第3話 生命のクリスタル その2
第二クリスタルチェンバーで男たちは『生命のクリスタル』の鮮やかな効果に目を見張っていた。
シオンの手から祭壇に戻されたクリスタルは、そこで暖色の光を発している。
その光を浴び、四方の壁を覆う『魔力備蓄のツタ』は、どんどん生気を取り戻していく。
「おおお……凄いな。CGかよ」とユウキ。
乾燥してひび割れていた表面にうるおいが戻り、緑の新芽がいくつもいくつも見る見る間に芽吹いていく。
「ふふっ……これが『生命のクリスタル』の力だよ」
やがてクリスタルの光が落ち着くと、シオンとユウキは顔を見合わせた。
ユウキは聞いた。
「で、どうなんだ、これ。いい感じなのか?」
そう質問した瞬間、ユウキの脳裏にナビ音声が響いた。
「度重なる質問によって、スキル『質問』を獲得しました。よりテンポよく質問することが可能になります」
(おいおい、地味なスキルだな……)
そう思っているうちに、質問への答えが返ってきた。
「いいよ。実験は大成功と言ってもいい。ユウキの魂力が『生命のクリスタル』によって闇の魔力へと変換され、それが魔力備蓄のツタへと確かに伝送されたよ」
魔術師の顔にはかすかに安堵が伺える。
なんだかよくわからないが、とにかくなんとなくいい感じらしい……その雰囲気に飲まれたユウキは、思わず椅子から立ち上がるとシオンの背を叩いた。
ばしーん。
「やったな、シオン!」
「スキル『スキンシップ』を獲得しました」
痛みに顔をしかめているシオンに、ユウキは畳み掛けた。
「そ、そうか……これでWin-Winの関係が築けるってわけか……! オレが魂力を塔に提供し、お前が魔力でオレのナンパをサポートする……そういうことだろ?」
「ううん、まだだよ……僕達がそんな関係を築けるかどうかは、これからの君の選択にかかっているんだ……」
「選択だと? どういうことだ?」
ユウキはスキルを使ってテンポよく質問した。
すぐに答えが返ってきた。
「さっきの実験は、あくまで予行にすぎない。ユウキが今持っている魂力を、ごくわずか、ほんの少しもらっただけだよ。この実験の成功を踏まえた上で、君に選択してほしいんだ。この塔の維持に、君の魂を深くコミットさせるかどうかを」
「…………」
ところで、このやり取りの内容とまったくかかわりなく、今、ユウキはシオンに感謝の念を抱きつつあった。
なぜならさきほどからシオンが、自分の質問に対してテンポよく返答してくれているからである。
質問し、それに相手が答えてくれる。
このコミュニケーションの基本がテンポよく成り立つことに感動を禁じ得ない。
これが人と人との交わりということなのか!
ユウキは言った。
「や、やるよ……オレの魂力。ほんの少しなんてケチくさいこと言わず全部、持っていったらいい」
「その申し出は嬉しいよ。でもいくつも問題があるんだ」
「問題……だと?」
「うん。僕の説明をよく聞いて、君の意思で選択してほしい」
「わかった。それで……問題とは?」
シオンは第二クリスタルチェンバーをうろうろしながら、身振り手振りを交えて説明した。
「まず言っておきたいのは、今の君が持っている魂力を全部もらったとしても、塔の崩壊がほんの少し先延ばしにされるにすぎないということだよ」
「そうなのか?」
「うん。塔の崩壊を防ぐためには、もっと大量の魂力が必要になるよ。しかも一度だけでなく、何度も何度も、君の魂力を継続的に塔に補給しなくてはならないんだ。そうすれば塔は生きながらえるし、塔と魔力を共有している僕も強力な魔法が使えるようになるけれど……」
「なるほど。だがどうやってオレは大量の魂力を継続的に獲得すればいいんだ?」
「前にも説明したとおり、魂力は君が心から欲することを成したときに、君の魂から自然に溢れ出すエネルギーなんだ。だから……」
「魂力を得るためには、オレは自分が一番やりたいことをひたすらやり続ければばいいってことか? つまり、オレにナンパをしろ、と?」
シオンはうなずいた。
「そう……認めたくないことだけど、塔の崩壊を阻止するには、君にナンパをしてもらい、魂力を貯めてもらうしかないみたいだ」
「そうは言うがシオン……お前さんはさんざん、オレがこの世界でやろうとしていることを馬鹿にしてくれたよな。くだらない、とか、無意味だとか言って」
「それは……」
シオンは唇を噛んだ。
ユウキはスキンシップを使い、シオンの肩に手を置いた。
「まあいいさ。お前はオレの質問に答えてくれている。会話のキャッチボールを返してくれる、それだけでありがたいぜ」
「……馴れ馴れしいよ」
シオンはユウキの手を払いのけた。少し傷つきながらもユウキは言った。
「ふん、オレだって馬鹿じゃない、大卒だからな……オレだって思ってるさ、ナンパなんてくだらないってな。だけどどうしてもやってみたいんだ、心の底から、たとえくだらなくても、ナンパを……」
ユウキは拳を握りしめた。
「だから……やってやる。オレが一番やりたいことを! ついでに魂力とやらを貯めまくって、この塔の崩壊を防いでやるよ!」
しかしシオンのテンションは低い。
「感謝するよ……でも……」
「なんだよ、ぐちぐち鬱陶しいやつだな。まだ何かあるのかよ。言ってみろよ」
「君のナンパ、それは命がけの行為になる」
「ははは、大げさだな。ナンパなんてやったことないけど、人のいるところにいって知らない人に声をかけるだけだ。いくら人見知りの激しいオレだからってさすがに死なないだろ」
