第305話 再会
「冬麻君?」
格納庫の奧にあった戦車が声を出した。
サスペンションをぺったんこにして縮こまってはいるけれど、モジュール型装甲に囲まれた無骨なシルエットは、紛れもなく文香だ。
ジャングル戦用に深緑の迷彩塗装を施されてはいるけれど、やっぱり文香だった。
文香の車体に付いてるカメラとセンサー全部が俺の方を向く。
カメラの絞りを全開にして、俺を飲み込む勢いで見る文香。
「冬麻君? 冬麻君だ! 冬麻君だ!」
文香の声のトーンが三段階くらい上がった。
反対に、精神年齢が十歳くらい下がった感じ。
「久しぶり」
俺がそう言ったか言わないかのタイミングで、文香は全力でこっちに迫ってきた。
四十トンを越える戦車とは思えないスピードで迫ってきて、俺を轢くか轢かないかギリギリの所で急制動をかける。
文香の前部装甲が俺の羽織ってるシャツにかすった。
もうちょっとで、ぺちゃんこになるところだった(文香が俺を轢くことはないって分かってるから、怖くはなかった)。
体は大きいけど、文香のその態度と仕草は子犬みたいだ。
文香に舌が付いてたら、俺は顔がベタベタになるまで舐め回されてたに違いない。
「わざわざ、来てくれたの?」
文香の声は歌みたいに弾んでいた。
「うん、あんなメッセージをもらったら、もう、来るしかなかった」
クラリス・ワールドオンラインに残された「怖い」っていう、文香のメッセージ。
極秘の作戦で、俺達との通信は厳重に禁止されていただろうに、文香はそれをかいくぐって短いメッセージがを届けたのだ。
それを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
「ごめんね」
文香がぺこりと砲塔を下げる。
「ううん」
俺は文香の装甲に手を添えながら言った。
センサーで触れられてることが分かったのか、文香がびくんと震える。
「本当にごめんね。冬麻君に迷惑だって、分かってたのに…………」
文香が言った。
AIの文香が、いけないって分かってるのにその行動を止めなかったって、実はすごいことなんじゃないだろうか。
文香に本物の感情があるってことなんじゃないかって、素人ながらに思った。
「まったく、冬麻君が来てくれたら、途端にしゃべり出すんだから」
月島さんが大袈裟に肩を竦めてみせた。
「だって…………」
文香はそう言って月島さんから砲塔を背ける。
文香と月島さん、なんか、母と娘って感じだった。
文香は俺と一緒に高校に通ってたし、丁度、反抗期の娘だ。
今日子がお母さんに食って掛かったり、百萌が母親に生意気を言うのと似ていた。
「さあ、冬麻君に会えたし、これで、作戦を続行してくれるわね」
月島さんが文香に言った。
「うん、こうやって冬麻君が来てくれたってことは…………」
文香が何かを言いかける。
「いいえ、彼は戦地には行きません」
月島さんがきっぱりと言った。
文香の言葉を先回りしていた。
「彼を連れ出す条件として、親御さんにそう約束をしているし、私としても、絶対に彼を戦地には引き出さないって決めているから」
月島さん、取り付く島もないって感じだった。
駄々っ子を叱りつける母親のようでもある。
「………………」
文香は黙ってしまった。
「あなた、冬麻君が一緒に戦場に行って戦ってくれるとでも思ってた? 冬麻君を危険に晒す気? 冬麻君が戦場で危ない目にあってもいいの? 傷付いてもいいの?」
「そうじゃないけど…………」
文香が言い淀む。
脇で親子喧嘩を見てるみたいで居心地が悪かった。
「あなたがここで戦うことは、冬麻君や百萌ちゃん、文化祭実行委員のみんなや街の人達を守ることでもあります。だからお願い、文香ちゃん、聞き分けて。作戦に戻って。いえ、戻りなさい」
月島さんがキツい調子で言う。
月島さんが俺や百萌、文化祭実行委員のみんなを引き合いに出すのは、ちょっとずるいと思った。
だけど、月島さんもずるいって分かってて、わざと言ってるのかもしれない。
月島さんの立場では、そう言うしかなかったのかもしれない。
「ここであなたが働かない場合、このプロジェクトは中止になって、それであなたは…………」
今度は月島さんが何かを言いかけて止めた。
「ちょっと、いいですか?」
俺は二人の間に割って入る。
「文香と二人で話をさせてください」
俺は月島さんに頼み込んだ。
「ええ、いいけれど」
月島さんはチラッと腕時計を見た後で答える。
俺は砲塔上のハッチから文香の車長席に滑り込んだ。
この席は、もうすっかり俺の体に馴染んだ専用席になっていた。
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