第3話 シオンとの通話/エルフの来訪

「マスター、塔は無事? 私とユウキは迷いの森で……」


 ゾンゲイルが誰かと何事かを話し込んでいる声が聞こえる。


 ユウキは痛む頭を振って目を開けた。


 ゾンゲイルは寝ているユウキの枕元で体育座りし、手にした石版に向かって声を発していた。


「どこだ……ここは?」


 ユウキは頭痛に顔をしかめながら床のゴザから体を起こした。


 どうやらここはゴライオンの仕事場のすぐ奥にある寝床らしい。


 開いたドアの向こうに、汚い仕事場が見える。カウンターに向かって座っているゴライオンの背中も。

 

「そうか……あの酒を飲んでオレは気を失ったのか……」


 ドワーフの火酒を飲んで昏倒したユウキは、この寝床に運び込まれしばし寝込んでいたようだ。


「ユウキ! 目が覚めたのね!」


 ユウキが体を起こしたことに気づいたゾンゲイルが、石版を放り投げて飛びついてきた。


 ユウキは石版をキャッチしつつ、ゴザに押し倒された。


 ゾンゲイルはユウキの体の各部を押した。


「大丈夫? どこも壊れてない?」


「……な、なんともないよ」


 ユウキはゾンゲイルを押しのけ、もう一度体を起こした。


 左右を見回す。


 十帖ほどの部屋の片隅にベッドが置かれ、その反対側にはゴザが敷かれていた。


 この寝床にも基本的にゴミ屋敷的な性質が漂っていたが、寝起きする場のためか、向こうの仕事場よりは綺麗だった。


 ユウキは立ち上がってゴライオンの仕事場に戻ろうとした。


 だがそのとき手にした石版が震え、シオンの声が聞こえてきた。


 塔を旅立つ際にシオンに渡されたこの石版、どうやら魔法によって携帯電話のように使えるもののようだ。


「絶対に、鎌を直して帰ってきてくれ。この数日で雑草がえらくはびこり、もう塔内にまで侵入してきたんだ」


 ゾンゲイルはユウキから石版を奪い取って凝視した。


「そんな……」


「すでに多くの魔力を吸い取られてるよ。このままではあと一週間も持たず塔を維持する魔力が足りなくなる」


「たいへん……」ゾンゲイルは顔面蒼白になっていた。


 ユウキは通信に割り込んだ。


「鎌を修理する金が無いんだ! もういっそ塔のことは諦めて、シオンもなんとかしてこっちに出てこれないのか。街は楽しいぞ」


「ふふっ。できるものなら、それもいいね。世界の崩壊をソーラルという虚飾の街で楽しむのも悪くない」


「魔力不足で崩壊するのは、あの陰気な塔だけなんじゃないのか。本当に世界まで崩壊するのか? それは大げさな表現、あるいは考えすぎなんじゃないのか?」


「やれやれ……闇の中枢たるこの塔の重要性を理解できないとは、どこまでも愚かな転移者だね、君は」


「なんだと?」ユウキはムッとした。


「まあいいよ、もう一度、どこまでも愚かな君に説明してあげよう」


 シオンは塔の崩壊によって世界が破滅するシステムを説明した。


 闇の塔はその強大なる闇の魔力によって、世界各地の闇の眷属を封じ込めている。


 闇の塔が崩壊したら、封じ込められていた闇の眷属が一気に世界に解き放たれる。


 自由を得た闇の眷属は、この世界の生けとし生けるものを、あとさき考えず血祭りにあげ、その血祭りエネルギーによって自らの飢えと乾きを癒やそうとする。


 結果、人類を含むすべての生命体が闇の眷属によって虐殺される。


 その後、闇の眷属同士が殺し合いをする。


 最後に最強の邪神が一柱だけ残る。


 その邪神は次なる獲物を求め、他の世界へと侵略を始める。


 これが現時点におけるシオンの未来予想である。


 ユウキは笑った。


「ははは、大げさな。闇の眷属とか言ったって、しょせん一度は封じ込められた奴らなんだから、そんなのたいしたことないだろ」


「ふふっ。そこの人口精霊から聞いたよ、迷いの森に『樹木の妖魔』が出たようだね」


「ああ。暗黒戦士がいなければどうなっていたことか」


「『樹木の妖魔』も数千年前に封印された闇の眷属の一柱だ。塔が弱まっているため、不完全ながら覚醒したんだろう」


「あれで不完全だっていうのか? めちゃくちゃ強かったぞ」


「文献に残っている記録によれば『樹木の妖魔』は暗黒騎士百人分の強さを持っているんだ」


「マジかよ……」


「たった一人の暗黒戦士で勝てたのは、この塔がいまだ健在で、『樹木の妖魔』の覚醒が不完全だったからに違いないよ」


「そ、そうだったのか……あのボロい塔、実は役立ってたんだな」


