第2話 異世界軽作業 その1
石版の地図に表示されている『掘っ立て小屋』を目指して路地をひた走る。
急いで掘っ立て小屋を見つけなければ。
「はあ……はあ……」
ゴライオンの鍛冶屋の前を素通りし、さらに街外れへと駆けていく。だんだん街外れのゴミ集積場が近づいてくる。
「ええと、確かこのあたりに『掘っ立て小屋』があるらしいんだが」
ゴミ集積場の前で、石版片手に辺りを見回す。
「おかしいな。石版を見る限り、星歌亭と『掘っ立て小屋』が重なっているんだが……」
石版片手に星歌亭の回りをウロウロしていると、エルフの若旦那の姿が見えた。
花壇にジョウロで水をやっている。
「あっ、若旦那。実はちょっと聞きたいことがあるんだが」
若旦那は黙々と花壇に水をあげながら言った。
「何の用だい? 今日は土曜だ。土日はランチも夜の営業も休みだよ。ふむ……そろそろ新しい種を植える頃合いか」
(ん? 土日? この異世界にも曜日があるのか?)
「奇しくも七日で一周する曜日がありましたので、元の世界の七曜を対応させて訳しています」とナビ音声が答えた。
ユウキは軽くうなずくと意識を目の前に戻し、若旦那に星歌亭の来歴を聞いた。
「よく聞いてくれた。今はボロボロのこの星歌亭だが、その基部は、なんとソーラルの初代市長として名高いエグゼドスが建てた由緒あるものだ」
花壇の前で振り返った若旦那は、嬉しそうに教えてくれた。
「姉から私の手に渡った時には、すでに何度も改築されて元の部材はほとんど残っていなかったがね」
「エレベーターは?」
「そんなものは知らないが」
ユウキは諸々を説明しながら、石版の地図と図面を若旦那に見せた。
若旦那は首をかしげて石版を覗き込むと言った。
「この地図に表示されている建物は……確かに星歌亭のようだ。そして図面にエレベーターと表示されている部屋は、星歌亭の物置のようだね。見てみるかい?」
「ぜひ」
若旦那は星歌亭の鍵を開けると、ユウキを物置に連れていった。
そして物置の扉を開けると、ユウキに内部を見せた。
星歌亭の物置……昨日、ユウキがゾンゲイルと中に篭って作詞した場所である。
昨日と同様、中にはモップや掃除用具が乱雑に投げ入れられており、湿っぽくかび臭い。
どう見ても物置はただの物置であり、こんなものがエレベーターであるとは思えない。
だが……。
「ん? なんだ、この文字は。前の持ち主のいたずら書きだろうか」
エルフの若旦那は物置の壁を指さした。そこに蛍光塗料で書かれた文字のようなものが、暗がりの中に浮かび上がっていた。
「読めないか?」
「私は長命なエルフだ。その分、人より知識は豊富なつもりだ。だがこれは魔術師の使う文字のようだね。専門家でなければ読めないだろう」
そのときナビ音声がユウキの脳裏に響いた。
「私は読めますよ」
(読んでみてくれ)
「『ポータル直通、エレベーター。耐荷重500キロ』と書いてあります』」
「ホントかよ……」
ユウキは物置の壁を拳で叩いてみた。
星歌亭は木造なのだが、ここだけ金属的な音がした。
「マジか……」
「そう言えば、この建物を姉から譲り受けるとき、彼女がおかしなことを言っていたな」
エルフの若旦那が顎に手を当てて呟いた。
「『この小部屋はできるだけ使わないでね。特に絶対に寝泊まりなんかしないでね』と、姉に何度も釘を刺されたものだ」
「ちなみにそのお姉さん、何歳なんだ?」
「私とは歳が大きく離れていてね。私はまだ百年と生きてはいないが、姉は千歳を軽く超えている。伝説のエグゼドスとも知り合いだったとか」
もしかしたらそのお姉さんは、この小部屋がエレベーターであることを知っていたのだろうか。
と、そこにゾンゲイルがやってきた。
「若旦那、どこ?」
物置の外から声が聞こえる。
ユウキと若旦那が物置から出ると、拡声箱を抱えたゾンゲイルがホールにいた。
「改造、終わったから若旦那に届けてくれって、ゴライオンが」
「おお! さっそく試さなくては!」
エルフは側面に小さな穴の空いた拡声箱をひったくるように奪うと、サートレーナの歌の再生を始めた。
ユウキは小声で呟いた。
「……改造前とまったく違いがわからないな」
「素晴らしい! 低音がこんなにも増強されている。これが私の求めていたバランスだよ!」
若旦那は拡声箱に頬ずりするように音に耳を傾けている。
ユウキは彼から離れ、ゾンゲイルを見た。
ゾンゲイルは背中に巨大な鎌を背負っていた。
「そ、その鎌……修理が終わったのか」ボロボロだった刃が銀色に輝いている。
「嬉しくて、つい背負ってきたの。ホルダーもゴライオンが作ってくれたから」
鎌は丈夫かつ取り回しが良さそうな革製のホルダーによって、ゾンゲイルの背中にしっかりと固定されていた。
「よし……」
着々と戦力が揃い、道が開けつつある。
「どう? 変じゃない?」
ゾンゲイルはユウキの前でくるりと一回転してみせた。
今日はメイド服ではなく地味な農民服を着ているが、その出で立ちに巨大な鎌がよくフィットしている。
「似合ってるよ」
「ほんと?」
「ああ」
ユウキは深くうなずくと、今日のこれからの予定をゾンゲイルに諸々説明した。
「……というわけで、ゾンゲイルは星歌亭で待機しててくれ」
「わかった……」
さらに石版を使ってアトーレを星歌亭に呼ぶと、自身は『大穴』に向かった。
