の中身を鞄に移した。

 

 これまで全くの手持ち無沙汰で暇を持て余しつつあったユウキだが、荷物持ちという仕事ができたことでわずかに当事者意識が出てきた。


「よし、この調子で行くぞ!」


「行くだよ!」


 ラチネッタは奥の扉の鍵を開け、新たな廊下へと足を踏み出した。


 その後、さらに四つの小部屋で、獣の死霊集団を撃破し、宝箱の中身を回収した。


 そこで鞄が一杯になった。


 中身をシオンに鑑定してもらうことにする。


「床に並べるぞ」


「うん」


 シオンは床に並べられたアイテムの前にしゃがみ込んだ。


 大穴の現場監督は大量のアイテムを一気に鑑定し、しかも役に立たないジャンク品は光に溶かしさるという凄技を使う。


 だがシオンとしてはそんな凄いことはできないようだ。


 ユウキが床に広げたアイテムを目視し、価値あるものと価値のないものに手で寄り分けている。


「おいおい、地味だな。バイトの現場監督は光の魔法で一気に片付けてたぞ」


 瞬間、シオンは悲しそうに顔を伏せた。


「ふふっ、僕にはこれが精一杯なんだ。ごめんね」


「悪かったよ。お、おい、元気出せよ」


「うん。僕、頑張るよ……」


 シオンは顔を伏せたままアイテムを手で寄り分け続けた。


 そのいじましい姿を見ていると、ユウキの中に強い罪悪感が生じた。


「す、すまん……」


「ううん、僕、全然気にしてないから」


 しかしシオンは明らかに心が傷ついた人の顔をしていた。


「…………」


 小部屋の空気がどんどん重くなっていく。


「……って、おい。これ、迷宮の精神攻撃が効いてないか? バリアはどうなってるんだ?」


「精神障壁は展開してるけど……あ、そうか! 下層への階段に近づいてきたから、迷宮の闇の魔法効果が強くなってるんだよ!」


「ど、どうすんだよ。このままだと鬱で歩けなくなるぞ」


「魔力の消費量が増えるけど、もう一段、精神障壁の強度をあげるよ。……魔力の壁よ、僕たちの心を守れ!」


 瞬間、シオンから魔法っぽい雰囲気が濃く放射されパーティメンバーを包んだ。


「ん……よし。いい感じだな」


「ごめん、僕が気づくのが遅かったせいで……」


「それはもういいから。早く鑑定をすませるぞ」


 ユウキはシオンの横に座り込み、アイテム鑑定の手伝いをした。


 その間、ゾンゲイルとアトーレは北と南のそれぞれ扉を守り、安全を確保していた。


 ラチネッタというと『ミカリオンの手帳』をめくったり、ひっくり返したりして、下り階段への最終アプローチを確認している。


 やがてシオンは全アイテムの鑑定を終えた。


「よし、行くか」


 ユウキは金目のアイテムを鞄に詰めると立ち上がった。


「行くべ。こっちの方だべ」


 ラチネッタは小部屋を出ると一行をさらなる廊下の奥へと導いた。


 その廊下の突き当たりには大部屋があった。


 シオンの透視魔法によると、この大部屋の中には獣の死霊の大集団がいるようだった。


 しかも集団の中に数匹、通常の三倍の大きさの個体が混ざっているようだ。


「下り階段はこの部屋の中にあるべ。行くしかないべ」


 皆はうなずいた。


 ラチネッタがカウントダウンして扉を開けた瞬間、シオンは炸裂する閃光を打ち込み、さらに三発の火の玉を打ち込んだ。


 大きな爆発音が響く。


 その中にアトーレとゾンゲイルが武器を振り上げて飛び込んでいく。

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