六章 塔への帰還

第1話 エレベーター

 ユウキが命令を告げると、アトーレと十二体の怨念は承諾の意を発した。ユウキは驚いた。


 こんな指輪ひとつ嵌めてるだけでアトーレと十二体の怨念がオレに頭を下げている。


 社会的ポジションに由来する権力とはこんな感じなのか。


(なかなか気持ちいいじゃないか……)


 物置の暗闇の中で、ユウキはその権力感を存分に味わった。


 飽きてきたところで「もう普通にしてくれ」と言った。


「いいえ。敬意を示さないと」


 アトーレは頭を上げなかった。


「わかった。好きなだけ示してくれ。いや……そろそろバイトの時間か」


 ユウキはスマホを見た。猫人間と約束した『大穴』でのバイト、もうすぐ始まるはずだ。


「悪いけど適当なところで切り上げてくれ」


 するとアトーレはひざまずいたまま、顔を上げてじっとユウキを睨んだ。


 恭順の意と、トゲトゲした感情が同時に伝わってくる。


 なんかオレ、悪いことしたっけ。


 思い当たることがありすぎる。


「…………」


 沈黙の中、十二体の怨念は暗黒鎧の中へと音もなく帰っていった。


 物置の中に一人残されたアトーレは切々と問いかけた。


「なぜ……なぜユウキは隠していたのですか? 御自分がタワーマスターの全権代理人であることを!」


「ふう。よかった……そのことか」ユウキは安堵のため息をついた。


「何がよかったというんですか!」


「いや、さっきオレがベッドで君にしたことを怒ってるのかと」


 アトーレは顔を赤らめ大声を発した。


「そんなことで怒るわけないじゃないですか! それに私は別に何も怒ってませんよ!」


「明らかに怒ってるだろ。まあいい。全権代理人の件……別に隠してたわけじゃない。忘れてただけだ」


「ばっ、馬鹿にしてるんですか! そんな大事なこと忘れるわけないじゃないですか!」


「それが本当に忘れてたんだよなあ。ていうか、オレがタワーマスターの全権代理人だと何か問題があるのか?」


「ありますよ! タワーマスターこそ、私たち暗黒戦士に『闇の伴侶』を与えてくださるお方。その代理人たるあなたに、私はなんていうはしたないことを……」


 アトーレはさらに顔を赤らめた。


「知らなかったのです、どうかお許しください」


「それはいいとして『闇の伴侶』? なんなんだそれは?」


「ご存知でしょう? 私たち暗黒戦士は戦い続けるごとに存在そのものが暗黒となり、やがて最終的に闇の怨念と化し、暗黒鎧と同化します」


 まじかよ。


 いずれアトーレもさっきの十二体の怨念みたいになるってことか?


「大丈夫かよ。ヤバすぎないか?」


「いいえ、大丈夫なのです。やがて忌まわしい怨念と化し、永劫に闇の中で生きる私たち暗黒戦士を、遠い未来に救ってくださるお方がおられるのですから」


 アトーレは瞳孔が開いた瞳を潤ませながら、熱に浮かされたように言った。


「穢れた私たちを救ってくださるお方……それが『闇の伴侶』……そのお方は私たちの闇の中に入ってきて、私たちの闇を受け止め、その闇の中で私たちを永遠に愛してくださるのです」


「怖……」


「そんな最愛の伴侶が未来に待っていると知っているからこそ、私たち暗黒戦士は己が血肉を闇に捧げて戦うことができるのです。そして、そんな伴侶をいつか授けてくださるタワーマスターは、私たちにとって絶対の存在なのです」


「大丈夫なのか、そのシステムは……ちゃんと機能するのか……」


「お願いです。私、死を恐れず、身を粉にして戦います。ですから私たち暗黒戦士に、早く闇の伴侶をお与えください!」


「そんなことオレに言われてもしらないよ」


「ではタワーマスターに、なにとぞよろしくお伝えください」


「自分で会って頼めよ。もともと『闇の塔の探索』とかいうクエストの途中だったんだろ? 塔に行けば会えるぞ」


「…………」


 アトーレは恐怖に引きつった顔を見せた。


「そうですけど……暗黒評議会のさらに上部に君臨するお方に私ごときがお会いしていいのか……本当は怖くて……」


 わかる気がする。


 かつてユウキは自身のブログ『ユウキの楽しい生活』を始めるにあたり、尊敬するブロガー『もあーず』氏が著した自己啓発書『好きなことして生きていく』を聖典と崇めていた。


『好きなことして生きていく』には、具体的なサイトの作り方やPVの集め方も詳細に書かれていたが、それ以上に、もあーず氏の深い人生哲学が溢れていた。


 ユウキは心底、氏に心酔した。


 そんなある日のことである。


 ユウキの実家近くにある公民館で、同人自己啓発書即売会『エンライテッド・マーケット』が開催された。


 そしてなんとその即売会に、憧れのもあーず氏が訪れるという情報をユウキはSNSで得たのである。


 だがユウキはどうしても、歩いて五分の公民館に行くことができなかった。


 尊敬するもあーず氏に合わせる顔がないというのがその理由であった。


 もあーず氏は月に100万pvを叩き出す一流ブロガー、オレはといえば月に三万円をかつて一度だけ稼ぎ出したことがある泡沫ブロガーだ。


 そんなオレがどんな顔してもあーず氏の前に表れようか。


 無理だ。


 そういった事情でその日、ユウキはベッドの中で毛布をかぶって心を閉ざし寝ていた。


 だが今ならわかる。


 人間は誰だって同じ人間だ。


 百万PVブロガーのもあーず氏だろうと、暗黒戦士だろうと、タワーマスターだろうと、あのとき子供部屋にひきこもって毛布をかぶっていたオレだろうと、誰もが皆、同じ人間なんだよ!


