第4話 イース・コラルの人形姫
「さあ、これからあの人工精霊のボディ換装作業をするよ……あれはまだ、充電用台座に座っているみたいだね。『下まで来てほしい』」
螺旋階段を降り、塔の一階広間にたどりついたシオンは、ふと中空を見据えると『下まで来てほしい』と何者かに呼びかけた。
おそらく魔術師的な遠隔通信によって、塔の上の魔力充電台座にいるゾンゲイルに呼びかけたものと思われる。
塔一階に満ちるガラクタの隙間でユウキは聞いた。
「ゾンゲイルのボディ換装作業だと? なぜそんなことをする必要があるんだ?」
シオンは答えず、ガラクタの中で作業を始めた。
まずシオンは広間の中央にあるガラクタを雑に避けてスペースを作ると、壁に立てかけられていた木製テーブルをその空間に設置し、祭壇とした。
さらにシオンは広間の隅で埃を被っていた行李から、小さなクリスタルと台座を取り出し、それらを祭壇に置いた。
やがて螺旋階段を降りてきて一階に姿を見せたゾンゲイルに、シオンは敬語で聞いた。
「あなたのボディ換装を行いたいと思います。いいですか?」
「必要なら」ゾンゲイルはうなずくと、ユウキの隣に佇んだ。
「なんで敬語なんだ? ゾンゲイルって呼んでやれば喜ぶぞ」
ユウキはシオンに小声で聞いた。シオンはユウキに耳打ちした。
「……文献を見れば明らかな通り、闇の魔術師の多くは自分が作った被造物に殺される運命を辿る。僕はそんな死に方したくないのさ。闇の塔に代々伝わるあの人工精霊も、いつなんどき主人に反抗するともわからないからね」
「考えすぎだろ……」
「ユウキ、君もあの人工精霊への接し方には気をつけなよ」
「…………」
とにかくシオンはできるだけゾンゲイルに頼み事をしたくないのか、自分で広場を歩きまわり、ボディ換装とやらに必要な小道具を集め、祭壇やその周囲に置いていった。
最後に、シオンは広場の奥に転がっていた女性型球体関節人形を引っ張り出してくると、祭壇の前に置いた。
「それ、めっちゃ怖いんだが」
「ふふっ。これはあの人工精霊の街訪問用ボディだよ。今の家事用ボディに比べて人間らしいだろう」
「人間らしいって言うか、マネキンっぽいっていうか。綺麗ではあるが……」
怖いぐらいの退廃的な美しさが感じられる。
その人形が放つ魅力におののいて、ユウキは一歩後ずさった。
そこで何を思ったかシオンは唐突な昔話を始めた。
「ふふっ……太古のエルフの王、イース・コラルは人間族の歌姫サートレーナと恋に落ちた。歌姫もまたコラルを深く愛したんだ……」
「なんの話だよ」
「いいから聞いてよ。……エルフと人間の寿命は違う。歌姫は自分一人が年老いていく運命に耐えられなくなり王の前から身を隠した。嘆き悲しんだイース・コラルが妄執の果てにエルフ最高の魔術師と、名のあるドワーフの職人に命じて作らせた人形、それこそがこの『イース・コラルの人形姫』というわけさ」
「マジかよ。呪われてたりしないのか?」
「呪いはすべて解呪されてるよ」
「てことはやっぱり呪われてたのか……」
「この人形の瞳を覗きこんだ者は、彼女への消し難い恋の病を患って日に日に衰弱していく。そんな呪いがかかっていたようだね」
「う……」ユウキはもう一歩、人形から後ずさりつつ聞いた。
「そもそもなんで街に行くためにボディを換装しなきゃいけないんだ? オレは別に今のゾンゲイルでもいいと思うが」
「換装にはいくつもの意味があるんだ。まず前提として、ユウキを街に誰かが送り届けなければいけない。ユウキひとりでは決して『迷いの森』を超えることはできないからね」
「確かに……」スマホの地図がなければ普通の森でも迷いそうな自信がある。
「でも僕は塔から動けない。僕がいなければ塔は即座にエネルギーバランスを崩し崩壊するしらね。だからゾンゲイルが君を街まで連れて行くことになる」
「なるほど」
「よろしく」ゾンゲイルは鉤爪でユウキに触れた。
シオンは祭壇で魔法の儀式を続けながらさらに説明した。
「それに塔の主の従者であるこの人工精霊なら、迷いの森が放つ惑わしの呪いを回避できる」