「そういうことじゃないよ」
「どういうことだよ」
「君が魂のエネルギーを闇の塔に送り込むごとに、君と闇の塔は結びつきを深めていくことになる」
「そんで?」
「君と塔の結びつきが深まるごとに、君は塔が持つさまざまな力の恩恵を得るだろう」
「いいことじゃないか」
「そう……いいこともある。でも悪いこともある。とても悪いことがね……」
「言ってみろよ」
「もしも君が魂力のチャージに失敗して塔が崩壊したとき……あるいは闇の眷属の侵攻によって塔が破壊されたとき……塔と深く結びつく君もまた、塔と同様の運命を辿るんだ」
「つまり?」
「死ぬってことさ。塔が崩壊したとき、君も同時に死ぬことになる」
「…………」
死ぬ、と言われてもまったく現実感がわかない。
何か勘違いしていると悪いので、とりあえずユウキはシオンの話の要点をまとめてみることにした。
口頭でのコミュニケーションは行き違いが多いので、要点をまとめて復唱することが大事であると『ビジネスパーソン・基本のキホン』にも書いてあった。
こんな異世界でビジネス書が役立つとは……人生わからないものだな。
さておき。
「まず……この闇の塔は、放っておけば十日後に崩壊する、と」
シオンはうなずいた。
「そんで、闇の塔が崩壊すれば、恐るべき闇の眷属が蘇り、その結果、世界が滅びる、と。まずはそういうことだろ?」
「そう。そこまでは合ってるよ」
さらにユウキは要点をまとめた。
「闇の塔の崩壊を食い止めるためには、オレがナンパをしまくって魂力を貯め、それを塔にチャージする必要がある。こういうことだよな?」
「そう。そこまでも合ってるよ」
さらにユウキは要点をまとめた。
「ナンパに失敗し、魂力のチャージに失敗すれば、塔が崩壊し、オレは死ぬ。こういうことか?」
「そういうことだね」
さらにユウキは要点をまとめた。
「闇の眷属の塔への侵攻を防ぐことに失敗すると、塔が崩壊し、オレは死ぬ。これで合ってるか?」
「うん。合ってるよ」
だがここでユウキは矛盾点に気づいた。
「これは少しおかしくないか? 闇の眷属の目覚めを、この闇の塔が防いでるんだろ。塔が健在なうちに、なぜ闇の眷属が攻めてくるんだ?」
「確かに、塔が健在である限り、強大な邪神は蘇ることはない。でもそれ以外の小物は、塔の弱体化による封印の綻びから、いつ目覚てもおかしくないんだ」
「そうか、なるほど……でもまあ小物なら、攻めてきてもなんとかなるだろ。お前は最強の魔術師なんだ。自信を持てよ」
ばーん、とユウキはシオンの背中を叩いた。
だがその手はなぜかふるふると震えていた。
ユウキは自分の震える手をもう一方の手で抑えこもうとしたが、その手もぶるぶる震えていた。
「聞いてくれ、ユウキ……小物とはいえ闇の眷属の力は計り知れないものなんだ。その上、僕らは常に魔力不足だ。迎撃に使える魔法も限られてくるよ」
「ということは……つまり……オレはナンパに失敗すれば死ぬし、塔が魔物に攻めこまれて破壊されても死ぬ、と」
「そうなるね」
「死ぬルートが多すぎじゃないか」
「そう、君が死ぬ可能性はとても多いよ」
「……ちょっと考えさせてくれ」
「考えるなら早くした方がいいよ。次元の扉はもうすぐ閉まるからね」
「…………」
ユウキは目を閉じて考えた。
異世界の崩壊を防ぐためにシオンに協力するか。それとも元の世界に戻ってバイトをするか。
前者は死ぬ確率が高くて怖い。後者は苦しく辛くて怖い。
前に進んでも後ろに戻っても、どちらも悲惨な運命が待っているよう感じられる。
それなら楽しいことだけ考えよう。
今のオレにできる一番、画期的でワクワクして楽しそうなことはなにか?
その答えは決まっている。
ユウキは目を開けて答えた。
「異世界ナンパだ。オレは異世界ナンパをするぞ」
「いいのかい? 本当に」
「ああ。そのついでに余ってる魂力を全部、塔に分けてやる。そのかわりに、オレのナンパをサポートしてくれ」
「ありがとう。これでこの世界は……」
救われるかもしれないとかなんとかごにょごにょシオンは言っているが、ユウキにとってそれは二次的な問題であった。ユウキはシオンを急かした。
「いいから早く始めたいんだが。異世界ナンパを」
「まったく、君ってヤツは……」
シオンは呆れ顔でユウキを見ていたが、やがて笑いながら必要な作業を進めた。
生命のクリスタルを使って、今、ユウキが保有している魂力をすべて塔へとチャージする。
壁のツタはさらなる生命力によって満たされ元気さを増した。
自分のエネルギーを多く分け与えたためか、心なしかユウキは闇の塔への親密さを感じた。
この親密さが『塔との結びつき』というものなら、それはいつかユウキの命を奪うかもしれない。
だが今はその可能性のことは忘れておこう。
それよりも……。
「オレはいつ出発できるんだ?」
「ふふっ、焦らないで。もうすぐだよ。でも以前にも説明したとおり、君はひとりでは迷いの塔を超えることはできない。だから君は人工精霊を連れて街に行くがいいよ。それが今の僕にできる、君への精一杯のサポートということになる。……来て」
シオンは第二クリスタルチェンバーを出ると螺旋階段を降りていった。ユウキはあとを追いかけた。
やがて到着した塔一階、第一クリスタルチェンバーでは、ゾンゲイルのボディ換装作業が行われた。
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