三章 ソーラルとナンパの始まり

第1話 着いた! ソーラル

 ソーラルの街はどでかい河の向こうにあった。


 多くの船が行き来するその大河には、これまたどでかい石造りの橋がかかっていた。


 橋は高い塔を左右に持つ立派な城門へと続いている。


「さあいざ参らん。ソーラルへ」


 暗黒戦士は馬を進ませ、行き交う旅人に混ざり橋を渡り始めた。


 馬にひかれる大八車からゾンゲイルは身を乗り出し、眼下の大河を流れる色とりどりの貿易船に目を見張っていた。


 やがて橋を渡りきったハイドラの暗黒戦士は、馬から降りると城門の門番の前を堂々と素通りした。


 門番は後ずさり、顔を青ざめさせつつ敬礼した。どうやらあの暗黒鎧が戦士の身分証明書として機能しているようだ。


 一方、大八車上のユウキは不安になった。オレとゾンゲイルに身分証なんてあるのか?


 だがユウキの不安をよそに、ゾンゲイルは大八車から勢い良く飛び降りると、行李から木製の手形のようなものを取り出し、武装した門番に提示した。


 門番はその手形をひっくり返して確かめると、ゾンゲイルに頷いた。


「通っていいぞ。ただしこのトレード許可証の有効期限はもうすぐ切れる。更新を忘れないように」


 有効期限とか、結構きちんとしてんだな。ユウキはこの街の行政システムに感心した。


 暗黒戦士は再び馬にまたがり、大八車を引いた。


 三人が城壁の薄暗いアーチをくぐり抜けると、石畳が敷かれたメインストリートに出た。


 広い通りの左右には屋台が並んでいる。


 門に近いこの一帯は都市を出入りする旅の者で賑わっている。


 戦士は馬と大八車の接続を解除すると、ユウキとゾンゲイルの前に直立した。


「これにて、そなたらをソーラルに送り届けるという我がクエストは完了である」


 道中、戦士のおかげで危なげなく旅ができた。


「ありがとう、助かったよ」


 感謝スキルがあがったのを確認しつつ、ユウキはふと閃いてポケットから黒い石を取り出し、戦士に見せた。


 何気ない行動であったが、いきなり強めのリアクションがあった。


「こ、これは……とても珍しい闇石の結晶ではないか」


「樹木の妖魔を倒したあとに落ちてたんだ。よかったら受け取ってくれ。暗黒の力を増幅するらしいぞ」


「こ、このような貴重なもの、とても受け取ることはできぬ。そなたらを送り届けたのは、あの夜のテントでの心地よい眠りへの礼ゆえ」


「気にするなよ。オレとゾンゲイルには無用なものだからな。だいたい樹木の妖魔を倒したのはあんただろ」


 戦士はユウキと手元の石を交互に見つめた。ユウキは頷いた。


「…………」戦士は闇石を握りしめた。どうやら受け取ってくれるようだ。


 暗黒鎧のフルフェイス兜によって表情はうかがえないが、かなり喜んでくれている感がある。


 スキル『共感』がパッシブに発動しているのか、戦士の喜びが伝わってきて、それが自分の喜びとして感じられる。


 その気持ちよさを味わっていると、ユウキの脳内にナビ音声が響いた。


「スキル『プレゼント』を獲得しました」


 だがすぐに別れの時間がやってきた。


 賑わうメインストリートの往来で、暗黒戦士は何か言おうとしていたが、言葉が見つからなかったようで、最後に何か別れの常套句らしき言葉を発した。


「そなたらに闇の加護があらんことを」


 戦士は馬を引いて去っていった。


 この広い異世界、もう会うこともないんだろう。


 そう思うと少し別れの寂しさが胸に湧いた。


 自分でも意外なことに、あの禍々しい鎧姿にそれなりに親しみを覚えていたのかもしれない。


 ユウキは戦士の背中に向かって手を振った。


 *


 戦士の姿が雑踏に消える前に、ゾンゲイルは大八車を引き始めた。


「行こう。あっち」


 なんだかゾンゲイルの足取りは軽やかだった。


 ユウキは小走りで大八車を追いかけた。と、いきなり大八車が止まりユウキは荷台につんのめった。


「な、なんだよ、もう」


 ゾンゲイルは出店で肉の刺さった串を一本、買っていた。


「これ、食べて」


「あ、ああ」


 手渡された肉の串にかぶりついてみる。野趣あふれる癖の強い肉に、数種類の香辛料が大量に振りかけられている。噛みしめる度に肉汁が溢れる。


 お、おいしいじゃないか。


 ガツガツと謎の肉の串焼きを半分食べたユウキだったが、そこで昨夜の記憶を思い出し、ゾンゲイルに串を渡した。


「何?」


「食べてみれば?」


 ゾンゲイルは自分に食事機能が宿っていることを思い出したらしく、好奇心に満ちた顔で串を見つめていた。


 その横顔を微笑ましく眺めたユウキは、ふとこの大通りに目を向けた。


「…………」


 ソーラルは貿易の拠点ということで様々な出で立ちの旅人が街路に行き交っている。


 雑踏の中には耳の長いエルフや、ずんぐりした体躯のドワーフらしき者など、明らかに人外の者も混ざっている。


 人間種族の中にも出身地や個体差によって眼の色、肌の色、背丈、性別などの属性に違いがある。


 そしてユウキとゾンゲイルも、この雑踏の多様性を増すことに一躍買っている。


 この人の群れに紛れることは気持ちよかった。


 自分が何者でも無くなったような開放感がある。


 ユウキは深く息を吸い込んだ。