「そうか。オレはどうしてもゾンゲイルと共に街に向かう必要がある、ということだな」
「そう……でもこの人工精霊が、今の家事用ボディで街に近づいたら、魔物と思われて狩られてしまう。そうは思わないかい?」
「確かに……いわれてみれば……」もうすっかり見慣れて親しみを感じるゾンゲイルのゾンビガーゴイル・ボディだが、所見では恐るべき魔物に見えるのは間違いない。
「それにね、この人工精霊には、街中でこなしてきてほしいことがある」
「私、何をすればいいの?」
シオンは床に転がる巨大な鎌を指さした。鎌の刃は赤く錆びている。
「そこの鎌を修理してきてほしい。塔の周りの雑草の繁殖スピードが上がってる。このままでは塔は雑草に飲み込まれる崩壊してしまうから、切れ味の鋭い鎌が必要なんだ」
「わかった」ゾンゲイルはうなずいた。
「できれば現金も手に入れてきてほしい。お願いできるかな」
「私、がんばる」
「それじゃあ……換装作業、始めるよ」
シオンは魔力によって赤く発光する手で、祭壇に置かれていたマイナスドライバー状の工具を握ると、ゾンゲイルの背後に回った。
ゾンゲイルの灰色の背中では、緑黄色の宝玉が輝いていた。
「まずは人工精霊のコアを、この家事用ボディから取り外すよ」
シオンがドライバー状の工具の先端を宝玉に当てると、宝玉はゾンゲイルの背中から外れ、シオンの手の中に転がり込んだ。
同時にゾンゲイルの灰色のゾンビガーゴイル・ボディが床に崩れ落ちた。
埃が舞い上がる。
「おい、大丈夫なのかよ。おもいっきり崩れ落ちたぞ!」
「ふふっ、大丈夫だよ。この家事用ボディの耐久力はレッド・ドラゴンに匹敵する」
『平気。心配しないで』そんなゾンゲイルの声も脳内に直接響いてきた。
「この声、どこから?」ユウキは左右を見回した。
シオンは手のひらの上で緑黄色の光を発している宝玉をユウキに見せた。
「ふふっ……人工精霊の本体はこの宝玉なんだ。今、人工精霊はこの宝玉から念話によって君に話しかけているんだよ」
「な、なるほど」
「この先の作業はユウキにも、手伝ってほしい。『イース・コラルの人形姫』を抱えて、背中をこっちに向けてくれるかい」
「触っても呪われないだろうな?」
「ふふっ、大丈夫だよ」
びくびくしながらもユウキは床に転がっていたマネキンめいた関節人形を抱え上げた。
全身がすべすべで、なめらかな曲線によって構成されておりつかみにくい。だが木製のためか思ったより軽い。
「こっちに背中を向けて……」そう言うとシオンはその関節人形の背中に回りこんだ。
そして彼は人形の背中にあるソケットに、慎重に宝玉をセットした。
シオンはこつこつと数回、手にした工具の尻で宝玉の表面を軽く叩いた。
瞬間、眩しい緑黄色の光が溢れだし、広場を満たした。
「うおっ、眩し……」
やがてその光が穏やかになると、ユウキの腕の中で関節人形が身じろぎした。
同時にゾンゲイルの声が聞こえた。
その声は関節人形の口から音波として発せられていた。
「離して。服、着なきゃ」
「あ、ご、ごめん!」
ユウキがぱっと手を話すと、球体関節人形は背中を向けて軽やかに駆け出し、広間の奥、積み上げられたガラクタの山の裏に姿を消した。
「…………」
しばらくすると物陰からゾンゲイルが出てきて男たちの前に姿を表した。
地味な色の厚ぼったい布が縫い合わされた農民服をまとっている。
野暮ったい服装によって、肌の露出は可能な限り抑えられている。
だが、その瞳は異様な眼力を放出していた。
「うっ、なんだこれは……」美しすぎる。ユウキは恐れによって一歩、後ずさった。だがどうしても視線を人形の美しき瞳からそらすことができない。
これがエルフ王の妄執に生み出された呪われし関節人形の力なのか。
魅力に大きなマイナス修正が付くに違いない農民服をまとっていても、ゾンゲイルのあらゆる動作からは、恐るべき美と魅惑のエネルギーがあふれていた。
だが……。
「見ないで。そんなに」
ゾンゲイルは農民帽子をずりおろして額を隠すと、大八車に荷物を積み上げる作業を始めた。