「うん。この塔はアーケロン大陸の要石にひとしい。いざ塔が完全崩壊したら、『樹木の妖魔』の一万倍は強い妖魔が一万体もこの地に溢れることになるよ」


「ははは、一万倍が一万匹とか、小学生かよ。やばすぎ」


「……状況はわかってくれたかな?」


「ははは、闇の塔がなくなったら、何もかもゲームオーバーってことだろ、簡単な話だ。ははは、は……」


 ユウキのその笑い声は恐怖によってひび割れていた。


「頼むよ、絶対にお金を集めて草刈り用の鎌を直してほしい。世界の崩壊を食い止めるためにね……」


「……そ、そうだ、こうなったらクラウドファウンディングだ。街の偉い人に事情を話して寄付を募るしかない」


「ふふっ、愚かだね、君は」


「なんだと……」


「闇の塔とその周囲には闇の加護が働いている。結果、光のオーラをまとったアイテムは、塔の周囲では力を失うんだ」


「そ、それがどうした?」


「ソーラルという光の都市の、募金という光に満ちた手段によって集めた光のお金……それによって打ちなおした光の鎌など、闇の塔では役に立たないよ」


「ばっ、馬鹿な……」


「本当だよ。光の力と交わった鎌は、その鋭さを失い、あの刈りがたき雑草を狩る力など持たない。そう……闇の塔では孤独な闇の力のみが意味を持つんだ」


「な……なんだ、その厄介なルールは」


 ユウキは絶句した。


 シオンが言った。


「でも君とその人工精霊は、闇の塔の闇の力に同調してる。だから君たち自身を起点として集めたお金で打ちなおした鎌なら、闇の塔でも役立つよ」


「そ、それじゃオレ達自身が、なんとかしてこの街で自力でお金を稼ぐしかないっていうのか」


「だからそう言っているじゃないか」


「しかもオレはナンパもしなくちゃいけないんだろ」


「うん。ユウキがナンパによって魂力を得なければ、塔は崩壊し、闇の眷属が解き放たれ、世界は破滅するね」


「……それを防ぐには、街で金を稼ぎながらナンパをしろ、と?」


「うん。人工精霊と協力して頑張ってほしい。僕は僕で塔の維持で手一杯だし、今、僕の肉体は深くこの塔とリンクしている。ここを離れることはどうしてもできな……」


 通話は切れた。


 ゾンゲイルは石版を振った。


「ダメ。魔力切れみたい」


「……どうすんだよ、これ」


 世界の破滅と言われてもまったく実感がわかない。


 いっそ破滅するのもいいんじゃないのか。


 破滅、それはそれで安らかそうである。


 だがゾンゲイルは石版を鞄にしまうと、ぐっと拳を固めた。


「私、なんでもする」


「そっか……じゃあオレも頑張るかな」


 だが何を頑張ればいいのだろう。


 金を稼げと言われても、オレにできるのはアフィリエイトサイトの運営ぐらいだ。しかも月の稼ぎは三万円がせいぜいだ。


 そんなオレにいったいなにができる?


 なにもできない。


 だがそのときだった。


 ゴライオンの仕事場から声がした。


「やあ、今日は起きていたか、ゴライオン。仕事を頼みたい」


「ほ、星歌亭の若主人。儂なんかにできる仕事なぞ何も無いわい。哀れみはやめるんじゃ」


「この『拡声箱』を改造してほしい。私のところで使っている古い魔道具だが、客に飽きられてしまった。もっと体を揺らす強い低音が鳴るようにしてほしい」


「よそにもっていってくれ」


「この『拡声箱』はミスリル製の魔道具だ。ミスリルいじりは、ゴライオン、あなたの専門だろうに」


 瞬間、ゾンゲイルは瞬発的にゴザから立ち上がると、ゴライオンの寝床から仕事場へと駈けだしていった。ユウキは後を追った。


「ん? なんだい、君たちは?」ゴミだらけのカウンターの前に浅黒い肌のスマートな男性が立っていた。


 羽根の付いた帽子をかぶり、美しい体のシルエットが映えるパリっとした貴族的な衣服を身にまとっている。


 彼はそのアーモンド形の美しい瞳をゾンゲイルとユウキに向けた。


 彼の耳は鋭く尖っていた。

 

 ユウキは思わず呟いた。


「……かっこいいじゃないか。これがエルフか」


 人は見た目が九割とはよく言ったものだ。同性ながらユウキはそのエルフらしき男に見惚れていた。


 一方、ゾンゲイルはカウンターに載せられた大きな銀色の箱に駆け寄ると叫んだ。


「このミスリルの箱、私に譲って! 私、なんでもする!」


 ゾンゲイルは強い決意を宿した瞳でエルフを見上げた。

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