第307話 終劇

 身にまとったボディーアーマーは、両肩にずっしりと重たかった。


 頭の天辺から爪先まで、フル装備になった俺。

 ボディーアーマーの下には長袖の迷彩服。

 足には大きめのコンバットブーツ。

 手にはグローブで、目にはゴーグル。

 頭は鉄のヘルメットで固めている。


 こんな重装備をしてると、文香の中みたいにエアコンがきいてない外では蒸し暑くて、ジワッとにじんだ汗が玉になった。



「本当にいいのね」

 装備を済ませた俺に月島さんが訊く。


「はい、本当にいいです」

 俺は胸を張って答えた。

 月島さんが大きな溜息を吐く。



 文香を戦闘に参加させるために俺が出した条件。


 まず、文香が戦闘に参加するのはこれが最後にすること。

 次に、目的を達したら文香のAIを戦車から降ろして、もっと小さな端末に納め、今までのように普通の女子として生活させること。


 そして、最後に示したもう一つの条件は、俺が文香に乗って戦闘に参加することだった。

 戦闘に参加する文香に俺が乗って、文香をサポートする。

 俺は、これが受け入れられない限り文香は戦闘に参加しない、って月島さんに言い切った。


 当然、月島さんは反対した。

 猛烈に反対した。


 月島さんは、俺の親や、花巻先輩をはじめ文化祭実行委員のメンバーに、俺を安全に連れ戻すことを約束してるし、月島さん自身も俺を危険には晒さないって、しつこいくらい言っていた。


 だから俺も必死に説得した。

 俺がオーダーになった方が文香が動きやすいし、俺が中にいた方が文香も力を発揮するって説明した。

 普段、すぐ流されちゃう俺がこんなに人に意見したのって、生まれて初めてのことだと思う。


「月島さんが作って育てた文香は、第一世代のAI戦車よりも弱いんですか? 劣るんですか? 文香を信頼してないんですか?」

 最後に俺はそう言ってすごんだ。


 月島さんの技術者としての根幹を揺さぶったつもりだった。


 それで、月島さんは折れた。

 渋々、本当に渋々俺が乗ることを認めた。


 どうにか説得できたけど、大人の女性を相手にいきった口をきくなんて、もう、金輪際こんりんざいと御免だって思った。



「分かってる? これは、ゲームじゃないんだからね」

 月島さんはそう言って、現在の状況を教えてくれた。


 第一世代のAI戦車は、ジャングルの中にあった昔の寺院にとりでを築いて、そこでゲリラを指揮している。

 その砦の衛星写真や、把握してる車両や銃座の位置の地図も見せてくれた。

 第一世代のAI戦車の武装や、予想される行動パターンについてもレクチャーを受けた。


 月島さんにゲームじゃないって言われたけど、正直、ゲームのイベント前に攻略情報を漁ってるときみたいだって思った。



 この基地から出撃するのは、文香だけではない。

 格納庫にあった十輌の74式戦車も文香と一緒に戦闘に参加する。

 それらには文香がリモートコントロール出来るような装置が着けられていた。

 文香なら、自分で戦闘しながら、それらの戦車を手足のように操れる(まあ、74式には自動装填装置がないから、主砲の砲弾は一発撃ったらそれで終了。実質、文香のおとりや盾として使うしかないんだけど)。

 他に、高高度でジャングルの上に待機する複数のドローンや、人工衛星も文香をサポートする。


 ただし、自衛隊やこの国の軍隊はこの作戦には一切参加しない。



「それじゃあ、行ってきなさい」


「はい、行ってきます」

 文香に駆け上ろうとする俺を、月島さんが後ろから抱きしめた。

 背中に月島さんの大きなものが当たっている。

 完全にラッキースケベだけど、今は確実にそんなこと言ってる状況じゃない。


「必ず帰って来ること、いい?」

 俺の頭に頬を寄せて言う月島さん。


「はい」

 俺ははっきりと答えた。

 こういうときはたぶん、嘘をつくことも重要だと思う。


 文香の砲塔に上がって、月島さんに一礼したあと、俺は車長席に滑り込んだ。

 車長席の重いハッチを閉める。

 一瞬車内が暗くなって、モニターやライトが点灯してぼんやりと明るくなった。


 俺は、文香の中で一度深呼吸をする。


「さあ、それじゃあ文香、行こうか」

 自分で両頬を叩いて気合いを入れた。


「うん!」

 文香がエンジンをかける。

 慣れたエンジンの振動が体を揺すった。


「大丈夫、俺達が組めば、なんだってできる」

 俺は自分に言い聞かせるように言う。


「うん、そうだね」

 文香がゆっくりと前進を始めた。


「俺達の戦いは、まだ、始まったばかりだ…………って、これじゃあ終わっちゃうか」

 俺が言ったら文香がクスクス笑う。


 笑いのツボが分かるくらい優秀なAIなんだから、絶対負けないって確信した。





 その日、この国から遠く海を隔てた東南アジアのA国、そのジャングルで戦闘があった。


 しかし、その戦闘の記録は、どこにも残っていない。

 その戦闘に参加した戦車の行方は、誰も知らない。

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