照れているのか、頬が赤くなっている。
ユウキは小声でシオンに聞いた。
「おい、赤くなってるぞ。そんな機能、あの人形にあったのか?」
「……ぼ、僕も初めて見るよ。あれのコアに宿っている謎の生命力と、太古の強力なアーティファクトたる『イース・コラルの人形姫』が、なんらかの相互作用を生み出して、現在進行系で進化しているんだろうね……なんということだ……僕は恐ろしい……」
シオンの声は震えていた。
人形の球体関節は、農民服によって隠れている。ゾンゲイルは、もはや完全に人間にしか見えない。広間に散在する各種資材を大八車にせっせと積み上げている。
「しかしなんというかあれ、やっぱり綺麗すぎやしないか。もっと地味な人形はなかったのかよ」ユウキは小声で聞いた。
シオンはユウキに耳打ちした。
「あれのコアの出力はとんでもなく強いんだ。それを受け止めるキャパシティを持つ人型の人形となると、太古のアーティファクトぐらいの格が必要になるんだろうね」
「なんだか他人事みたいだな」
「僕はあれを前代のタワー・マスターから受け継いだだけだからね。詳しくはわからないんだよ」
そんな二人のやりとりをよそに、ゾンゲイルは引き続き大八車に街訪問用の資材を集めていた。
「その革袋は何に使うものなんだ?」ユウキは聞いた。
「ユウキの飲み水を入れるのに必要」
「その毛皮は?」
「狩った動物の毛皮をなめしておいたもの。暖かく寝るのに使う。街で売れば現金にもなる」
「その黒い乾燥したヤツは?」
「赤毛熊の胆嚢。高く売れる」
「このカチカチした硬いブロック状のものと、布袋に入ってるフレーク状のものは?」
「干し肉と乾燥穀物」
「その箱は?」
「火打ち道具。野営には必須」
「この鍋は?」
「道中、ユウキが食べる温かいスープを作る」
さらにシオンが二枚の石版をどこかから持ってきて、大八車に積み込んだ。
「なんだそれ?」
「遠隔通信用の石版だよ。距離が離れるほどに通信は難しくなるけど、一応、持っていってほしい」
「わかった」
「そして……この指輪も君にあげよう」シオンはポケットから指輪を取り出すとユウキに渡した。
「なんだこれ? 飾りのないシンプルな銀の指輪に見えるぞ」
「この指輪は、君が『闇の塔の全権代理人』であることの証明となるものだよ」
「オレがいつそんなものになったんだ?」
「まだなってないよ。この指輪をはめたとき、そうなるんだ」
「『闇の塔の全権代理人』とやらになって、何かいいことあるのか?」
「この指輪があれば、アーケロン平原の各地に残されているマスター・エグゼドスの遺物を起動できるよ。それに、闇の塔に帰属する勢力を味方につけることもできるかもしれない」
「そんな大事そうなものオレが借りていいのかよ」
「塔存亡の危機だからね。出し惜しみはしていられないのさ」
「わかった」ユウキは銀色に鈍く光る飾り気のない指輪を受け取ると、右手の人差し指にはめた。サイズはあつらえたかのようにぴったりだった。
さらに三人は塔を右往左往し、ユウキの旅立ちの準備をした。
最後にゾンゲイルはいくつかの農耕具と錆びた巨大な鎌を大八車に積み上げると、広間出口のドア自動開閉器に触れた。
魔力によって巨大なドアに異様な文様が浮かび上がったかと思うと、ドアは地響きを立てて開いたが、昨夜と同様、途中で止まった。
三人がかりでドアを押し、やっと大八車が通れるだけのスペースが空いた。
そのスペースから眩しい日差しが差し込んでくる。
異世界に来て初めて浴びる陽の光だ。
文字通り目の前が開けた感覚をユウキは味わった。
この扉の向こうに新しい世界が広がっているのだ!
いくつか三人で最後の打ち合わせをしたのち、ユウキとゾンゲイルは塔の外へと旅立った。
眩しい陽の光の下から振り返ると、シオンが塔の出口で『大いなる結果を願う』という異世界風ジェスチャーと共に二人を見送っているのが見えた。
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