「…………」


 しかしユウキはぐっと言葉を飲み込んだ。


 そんなことを訴えたところで、タワーマスターなどという虚像にビビってるアトーレの心には響かないだろう。


 必要なのは具体的な行動だ。


 理を諭すより、タワーマスターに会うための具体的な行動の道筋をアトーレに示す方がいい。


 だがそのためにはまずお願いをしないと。


(人にこんなことを頼むなんて人生初だ。緊張するな……)


 ユウキはごくりと生唾を飲み込むと、人生初のお願いをした。


「あのさ……ちょっとお願いがあるんだけど」


「なんですか?」


「連絡先を教えてくれないか」


「いいですよ」


 あっさりアトーレは物置の旅行鞄から石版を取り出した。


 *


 宿屋の外に出たユウキは、噴水広場で足を止めた。


 いつの間にか空は晴れている。


 アトーレの連絡先を教えてもらえたことで心は浮き立っている。


 だが考えるべきことは山積みだ。


 朝日を手で遮りつつ考える。


「…………」


 暗黒戦士という強力な助っ人は手配できた。石版を同期していつでも連絡が可能だ。


 だがどうやって暗黒戦士やゾンゲイルを闇の塔へのポータルまで連れていけばいいのだろう? 


 現在、『大穴』は市が管理する労働の現場だったはずである。大鎌や暗黒剣を装備した部外者がおいそれと入れる場所ではないだろう。


 どうしたらいいのか……?


 と、そのとき作業着のポケットの石版が震えた。


「はいもしもし」


「通話に必要な魔力をなんとか工面できた! エグゼドスの記録を調べて、追加情報も得たよ!」


 シオンだ。


「今からそれを伝えるから聞いてほしいんだ!」


 早口でまくし立てている。


「おう。いいぞ」


「エグゼドスの文献をさらに調べたところ、大穴第二フロアのポータルに、なんと『エレベーター』が併設されているとわかったんだ!」


「エレベーターだと?」


「人を乗せて上下する箱のようなものらしいんだ」


「それはわかる。でも大昔のものだろ?」


「エグゼドスの魔法建築物は、千年もの時の流れに耐えうる。きっとまだソーラルのどこかにエグゼドスの『掘っ立て小屋』が残っているはずだよ」


「掘っ立て小屋だと?」


「そう。かつてエグゼドスは『大穴』を攻略する際、寝泊まりに使う掘っ立て小屋を、大穴近くに魔法で建てたらしいんだ」


「それで?」


「その後日エグゼドスは、掘っ立て小屋とポータルのある小部屋を、なんとエレベーターで繋げたらしいんだ!」


「ほんとかよ。エレベーターなんて、そんなの個人で簡単に作れるものなのか?」


「それほどマスター・エグゼドスの建築魔法は強力だったということだろうね。闇の塔とソーラルの地表の行き来を簡便にするためだけに、そんなものを作るとは……計り知れない力だね」


「ふーん……となると……その『掘っ立て小屋』とやらを見つけたら、エレベーターを使って直接、大穴第二フロアにあるポータルまで行けるってことか?」


「ううん、それは無理なんだ。なぜならエレベーターはポータルから溢れる魔力を原動力としている。だからポータルを再起動しない限り、エレベーターは動かないんだ」


「どうやったらポータルを再起動できるんだ?」


「それはやっぱり、君が『大穴』第二フロアに潜り、ポータルがある小部屋まで行く必要があるよ」


「なるほど……わかった」


「この情報、役に立ちそうかい?」


「まあな」


 スキル『戦略』がパッシブに働いているのか、自分が取るべき行動ルートがなんとなく見えた気がした。


 ユウキは心の中でその手順を確認した。


 ……まずソーラル地表のどこかにあるらしい『掘っ立て小屋』を見つけ、エレベーターの場所を確認する。


 次に、そのエレベーター前に、武装したゾンゲイルとアトーレを呼び、そこで待機していてもらう。


 その後、オレはバイトという体で『大穴』に潜り込む。


 そしてなんとかして大穴第二フロアのポータルを見つけ、それを再起動する。


 それによって動くようになるはずのエレベーターを用い、ソーラル地表からゾンゲイルとアトーレをポータル前に呼びよせる。


 そしてポータルを使い、闇の塔へと帰還する。


「いいぞ……行けそうだ……これならゾンゲイルと助っ人を連れて闇の塔に帰れそうだぞ」


「助っ人? まさか、もう見つかったのかい?」


「ああ!」


「す、すごいよユウキ! 信じられないよ!」石版の向こうでシオンが飛び上がって喜んでいる気配を感じる。


 だがユウキはそのために自分が払った犠牲を思い出した。


「喜ぶのはいいが……お前と塔を助けるために、オレはかなりの『我慢』をした。ありがたく思えよ」


「うん……恩に着るよ。もし君が塔に帰って来たら……そうだね……僕にできることであれば、どんなことでもして君にお礼をするつもりだよ」


「ほんとだな。絶対だぞ」


「うん……さあ、そろそろ通話が切れるよ。あっ、その前に『掘っ立て小屋』の座標と、小屋内部の図面を送るよ。これを見ればエレベーターを見つけられるはずだよ」


 ユウキの手元の石版に、ソーラルの地図と、小さな建造物の内部図面が浮かび上がった。


「いいぞ。受信できた」


「うん。なんとかして帰ってきてほしい。待ってるよ」


 通話は終わった。


「さて……」


 行動開始だ。


 まずは『掘っ立て小屋』とやらを見つけたい。


 地図を見る限り、すぐ近くにありそうだ。


 ユウキは石版を片手に噴水広場を出ると、スラムの路地を走った。

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