二章 迷いの森と暗黒戦士

第1話 絶世の美女とユウキ

 ユウキは深い森を旅していた。


 目的地は街だ。


 ナンパのために、街に行くのだ。


 大陸最大の街、『ソーラル』でナンパするのだ!


 だがソーラルにたどりつくためには、まずは闇の塔を取り囲む、この『迷いの森』を抜けなければならない。


「…………」


 迷いの森は広大だった。


 一日で抜けられるものではない。


 塔を出発してから半日……すでに日は暮れつつあった。


 生い茂る木々の枝の隙間から西日が差し込み、ゾンゲイルを赤く染めている。


「今日はここで休む」


 ひときわ大きな樹の根本でゾンゲイルは引いていた大八車を止めた。


 ちなみに今、ゾンゲイルのボディは人間女性の形をしていた。


「……わかった」


 ゾンゲイルが引く大八車に乗っていたユウキは、おしりをさすりながら荷台から降りると、樹の幹にもたれて深呼吸した。


「…………」


 森は通常、樹木が発散するフィトンチッドと呼ばれる化学物質で満たされており、その爽やかな芳香を胸に吸込めばリラックスし、健康が増進される。


 ユウキがかつて自身のアフィリエイトサイトで紹介するために買った雑誌『簡単キャンプのススメ』にはそう書いてあった。


 だが、この『迷いの森』がフィトンチッドと共に放出しているのは、人の三半規管と精神を狂わせる歪みの魔法だ。


 そんな恐るべき森の中ではリラックスなどできるものではない。


「…………」


『迷いの森』は魔術的な生命を持った森である。


 大浄化によって世界から闇の魔力が失われつつある今でも、『迷いの森』は人を惑わせる強い力を放っていた。


 こんな森を無事、踏破できるのか。


 不安だ。


 だがユウキとしてはこの森以外にも大きな不安の種があった。


 ユウキはゾンゲイルを見た。


「気をつけて、ユウキ。ぜったい私から離れないで。はぐれたら二度と会えない」


 ゾンゲイルは大八車から野宿用のアイテムを荷降ろししながら警告した。


 ユウキは高まる緊張を薄めようとして愚痴をこぼした。


「この森は闇の塔を外敵から守るために古代のタワー・マスターが作ったものなんだろ? タワー・マスターの関係者であるオレたちまで惑わしてくるとは、使えない森だな」


 そのときナビ音声が脳内に響いた。


「スキル、『愚痴』を獲得しました」


 やれやれ、またなんの役にも立たなそうなスキルを得てしまったか……とユウキが脳内で嘆息していると、ナビ音声はスキル解説を始めた。


「スキル『愚痴』は、使用者と周囲の士気を下げる代わりに、感情を低めに安定させる効果があります」


 ナビ音声にそんな機能があったのかと驚きつつ、ユウキは『愚痴』の効果に納得した。


(なるほど。確かに、愚痴ることでなんとなく気分が落ち着いてきたぞ。これはこれで役立つスキルかもしれない)


 もう少し愚痴を使ってみるか。


 だがユウキがさらなる愚痴を発動しかけたとき、ゾンゲイルがこちらを見た。目が合った。


「…………」


 ユウキは反射的に視線をそらした。


 今、ゾンゲイルのボディは人間女性形であった。


 今、ユウキは強い実感とともに思い出しつつあった。自分が長年、重い女性恐怖症を患っていたことを。


「すごい冷や汗。そんなに森が怖いの?」


 ゾンゲイルは荷降ろしをやめると、ユウキを心配そうに見つめ、近づいてきた。


「い、いや……」


「顔、赤い。やっぱり風邪? 私が昨日、お風呂にタオルを忘れたから……」


 ゾンゲイルはユウキの額に手を伸ばしてきた。


 ユウキは反射的に後ずさってその手を回避した。


 ゾンゲイルはうつむいた。


「……ごめんなさい。私、人形だから、嫌なのね」


「いや……そういうことじゃなくて……」


「いいの。無理しないで」


「…………」


 プレッシャーが高まる中で野宿の準備を手伝いながら、ユウキは思い出していた。ゾンゲイルがこの人間女性形ボディに換装した経緯を。

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