第2話 ゴライオンのお店

 ソーラルのスラムにあるゴライオンの鍛冶屋はゴミ屋敷といって差し支えなかった。


 荷物搬入のための大きなドアを大八車と共にくぐると、すぐそこに商品棚とカウンターがあった。


 棚には小ぶりの武器や道具が並べられている。片手持ちの剣やナイフやハンマーなど。


 カウンターの奥は仕事場になっており、土間に金床や万力、レンガ製の炉などが置かれている。


 壁には両刃の斧、両手持ちの剣、立派な紋章があしらわれた盾などのごつい商品が飾ってあった。


 しかしそれら物と物の隙間がゴミで埋め尽くされている。


 鉄くず、廃材、壊れた武具、すさまじい量の酒瓶、底の抜けた樽、汚れた布切れ、その他わけのわからないものが足の踏み場もなく積み上がっている。


「……ひどいな」


 埃を吸い込まないよう片手で鼻を覆いつつ、ユウキは商品棚のショートソードを手に取った。


 銀色に輝くその刃に息を吹きかけて埃を吹き飛ばし、つぶやく。


「ファンタジーなのか孤独な老人問題なのか、どっちかにしろよ。まったく」


 ユウキの脳裏にかつて深夜テレビで観た、『独居老人の孤独』がテーマのドキュメンタリー番組がよぎっていた。


 友人もおらず生きがいもない状態で老いてゆくとき、人は心の隙間を埋めるためにゴミ屋敷を作ってしまう。


 わざわざ異世界に来て、そんなもの見たくなかった。


「誰が老人じゃ! 誰が孤独じゃ!」


 ゾンゲイルに抱えられ、道路から屋内に搬送されてきたドワーフはわめいた。


 ユウキは冷たく返した。


「独居老人呼ばわりされたくなきゃ、その語尾をなんとかしろよ。部屋も片付けろ」


 スキル、暴言のレベルが上がった。


「なんじゃと……儂は昔からこの一人称でこの語尾じゃ……離せ、お嬢ちゃん! ……よっこらせと」


 ドワーフはゾンゲイルの腕から抜けだすと、カウンターの奥の丸太に腰を下ろしたら。


 腰を下ろしたら落ち着いたのか、カウンターの上に置かれていた酒瓶をうつろな表情で手にとった。


「ダメ」


 ゾンゲイルは酒瓶を取り上げた。


「なぜじゃ! 何の権利があって儂の友を取り上げるんじゃ!」


「……私は客。あなたは鍛冶屋。いい?」


 ゾンゲイルはぐっとカウンターに身を乗り出すとドワーフを睨みつけた。


 その威圧によって彼女自身、興奮しているのかふっふっという野獣のような呼吸音がゴミ屋敷に響いた。


 また、エルフ作りの異様に美しいその瞳には、やはり何か特殊な魔力がこもっているのかもしれなかった。


 ドワーフの死んで腐った魚のような目……ユウキの街の競馬場から出てくる野球帽を老人のような目が、次第に理性の光を取り戻していく。


 やがて……ふいにドワーフは驚きに目を大きく見開いた。


「じょ、嬢ちゃん……塔の使いか?」


「ええ」


 ドワーフの目に涙が滲んだ。


「な、懐かしいのう……何十年ぶりじゃ、あんたが街に来てくれたのは。塔の主は息災か?」


「先代はとっくに入寂してる」


「な、なんと!」ゴライオンは滂沱の涙を流した。


「いいから仕事して。当代を助けるため」


 ゾンゲイルは大八車から鎌を下ろすとカウンターにどんと音を立てて置いた。


 だがゴライオンは失われた過去を思って感情を溢れさせ続けた。


 そんな彼をゾンゲイルは睨みつけたり、鼻息を荒くして威圧したりしていたが、ゴライオンはいかに自分が先代塔主に世話になったのかを涙を流して語り続けた。


「儂がこの店を持てたのも先代の塔主のおかげじゃ!」


「だったら仕事して。塔のために」


「…………」


 やっと感情のデトックスが終了したのか、ゴライオンはおもむろにゴミの山の中からメガネを拾い上げて耳にかけると仕事モードに入った。


 目をすっと細め、鎌の刃を指の腹で撫でる。


「し、信じられん。いかなる酸にも侵されぬミスリルの刃がこうもボロボロになるとは……お嬢ちゃん、どんな無茶な使い方をしとるんじゃ」


「塔の回りの雑草を刈ってるだけ」


「な、なんという悪魔的雑草じゃ。ミスリルの輝きをこうも曇らせるとは……」


 そんなゾンゲイルとゴライオンの会話を少し遠巻きに聞いていたユウキは小声で呟いた。


「そういやミスリルって。はは、笑っちゃうな」


 かつてアフィリエイトの商材とするため『指輪物語』関係の映画と本を、ユウキは大量に買い込んだことがある。


 あれは大きな赤字だったが、映画も本も存分に楽しめたので結果としてOKだ。


 で、その指輪物語に登場する幻想金属であるミスリルが、この世界にも存在しているとはどう考えればいいのだろう?


