第304話 お爺ちゃん

 朝靄あさもやに煙るジャングルは、どこまでも続いていた。


 眼下に広がる緑の木々を漫然まんぜんと見てると、段々まぶたが重たくなってくる。

 ヘリコプターのローターの騒音や振動にも慣れて、気を張ってないと居眠りしそうになった。

 そういえば、学校から飛び立って、空母を経由してこのヘリに乗って、ここまで寝ていない。

 興奮してて、そんなことも忘れていた。



 俺と月島さんの前には、A国の三人の兵士が座っている。

 その三人共、アサルトライフルを手にしていた。

 よく使い込まれていて、所々塗装が剥げた銃だった。


 この銃は実戦で使われたんだろうか。

 人に向けて弾を発したことがあるんだろうか。


 ふと、そんなことを考えた。



 しばらくジャングルの上を飛んでると、突然、眼下が開ける。

 そこだけ緑が切り取られて、格納庫らしい建物や、兵舎らしい建物が七、八棟、密集して立っていた。

 やぐらみたいな背の高い建物も見える。

 緑が切り取られた敷地の周囲は、フェンスや鉄条網で二重に囲まれていた。

 その中には長い滑走路らしき二本の舗装路も敷いてある。

 滑走路に沿って、トラックや四輪駆動の軍用車が十数台停まっていた。

 そのあいだを、ダークグーリーンの軍服の人達が行き来してるのも見える。


 ヘリコプターは、その滑走路に向かって高度を落としていった。


 となりで月島さんがヘッドセットとシートベルトを外す。

 俺も慌ててそれに倣った。


 月島さんは、洗いざらしの白いシャツにジーンズで、足元にはスニーカーを履いている。

 制服や階級章なんかの、軍人って分かるものを服装から完全に排除していた。


 そこには、この国に自衛隊員が居たらいけない、っていう、大人の事情が絡んでるのかもしれない。



 ヘリコプターは、建物から離れた滑走路の端っこの方に着陸した。


「さあ、着いたよ」

 ローターの騒音で声は聞こえなかったけど、月島さんの口がそう言っている。


 ここが目的の基地ってことらしい。



 ヘリから降りると、月島さんがローターの風圧から守るように俺の肩を支えてくれた。

 日本の梅雨時に逆戻りしたみたいに空気がじっとりとしていて、途端に汗が浮かんでくる。



 ヘリが降りたすぐ脇にオープントップの四輪駆動車が停まっていて、俺と月島さんはその後席に乗った。

 乗り込むと、車両はすぐに建物に向かって走り出す。


 走りながら辺りを見ると、滑走路の舗装は所々ひび割れていて、そこから草が生えていた。

 櫓に見えた建物は管制塔のようだったけど、植物が伸ばした蔓が幾重にも巻き付いていて、今はもう使ってないらしい。

 蔓や蔦は、敷地を囲むフェンスにもびっしりと張りついていた。

 まるで基地を囲むジャングルが、徐々にここを浸食しようとしてるみたいだった。


 車両で走ってると、働いてるこの基地の軍人さん達が、俺のことをいぶかしげな顔で見る。

 こんな子供が何しに来たんだ、ってその目が言っていた。


 ここで俺は圧倒的によそ者だった。



 四輪駆動車は一棟の格納庫の前に停まる。

 トタンの波板で作られた、体育館くらいの大きさの建物だった。

 そこここが錆びていて、壁に穴が開いてる所もある。


「こっちよ」

 月島さんが降りて、俺もそれに続いた。


 格納庫の前には歩哨ほしょうの兵士が二人立っている。

 その二人共、やっぱりライフルを手にしていた。


 月島さんが歩きながら二人に敬礼をすると、二人も敬礼を返して俺達を通してくれる。

 月島さんは軍人らしきものをなにも身に付けてなかったけど、二人は月島さんから発せられる将校としての威厳みたいなモノに気圧されたんだろうか。

 横で見ていても、確かに月島さんからはオーラのようなモノを感じる。


 入った格納庫の中は薄暗くて、油の匂いと鉄の匂いがした。

 中には何台もの戦車が置いてあって、目が慣れてよく見るとそれは74式戦車だった。

 おそらく、昔、日本からこの国に供与された車体だと思う。

 文香からすれば、お爺ちゃんか、曾爺ちゃんくらいの車体だ。

 ここではまだ現役みたいで、よく整備されて転輪もピカピカだった。


 そんな74式を横目に進んでいくと、奧に一回り大きな戦車がいる。

 俺と月島さんが近づくと、複数のモーター音がして、車体中に着けてあるカメラやセンサーが全部こっちを向いた。


「冬麻君?」

 お爺ちゃん戦車に囲まれて文香は、履帯をぺったんこにして、縮こまっている。

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