第306話 提案

 俺は、砲塔上のハッチから文香の車長席に滑り込んだ。

 この席はもうすっかり俺と体に馴染んだ専用席になっている。

 ここに座るとやっぱり落ち着く。

 適度な狭さで守られてる感があるし、温度も湿度も俺好みに保たれていた。

 正面のモニターでネットもゲームもできるし、おやつもドリンクも常備してある。

 中で微かにするオイルの匂いとか火薬の匂いも、慣れた今となっては俺にとって安心する匂いになっていた。



「冬間君、本当にごめんね」

 車長席に座った俺に、文香が重ねて謝る。


「ううん、無事なのが分かって良かったし」

 文香は文化祭が終わったあと一言も残すことなく消えてしまったのだ。

 大袈裟じゃなく、こうしてまた文香の車長席に座れただけで嬉しかった。



「やっぱり、怖い?」

 俺は訊く。


「うん、怖い」

 文香はぽつりと言った。


 こんな当たり前のことを訊いてどうするんだって、自分でも思う。

 六角屋や今日子に聞かれたら、怒られそうだ。

 もっと気の利いたこと言えってどやされる。

 俺が気の利いた台詞を言えないのは、もう、宿命なんだろう。



「相手が第一世代のAI戦車っていうのも、気になるのかな?」

 俺は訊いた。

 同じAI戦車と戦うってことは、文香にとって仲間と戦うようなものなんだろうか。


「うん、気にならないって言ったら、嘘になるかも」

 文香が答える。


 だけど、悲しいかな、文香はそのために作られたのだ。

 第一世代のAI戦車の暴走を止めるために作られたのが、文香だ。



「月島さんも、相当困ってるみたいだね」


「…………うん」

 文香が絞り出すように言った。

 文香にとって月島さんは、母親であり、姉のような存在なのだ。


 しばらく、狭い車内に重苦しい空気が流れた。




「それで、俺から一つ提案があるんだけど……」

 少し間を置いてから俺は切り出す。


 俺は、ここに来るまでに考えていたことを文香に話した。


 文香や月島さんが幸せになる方法はないかって、俺なりにない頭を総動員して考えていた。

 そんな方法がないかって、戦闘機やヘリコプターに乗りながら、空の上でずっとない知恵を絞っていた。


 そして思い付いた案を文香に提案する。


 俺が話し終わったあと、文香はしばらく考えていた。

 AIにも長考ってあるんだろうか?

 あるとしたら、俺よりもずっと深く物事を考えてるに違いない。


 文香がたくさん考えたからか、冷却用のファンが全開で回った。

 車内の温度が少し上がった気がする。



「分かった」

 しばらくして文香が答えた。


「私は、冬麻君のその案に乗ります」

 覚悟を決めたように文香が言う。



 俺はハッチを開けて外に出た。

 文香の車体から降りて、月島さんに面と向かう。


「文香は、作戦に参加するって言ってます」

 俺は言った。


「そう、良かった」

 月島さんは少しも表情を崩さないで言う。


「ただし、条件があります」


「条件?」

 月島さんが眉をひそめる。


「文香が戦闘に参加するのは、これで最後にしてください。文香は第一世代のAI戦車を倒すために作られたんだから、それを倒せば目的を達成するはずです。そしたら文香を自由にしてください。文香のAIをこの戦車の車体から外して、もっと小さな端末にでも納めて、それでこれまで通り、俺達と会話したり、遊んだり出来るようにしてください。文化祭実行委員に戻れるようにしてください。来年の文化祭にも出られるようにしてください。もう戦闘のことは考えなくていい、普通の女の子にしてください」

 俺は一気にまくし立てた。


 これが、車長席で俺が文香に提案した内容だ。

 文香にとっても、月島さんにとっても、どうにか受け入れられる最低の条件。


「お願いします」

 俺は頭を下げた。


「お願いします」

 俺の隣で文香も砲身を下げる。




「分かった」

 長い沈黙のあと、月島さんが言った。


「私の責任において、その約束は守ります。上にも守らせます。文香が戦闘に参加するのは、これを最後とします。そのあと、文香を自由にします」

 月島さんが俺の目を見て言う。

 俺から見るその目は、嘘偽りのない目だった。

 月島さんもずるい大人の一人だけど、その目は信頼できると思う。



「それから、もう一つ、条件があります」

 俺は、文香にも言ってなかったもう一つの条件を月島さんに提示する。

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