*
「はあ、はあ……急がないと」
戦力を揃え、エレベーターらしきものを見つけることもできた。
あとは『大穴』へと忍びこんでポータルを見つけて起動すれば、皆で塔へと帰ることができる。
だがそのためには『始業の鐘』が鳴るまでに大穴にたどり着かなければならない。
(まずいぞ。鐘が鳴ってしまえば作業員の募集は締め切られ、『大穴』への入り口は封鎖されてしまう。そうなったらおしまいだ)
エレベーター探しでかなりの時間を消費してしまった。
急がなければ。
星歌亭を出たユウキは『大穴』へと続く路地を駆け抜けた。
さらに全力でしばらく走ると『←こちら大穴』と書かれた看板が目に入った。
路地を点々と歩いている労働者たちの姿も見えた。
やがてスラムの外れに大きな空き地が現れた。
労働者たちに混ざって空き地に入ったユウキは、膝に手をついて息を整えながら左右を見回した。
「はあ……はあ……つ、着いたのか? ここが『大穴』なのか? 受付は……あそこか!」
労働者たちでごった返す空き地の真ん中には簡素な木製のテーブルが並べられ、そこに『受け付け』と書かれた紙が貼ってあった。
受付に座っている女性が手を振って声を発している。
「受付はこちらでーす。はじめての人は名簿に名前を書いて、装備を受け取ってくださーい……」
若い人間の女性である。
できるだけ大声を出そうと頑張っているらしいが、地声が小さいのか近くまでいかないと聞き取れなかった。
元の世界であれば大学生ぐらいだろうか。オーラがキラキラして見えるのは何かの魔法か。
「とにかく間に合ったっぽいぞ……」
ユウキはテーブルの上に置かれている名簿につけペンでサインし、その隣に並べられているヘルメットや革の手袋やバックパックを受け取った。
人生二度目のバイトが今、始まろうとしていた。
*
午前ののどかな青空の下、五十人以上の労働者が広場に集まっている。
まず空き地で班編成が行われた。
六人を一班とし、そのチームで大穴へと潜っていくことになるようだ。
班の内訳は、一人が冒険者、残りの五人が作業員である。
作業員はユウキが支給されたものと同様のヘルメットと手袋を装備している。
一方、冒険者の装備はどれもバラバラであり個性豊かである。
まずひときわ目をひいたのが、両手持ちの大剣を背負ったボディビルダーのごとき上半身裸の者である。
裸であることには何か合理的な理由があるのだろう。たとえば裸の方がスキルを発揮しやすいというような。
ユウキはそう推理しつつ他の冒険者に目をやった。
「みんなかっこいいな……」
片手剣を装備しマントを羽織った軽装の男や、両刃の戦闘用斧と重そうな板金鎧を身につけたドワーフなど。
「おっ、あいつは……」先日、星歌亭でゾンゲイルに難癖をふっかけてきたスキンヘッドの格闘家の姿が見えた。両拳にごついガントレットを装備している。
彼以外にもちらほらと星歌亭で見た顔が混じっている。
みんなこんなところで働いていたのか。
冒険者も大変なんだな。
そう思った。
それはそれとして……そうそう、あいつを探さなくては。
ユウキは空き地にごった返す作業員の中に、例の猫人間を探した。
いた。
例によってヘルメットを目深くかぶり、マスクをし、自分が猫人間であることを周囲に隠しているつもりのようである。
だが猫人間であることはバレバレだ。
主にドワーフと人間で構成される作業員の中で、一人だけネコ科っぽい体型をしており、しかもその身のこなしは隠しようがなくしなやかで優雅である。
「おい」
ユウキは猫人間の班に紛れ込むと声をかけた。
「あ、あんた。本当に来たんだが!」
「まあな。君の班に入っていいか?」
「もちろんだべ。ちなみにおらの名はラチネッタだべ」
「ラチネッタは確か、『大穴』の第二フロアに繋がる隠し扉を見つけたって言ってたよな?」
「しっ。そのことは小声で話すべ」
「……その隠し扉、本当に間違いないのか?」
「んだ。おらは鼻が効くし動物的な直感が働くべ。それはしばし正確だべ。あの扉は絶対、第二フロアにつながってるべ」
猫人間は得意げに胸をそらした。
「あとで……オレを連れてってくれないか、その場所まで」
「わかったべ。お昼になって仕事が終わったら一緒に行くべ。あんた、それまで約束通りおらを守るべ」
「わかった」
どうせ誰も猫人間を襲おうなどと思ってはいないだろうが、約束は約束である。ユウキはうなずいた。
そのとき遠くから教会の鐘の音が聞こえた。
始業の鐘だ。
鐘が鳴り終わると、先ほどまで受付に座っていた女性が、今度は仕事内容について説明を始めた。
「彼女がここの監督だべ。大事な内容だからよく聞いておくべ」
しかし相変わらず彼女の声は小さかった。ほとんど聞き取ることができぬまま朝会は終わった。
ユウキは班の皆と共に、『大穴』へと流されていった。
*
空き地の外れにぽっかりと地割れが開いていた。
大地に禍々しく開いたギザギザのその裂け目こそが『大穴』の入り口だった。
一班、二班、三班、四班、五班が、次々に地の裂け目に流れ込んでいく。
やがてユウキと猫人間が属する十班までもが、地割れの中に粛々と飲み込まれていった。
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