 もしかしてここは中つ国なのか?


 いや、言語体系や人々のノリなど全体的に違う。


 もしかしたらミスリルはこの手のファンタジー系異世界に広く存在する物質なのだろうか。


 ユウキはそう漠然と推理した。


 一方、ゴライオンはしばらくあごひげを撫で付けて何か考え込んでいたが、やがて雑草に関する推理を披露した。


「そ、そうじゃ……闇の塔は闇の魔力の中心じゃ。その回りの雑草も、闇の魔力の影響で、おぞましく強き生き物へと奇怪な進化を遂げてしまったのじゃ」


 ゾンゲイルは頷いた。


「きっとそう。刈っても刈っても生えてくるあの雑草、塔の魔力を吸い取ってる。放っておけば、塔が崩壊する」


「なんと……」


「私、塔を守るために雑草を刈らないといけない。そのために、鎌の切れ味、取り戻して」


「…………」ゴライオンは腕を組んで眉間にしわを寄せた。


「お願い。あなたはアーケロン平原一のミスリル鍛冶屋さん」


 アーケロン一と言われてゴライオンは土気色の顔を一瞬ゆるめたが、すぐに目をそらしカウンターの酒瓶に手を伸ばした。


「すまん、お嬢ちゃん。状況は変わったんじゃ……」


「どうして? お金ならある」


 ゾンゲイルは酒瓶をどけると、カウンターの上に財布をひっくり返した。


 こぼれ落ちた金貨と銀貨を一瞥してゴライオンは悲しげに言った。


「まったく足りんぞ。修理に必要なだけのミスリルを集めるには、この百倍の額が必要じゃ」


「嘘」


「嘘はつかん……嬢ちゃんは闇の塔の使いじゃ。儂ら『七英雄』にまつわる者は皆、塔の主に恩がある。じゃから鎌の修理代金なぞ、必要経費と少しの酒代だけでOKじゃ。だがそれでも足りんのじゃ」


「どうして? この鎌、買ったときはもっと安かった!」


「ふん……大浄化以後、この世界への光の魔力の流入量は爆発的に増えたんじゃ」


「そんなこと知ってる」


「光の魔力を効率的に扱うためにミスリルはなくてはならん鉱物となったんじゃ!」


「…………」


「今ではもっぱらミスリルは精密魔力回路のマテリアルとして使われておる。精密魔力回路は今のソーラルの基盤じゃ。値段が高騰して、一介の鍛冶屋がミスリルなど仕入れることはできん。粗雑な武器防具としてミスリルを使う時代は終わったんじゃ!」


「……なるほどね」


 ゴライオンが酒浸りになっている理由をかいま見てユウキはため息をついた。


 どうやらこのドワーフは、時代の変化、イノベーションによる技術の変化に取り残されてしまったらしい。


 哀れな。


「塔の主には悪いが、これも時代の流れじゃ。古きものは雑草に飲まれて灰燼に帰すが道理なんじゃ……重き闇の魔力などすでにその命運は付きておるんじゃ……闇にまつわる者は光に飲まれ静かに消え去るのみじゃ……儂も死ぬまでこの友と暮らすんじゃ……」


 ゴライオンは酒瓶を傾けた。


 ゾンゲイルは止めることができなかった。


 仕方ないのでユウキがゴライオンの酒瓶を取り上げてみた。


 ついでに何かそれらしいことも言ってみた。


「ば、馬鹿野郎!」


「な、なんじゃお前は?」


「古いものにだっていいところはある。それを次代につなげていくのが大人の役割だろ!」


 瞬間、脳裏にナビ音声が響いた。


「スキル『説教』を獲得しました」


「なんなんじゃこいつは?」


「転移者よ。私達の希望」


 ゾンゲイルは誇らしげにユウキをゴライオンに紹介した。


「こんなもん、オレがかわりに飲み干してやる!」


 ユウキはなんとなく勢いで酒瓶をラッパ飲みで傾けてみた。


「うっ……!」


 口内に信じられない刺激的な液体が流れ込んできた。


 あとで聞いたところによれば、それは『ドワーフの火酒』と呼ばれるもので、ドワーフの強靭な肝臓によってのみ代謝できる酩酊成分が多量に含まれた飲料との事だった。


 ユウキの意識は混濁し速やかにブラックアウトした。

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