 そのとき肉に食らいついたゾンゲイルは、咀嚼機能を確かめるようにゆっくりもぐもぐと顎を動かしていた。


 やがてごくりと飲み込むと、口元に手を当てて目を丸くした。


「お、おいしい……」


 スピーディに肉を食べ終えたゾンゲイルは、財布の中を覗きこんでしばし葛藤する様子を見せていた。


「もう一本買えば?」


「ダメ……節約しないと……」


 ゾンゲイルは欲望を振りきって大八車を発車させた。


 だが、しばらくして別の屋台の前で大八車は止まった。


 ユウキは異性と食べ歩きしながらストリートを歩くという人生初の体験に、ドキドキしながら大八車を追った。


 *


 ソーラルの中央部には青空を背に白く輝く巨大な建物があった。


 メインストリートの奥に蜃気楼のようにその威容を聳えさせている。


 教会の類かと思ったが、シルエットがおかしい。


 真っ白なパラボナアンテナを天に向けた、巨大な電波望遠鏡のように見える。


「なんだあれは?」


「ソーラルの中央天文台」ゾンゲイルは答えた。


「なんでまた天文台なんてものが街の中心にあるんだ」


 ユウキはかつてアフィリエイトの商材とするために読んだ本、『中世の城郭都市』を思い出した。


「普通、こういった城郭都市の真ん中にはカテドラルとか市庁舎があるもんじゃないのか」


「ソーラルは天体観測による魔力研究から発展した都市。だから今も天文台がその中心にあるの。天文台は市庁舎も兼ねてる」


「ふーん。それにしても、あのパラボナアンテナ……お椀みたいなのは何なんだ? まさか本物の電波望遠鏡でもあるまい」


「あれは、天からの魔力を受け止める受信機」


 つまり闇の塔に似た機能を持つ建物ということか。


「それにしてはあの天文台は白くて新築みたいに綺麗だな。闇の塔はあんなに薄汚くてボロいのに」


「魔力と言ってもいろいろある。塔は地より生じる重い闇の魔力を扱う。あの天文台は軽く精妙な、天から降り注ぐ光の魔力を受け止める」


「ふーん。でも魔力は世界的に減ってるんだろ。あの天文台も魔力不足で困ってるんじゃないのか」


「減ったのは闇の魔力だけ。天から降り注ぐ光の魔力はむしろ増えてる。だからソーラルはどんどん発展してる」


「そうか。魔力にもいろんな種類があるんだったな。だったらシオンもこっちの、明るくて軽い魔力を使えるようになったらいいだろうに」


「無理。だって……」


「だって?」


「私達は闇に属する者だもの。闇の者は重く暗い魔力しか扱えない」


「そんなもんか。大変だな」


 ユウキは思考停止して大八車を追った。


 メインストリートの左右には巨大な建物が並び始めた。


 素材は石だが、地震がない土地なのか、あるいは闇の塔のように魔力的な加護がかかっているのか、やたら背が高い。


 脳にインプラントされているナビゲートシステムのおかげで、ユウキは看板の字を読むことができた。


 メインストリートには銀行、図書館、商会、何かしらの宗教が奉じられているらしい教会、といった公共的な機能を持つ建物が多く建っていた。


 ゾンゲイルはメインストリートの奥にそびえる天文台にまっすぐ突き進むかに思えたが、途中、脇道にそれた。


 大八車は狭い路地を縫うように走っていった。


 路地にはパン屋、食堂、居酒屋、何かいかがわしそうな店などなどが立ち並んでいた。


 それら建物の一階は店舗になっており、二階以降は住居になっているようだ。材質は石組みであるが、どことなく雑居ビル群を思わせる。


 さらに路地を奥へと進むと、みすぼらしい集合住宅が増えてきた。


 狭い石畳を子どもたちが走り回っている。


 都市内部に住んでいるだけあって、迷いの森のもよりの村にいた子どもたちに比べれば、まだ身なりは良い。


 だがその住宅街よりもさらに奥、街の外れへと近づいていくと、石畳は目に見えて汚れ始めた。


 正体を考えたくない汚物が点在している石畳を、ゾンゲイルは巧みな大八車操作で奥へ奥へと進んでいく。


 左右に歪んだバラックが立ち並ぶ路地の雰囲気はどんどん暗くなり、なんだか饐えた匂いが空気に立ち込めている。


 ユウキは足元のゴミ、割れたガラス、酒瓶、動物の死骸といったスラム風のものを慎重に避けながらゾンゲイルを追った。


 やがて煙突からもくもくと黒煙を吹き出すゴミ屋敷風の小屋の前で大八車は急停車した。


 ユウキは荷台に衝突しそうになり文句を言った。


「急に止まるなよ」


 しかし……大八車の前方、石畳の真ん中に人が寝ていることに気づいた。


 ずんぐりした体躯に濃いヒゲを持つ壮年のその男は、酒瓶を抱えて赤ら顔でいびきをかいている。


「なんだ……酔っぱらいの廃ドワーフか。どけて先に進もう。目的地はどこか知らないけど」


「ここ」


「何が?」


「目的地。見て」


 ゾンゲイルはもくもくと黒煙を噴き出している小屋の、割れた看板を指さした。


 目を凝らすとかろうじて字が読める。


『鍛冶屋ゴライオンのお店。いらないもの、中古品、なんでも買い取ります。修理、ひっこし、なんでも手伝います』


 ゾンゲイルは石畳に転がる汚いドワーフの前にしゃがむとその肩を揺さぶった。


「起きて、ゴライオン。仕事を頼みたいの」

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