第303話 櫓
真っ暗な海の上で、ここだけ光に満ちている。
俺達が乗るF-3戦闘機は、空母「しなの」の飛行甲板に着艦した。
作業用のライトや誘導灯でライトアップされた飛行甲板の上は、まばゆいばかりだ。
洋上に突如としてお祭り会場が現れたかのよう。
飛行甲板上の大きな構造物である艦橋は、さしずめお祭りの
レーダーやファランクス、防空ミサイルが付いてる物騒な櫓だけど。
周囲に目をやると、この「しなの」と併走している複数の護衛艦の姿も見えた。
空母を中心とした艦隊が、人知れず動いている。
「さあ、到着到着」
篠岡さんがそう言ってキャノピーを開けた。
酸素マスクを外すと、途端に生臭い潮の香りがする。
俺は今、紛れもなく海の上にいた。
機体に
後続機に乗っていた月島さんも降りた。
F-3戦闘機から出てきた俺を、空母の乗組員の人達が不思議そうに見ている。
作業の手を止める人もいた。
もしかしたらこれは、空母の乗組員にも知らされていない作戦なのかもしれない。
「さあ、私はこれ以上ついていけないから、ここでお別れだ」
篠岡さんが言った。
「それじゃあ、無事に帰って来るんだよ」
篠岡さんはそう言うと、おもむろに俺を抱きしめた。
鍛え上げられた篠岡さんの腕に抱かれて、ちょっと苦しい。
篠岡さんからは、潮の香りに交じってトニックウォーターみたいな香りがする。
「さあ、行ってきなさい」
そう言って篠岡さんに送り出された。
篠岡さんと月島さんが、お互いに目で合図を送る。
言葉を発しなくても、二人のあいだでは意思の疎通ができていた。
「しなの」飛行甲板には、これから俺達が行くA国のヘリコプターが駐機してあっる。
ダークグーリーンの兵員輸送用のヘリコプターだ。
ヘリはすでにメインローターが回転していて、すぐにでも飛び立てる体勢を整えていた。
ローターの発する風に飛ばされそうになりながら、月島さんと二人で乗り込んだ。
ほとんどクッションがない平べったい座席に月島さんと並んで座って、シートベルトとヘッドセットを着ける。
俺がシートベルトを締めるか締めないかのタイミングで、ヘリコプターが飛び立った。
A国の軍人だと思われる人が、乱暴にスライドドアを閉める。
「しなの」の飛行甲板がどんどん遠くなっていった。
F-3戦闘機の脇で手を振る篠岡さんも、豆粒大になる。
俺の「しなの」への滞在時間は、10分もなかった。
しばらく空から夜の海を眺めてたら、
「冬麻君」
ヘッドセットから月島さんの声が聞こえてくる。
「これから私達は文香がいる基地に向かいます」
「はい」
俺は答えた。
「文香は実戦を怖がって格納庫から出ようとしないの。その文香を、あなたに説得してもらいたいの。計画通り作戦を遂行するように勇気付けてあげてほしい」
「…………はい……」
怖がる文香を勇気付けることは前にもやっている。
だけど、前回はアメリカでの演習のことだ。
ところが今回は実戦だ。
俺は、文香に戦いに行けって、言えるんだろうか?
言っていいんだろうか?
俺は、一緒に机を並べたクラスメートを戦場に送り出すのだ。
隣同士で毎日一緒に学校へ通って、ときに一緒に寝た相手を戦場へ導くのだ。
その手助けをするのだ。
「私も、文香を戦場に送るなんて、本当はしなくないのだけれど…………出来ることなら、このまま彼女を解放してあげたいんだけれど」
月島さんが目を伏せる。
いつもの凜々しい瞳の月島さんじゃなくて、目が曇っていた。
大人の女性の言うことだからそのままに受け取るのはピュア過ぎるけど、でも、嘘偽りを言ってるようには見えない。
戦闘機の機内で篠岡さんから言われたとおり、月島さんも本当に心を痛めてるんだろう。
「ここから逃がして、彼女を普通の女の子にしてあげたいんだけど」
月島さんが続けた。
他の自衛隊の人も聞いてるかもしれないのにこんなこと言っていいのかって、ちょっと心配になる。
「だけど、彼女はそのために作られたのだからね」
月島さんが平板な声で自分に言い聞かせるように言った。
ヘリで飛んでいるうちに、陸地が見えてくる。
赤紫の朝焼けで地平線が明るくなっていた。
初めて見るA国の地は、見渡す限りのジャングルに覆われている。
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